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December 2008

December 31, 2008

「巨匠 ピカソ・魂のポートレ-ト」「巨匠 ピカソ・愛と創造の軌跡」 を観る。

2008年12月10日(水) サントリー美術館・午後6時30分
「巨匠 ピカソ・魂のポートレート」展。
(実は、サントリー美術館は初めて、なんですよ。思ったより小さくて、木の床が暖かくて、威張ったところがなくて、良いですね。)
・混んでいるかな?と思いながら入ったのですが、それほどでもなかったです。勤め帰りの方々が観ていました。

*パブロ・ピカソ (1881年―1973年)

・「カザジェマスの死」(1901) を観る。
20歳の時の作品。自殺した親友。蝋燭の灯りが何かに見える。

・「自画像」(1901) を観る。
青の背景。20歳だがボクには年配者に見える。全てを見尽くした人の顔にも見えるし、何かを求めている目にも見える。おっかないぐらい、せまってくる。

・「接吻」(1969) を観る。
ジャックリーヌとの幸せな生活、が伝わってくる。
88歳の時の作品。(ジャクリーヌさんは42歳かな)。ピカソさんは、この年165点の製作をしている、との説明を聞く。おどろく。

巨匠というから、ピカソは体型も大きな人と思っていたが、身長は150センチメートルぐらい、ジャクリーヌと同じぐらいだったとも、誰かから聞いた。
どこから、あんな(こんな)エネルギーが出てくるのだろう。
(約 60点 展示)

*12月12日(金) 国立新美術館・ 午後6時30分
「巨匠 ピカソ・愛と創造の軌跡」展。
(こちらも金曜日だけは夜8時まで開館と聞いたから夕方きてみた。こっちは、混んでいる。展示会が14日までということもあるのだろう。凄い人気だ。)

・「フランコの夢と嘘 第1葉」「フランコの夢と嘘 第2葉」(1937) を観る。
叫び、怒り、闘い、殺戮、、、。「ゲルニカ」の元になった作品。
アメリカの枯れ葉剤の影響で生まれたベトナムの障害者、奇形児。その死体を見た作家が「ゲルニカとのあまりの酷似」と書いていた、のを思い出す。本物の「ゲルニカ」も見たい、と思う。

・「朝鮮の虐殺」(1951) を観る。
子供は怯え、母親は抱きしめる。泣いている。妊娠している女性もいる。その人たちへ銃を向ける兵士。顔も体も完璧に機械になっている。イラク、アフガン、パレスチナ、今、同じなのだろう。
ピカソ「絵はアパートに飾っておくためだけのものではない。画は私にとっては防御的戦争の道具だ。」
(165点 展示)

*全てが入っている。すごいものだ。画はこれを眺める人を通してのみ生きている。

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December 28, 2008

「2008年 第39回 国画展」 を 観る。

2008年12月6日(土) 東京都美術館・午前10時
(東京都美術館は超長蛇の列だ。「フェルメール展」の見学者だ。展示最終日が近づいているからなのだ。すごい人気だ。)

「国画展」は墨絵の世界だ。約200点を展示。

(案内より)
・・・暗い話題の多い社会の中にあって、精神状態を安らかに保ち、作画に向う姿勢をとり続けることはなかなか難しいことですが、こういう時代にこそ心にゆとりを持ち、正面を見つめることの大切さを痛感します。・・・
(国画院)

・峰岸魏山人 「女の肖像」 (1952年作) を観る。
墨絵で現代女性を描く。目、頬、唇、ネックレス、細長い手指、画面に色、香、が漂っていて、それで凛としている。56年前の作品。新鮮だ。

・小林かずこ 「原爆ドーム」 を観る。
原爆ドームは4階建てだったんだと、この画で気づかせてもらった。なんでも見ている様で見落としているんだ。丹念に丹念に描いている。空には墨絵の雲。静かに、いつまでも、訴えてくるものがある。

・竹中木鶏 「街の記憶」 を観る。
左下に原爆ドーム。遠くの街は破壊され煙が残っている。焼け残った木々。その中に、幾つもの手が突き出されている。握った手、太く曲がった指の手。「街の記憶」。叫んでいる。怒っている。忘れることはない。

