「ふるさと普代会」平成21年度(第21回)総会・開催される。
2009年20月25日(日) 11時50分・ 東京ガーデンパレス (文京区)・参加者 80人
・「ふるさと普代会」
東京、関東に在住する岩手県普代村出身者を会員とする親睦団体。
平成元年に結成。会員数 約200人。
・「岩手県普代村」
北緯40度東端の地球村
人口 3,136人(9月末)
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*開会の挨拶
金子得栄 幹事長
・1年ぶりです。
雨の中、お集まりいただきありがとうございます。
深渡村長はじめ、普代村からこられた皆様、近隣市町村の来賓のみなさま、遠路お運びいただきありがとうございます。
こうして盛大に開催することができました。
本日は、楽しい会にしていきたいと思います。
本日の司会も私が勤めさせていただきます。
ご協力よろしくお願いいたします。
(拍手)
*中野健治会長の挨拶
(メモ)
・あいにくの天気のなか、お集まりいただきありがとうございます。
・政権交代が行われました。
いろいろな立場があり、見方考え方もそれぞれですが、私は期待感をもってみています。
・プロ野球は、日本ハムと巨人が日本シリーズを闘うことに決まりました。
普代村出身の”銀次(ギンジ)”選手のいる楽天は、すこし残念でした。
・高校野球では、花巻東の菊池投手の活躍はすばらしいものでした。
岩手県人として誇りに思います。一昨年の盛岡商業が高校サッカーで日本一になった時を思い出しました。
ドラフトが楽しみでもあります。
・さて、本日の総会では、報告とお願いがあります。
御気ずきと思いますが、会場を九段会館から東京ガーデンパレスへ変更させていただきました。
九段会館は20年間使用してきましたが、地下であることとか、ホール内の柱のこととか、ご意見をいただき、その後何箇所かを比較検討いたしまして、今日にいたりました。
・また、会費を2千円値上げさせていただきました。諸情勢のなか、心くるしいのですがよろしくお願い申し上げます。
・幹事、役員、工夫努力を行ってまいります。同封の封筒の中に”アンケート用紙”が入っています。
率直なご意見、要望を書いてお寄せいただきますようお願いいたします。
・本日は、酒は飲み放題です。
また、お土産も用意いたしました。村の特産品少々と”宝くじ”です。
宝くじは一等2千万円です。
当選いたしましても報告の義務はありません。どうかお一人でお楽しみください。
(笑・拍手)
●深渡 宏 村長の挨拶
(メモ)
・おしばらくでした。
役場を出るとき、話は短くしてこい、と言われてきました。
今日は二つだけ申し上げます。
・まず、会を結成してからこれまで活動を続けてこられた会員の皆さん、役員の皆様本当にありがとうございます。東京に会があることが大変心強いです。
・村はこの一年間(苦しい中でも)、事業は順調に執り行ってまいりました。
10月には、恒例になった「普代村海産祭り」を行いました。村の内外から5千数百人の人が参加しました。
大変な賑わいでした。
・村の小学校のことです。(鳥茂渡小の統廃合で現在3つの小学校がありますが)、来年普代小学校一つに統合します。
小学校で学芸会が行われ、見に行ってきました。
普代小では、村の魚業の問題をとりあげた劇を行っていました。
働くことと、魚価の低下をとりあげ、収入が中々増えない。
社会情勢を捉えた劇でした。よく見ている、と感心し、(村長としても)なんとか解決したいと思ったものでした。
黒崎小学校では、三陸フェーン大火のことでした。
昭和36年の”三陸大火”です。大被害が出ました。
数百戸が焼け、黒崎小学校も全焼しました。
しかし、学校は直ぐに「青空教室」で授業を再開しました。
着のみ着のまま、テント生活が続いたのですが、人々は頑張りぬきました。
そのことがよく語り継がれ、児童のみなさんも良く受けついでいる、現実の問題と合わせて良く考えていると感心しました。
・普代会の皆さん!これまで通り、東京、関東で頑張ってください。どうか普代村を見守ってください。
(長い拍手)
●中村 裕 村議会議長の挨拶
(メモ)
・一年ぶりの参加です。
会員の皆さん、役員のみなさん、第一線でのご奮闘に感謝します。
・10月4日は、「普代まるごと海産まつり」でした。
議会としてもバックアップしていこうということで、"炭火焼コーナー”をもうけました。
全体で6千人からの参加で、(村の人口、3,100人)、盛況でした。
8月の衆議院選挙で、民主党が大勝しました。
鈴木自民党衆議院議員は、畑民主党議員と代わる事となりました。
比例でも、宮古の菊池議員が当選しました。
岩手県では衆参9人の議員が全員民主党になりました。
”海産まつり”には、畑、菊池、両議員が参加してくださいました。
現在、海岸は「越前くらげ」の被害がでています。
国をあげて対応していただきたいものとお願いしました。
・ふるさと普代会は、平成元年に結成され、以来21年間、役員・会員一致団結して活動を続け、ユニークなそして充実した会へと発展してきました。心より御礼もうしあげます。
・村は、少子高齢化問題、地方分権問題、大きな問題をかかえています。
私達は「新総合発展計画」に基づき、全力で課題に取り組みます。
そして、どのような変化があっても”普代村の良さ”を失いたくありません。
誇りある普代村としてやっていく、頑張っていきます。
(長い拍手)
●「私の歩んだ道」 上神田梅雄さんの講演
*上神田梅雄 さん (料理人)
(略歴)
昭和28年 普代村に生まれる。
昭和43年 普代中学校卒業
昭和46年 久慈高校卒業
昭和49年 新宿調理師専門学校卒業
平成 4年 日本料理全国コンクールで農林大臣賞受賞
現 在 「日本橋織音(おりね)」料理長
新宿調理師専門学校講師
著 書 「四季のおもてなし料理 和食の心 季節の風韻」2003年
(調理師松和会) ¥15,000
(講演のメモー一部)
・私の父は松之助、母はチヨといいます。
(ご存知の方もおられると思います)
私は10人兄弟の7番目、男では3番目です。
長男は地元普代村で精肉店を営んでいます。
長男は、松雄です。
次男は、竹夫です。
三男は、梅雄、私です。
父は、上から順番に、松竹梅と名前をつけました。
・父は、久慈市長内の生まれで戦後普代へ引っ越しました。
「よそもの」で、仲間に入れてもらうため腰を低くして生きていました。
その分、家では酒を毎日いっぱい飲みました。
私は、一度だけ父に暴力を振るいました。人の前で話すのは初めてです。
酒を飲んで母に辛く当たる父がどうしても許せなかったのです。
父は私が28歳の時、死にました。
私は20歳で料理人の道に進み、36年になります。
途中、くじけないでやってこられたのは、子供、少年時代のあの環境があったからと思っています。
母とは、いつも相談しながら、励まされながらやってきました。
続く


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