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December 23, 2008

「日本共産党荒川区後援会・2008年度総会」行なわれる。

2008年12月9日(火)・サンパール荒川・午後6時30分・雨・参加者100人

・司会  高月 昭 さん(事務局長)の挨拶
(メモ)
一年間のご奮闘ありがとうございました。
この一年間、会員の中で、役員の中で向山さん、森田さん、他10名の方が亡くなられました。
謹んで黙祷をささげたいと思います。(黙祷)
本日の議長を、ヨコタさん、カザマさんへお願いします。
・12月6日付けの新聞には、自共党首会談の事が掲載されています。
志位委員長が麻生首相に申し入れて実現したものです。各紙とも内容を正確に報道しています。
バクチ経済の崩壊のもと、失業者が増え、中小企業は資金繰りの悪化、倒産が続いています。
年末をどうして過ごすか。年を越せない。どうにかしてくれ。このような声が区民の中に満ちています。
志位さんの申し入れは、私たちの気持ちと一致します。
・党と後援会をさらに大きくするため頑張って生きたいと思います。

*野口 淳 会長の挨拶
(メモ)
・大雨で心配していました。大勢の参加に心から感謝します。
今年一年間、伊藤文雄さんは衆議院予定候補として奮闘してきました。
区議補選では、鈴木けんいち候補は票と得票率を伸ばしました。
区長選では、竹内かずひろ候補は健闘しました。
共産党後援会は、会員数で今年11月、1万人を突破しました。
さらに1万5千人の会員数を目指そうではありませんか。いかなる選挙にも勝てる保証を作るものです。
伊藤さん(を始め先頭になって闘った候補者)の奮闘に応え、全役員引き続きがんばりましょう。
(拍手)

*相馬 区議会議員(委員長代理)の挨拶
(メモ)
・麻生内閣の支持率は20%へ落ち込みました。
「先読めず、空気読めず、漢字読めず」と川柳にありました。
後期高齢者医療制度の下、保険証取り上げが起きている。どう思うか?という質問に対し、「私にはよく分らない」と首相が答えています。
(自民党内)若手の反乱が言われるまでになっています。
・日本共産党、志位委員長は先頭に立って「いすず」に乗り込み、派遣切りを止めるように、労働者への住宅を保証するように、と申し入れました。
小池晃さんは、国会で取り上げました。
まさに、共産党の出番の時です。
・区議補選で、鈴木候補は(残念ながら当選はできなかったのですが)1万1千票、得票率21%を得ました。衆議院選挙の比例の場合、6%で1議席ですから、東京比例区で3議席獲得の票ということになります。
これは、1万人の後援会員の力だと思います。
・区議会は12月26日まで開かれます。
西川区長へ切実な区民の要求を質問し、提出しています。
雇用の問題、指定管理制度の問題などです。
職員の4割が不安定雇用です。時給700円の人もいます。これの是正を求めています。
無料健診の問題では、社会保険の人は受けられなくなりましたが、これを従来通り受けられるようにするようにと求めています。
「後期高齢者医療制度」については、西川区長は「やはり必要だ」と言っています。これを変えなければなりません。
・後援会員を(現在の)1万人から、1万2千人、1万5千人に増やし、総選挙では、必ず前進しましょう。
(拍手)

*竹内かずひろ 区長選候補者の挨拶
(メモ)
・荒川区区長選挙ではお世話になりました。
選挙では、政策として「後期高齢者医療制度」の廃止、270億円の積立金を区民本位に使うこと、を中心に訴えました。
選挙後、西川現区長も一部は取り入れていますが、弱者へ冷たい政治を続けています。
・今度の区長選は、これまでにない選挙で変化を感じました。
私に寄せられた7,695票は熱いメッセージと受けとめています。区民のため引き続き奮闘します。
(拍手)

*鈴木けんいち 区議補選候補者の挨拶
(メモ)
・以前の生活に戻りました。赤旗の集金をしていますと「残念だったわね」とか声をかけられます。町を歩いていても声をかけられます。
私への11,400票は色々なところで支持していただいていたのだと改めて思い、感謝しています。
・この力をバネに今度の総選挙では勝利したいと思います。引き続き奮闘することを誓います。
(拍手)

*伊藤文雄 衆議院予定候補者の挨拶
(メモ)
・昨年12月に予定候補者に決定してから丁度1年経ちました。2月選挙と言われていたのが、今日まできまた。
総理大臣も、安倍、福田、麻生と3人変わりました。
・私にも新たな活動があり、新たなつながりができました。町を歩いていると、「あっ!ポスターの方ですね。」と握手を求められます。通行人や高校生からも「ポスターで見ました」と声をかけられました。
・この間、4,500人と対話し、名刺は6千枚配りました。赤旗・日曜版、本紙は840部増やし、後援会員は330人新たに拡大しました。風頼みで無い選挙、基礎的陣地を構築してこの力で戦う選挙を目指しましょう。
・麻生内閣は支持率が4割から2割へ急落しました。2ヶ月でこれだけ落ち込んだ内閣は戦後初めてです。
今度の選挙で、日本共産党は首都東京で2議席、3議席取ってこそ全国的な前進があります。
私は、そのため先頭になって戦います。
(拍手)

*谷川智行 衆議院比例予定候補者の挨拶
(メモ)
・参議院選挙から活動を始めて3年になります。
これまで続けてこられたのは皆さんの支えがあったからこそです。私は荒川区内に住んでいます。今日の後援会の皆様には特に感謝申し上げます。
・東京から2人、3人と国会へ送り込んでいただきたい。伊藤さんを押し上げていただきたい。大きな党後援会を作っていただきたい、と改めてお願い申し上げます。
・厚生労働省は、一方的解雇は止めなさい、雇いとめは止めなさい、と通達を出しました。日本共産党は、このことを強く訴え、行動してきました。
志位委員長は、いすず自動車へ行き、また麻生首相とも会い直接談判しました。国会では、企業名も出して追及しました。日産スペインでは2600人解雇の計画を撤回しました。日本でもこれをやらせようではありませんか。
・日本共産党しかない、共産党へ期待する。若者、働く人たちの声援は強くなっています。街頭で訴えていてもそれを感じます。
麻生内閣支持率は21%、不支持60%になりました。自民党内で反乱がささやかれています。
民主党は、それへ「わが党へ来ないか」などと声をかけています。政界再編も言われています。
しかし、看板が変わっても国民の求めているものとは違っています。中味が変わることが重要です。
・国民の期待に応え、今度の選挙ではなんとしても勝とうではありませんか。
(拍手)

*高月 事務局長のお話
(メモ)
・区議補選、区長選と結果は残念でしたが、頑張ってきた事には確信を持ちます。これからも皆で学びあって前進して行きたいと思います。
・従来の会員の範囲では勝てないということも明らかになりました。目標を大きくし、志を大きく持って活動をしなければなりません。これまでの支持者に新たな票を増やしてもらう努力も必要です。
志位委員長のDVDも大いに活用しょうではありませんか。
・来年1月18日(日) 新春の集いを行ないます。大勢の参加をお願いします。

*モリタさん(南千住後援会・女性)の発言
・この年の瀬に、労働者の首を切り、寮から追い出す等ということは許されません。
後期高齢者医療制度にも怒りを持っています。
二大政党制の流れの中で、なにもよい事はおきていない。
共産党はなくてはならない政党です。
後援会ニュースを配りながら訴えています。
総選挙では、なんとしても前進したいです。
(拍手)

*ミヤモトさん(町屋後援会・男性)の発言
・横山幸二区議の4選を勝ち取り、活動は活性化しました。
・地域の都営住宅の建て替え問題が起きました。党後援会の会員が発起人になり、問題に取り組みました。お年寄りの世帯から、不安、不満が出され、都の説明会を開かせました。 略
後援会はさらに活性化しました。
・他、新しくできた舎人ライナーへ乗ったり、花見会、花火大会、餅つき、志位さんのDVDを見る会、と活動を続けています。
(拍手)

*イトウさん(業者後援会・女性)の発言
・中小零細業者は資金繰りで悩んでいます。どうやって年を越すか、と相談しています。
緊急融資制度が必要です。今利用している制度は、条件が厳しいです。少しでも返済が遅れていたりすると、保証協会は保証しません。
・売り上げが落ちています。借りたお金を年金で返している人もいます。
・金融機関への申し入れ、保証協会への申し入れを何回もやり、がんばっています。
・区長選挙と区議補選では全力でたたかいまいした。結果は皆さんが話しているとおりですが、区議補選で11,400票、区長選で7,000票、この差はどこから出てくるのか、という疑問が終わった後の会議で会員さんから出されました。
・共産党後援会は区民の中でかなり認知されているが、「明るい革新区政を作る会」はまだ知られていない、継続的な活動が必要だ、と言う意見が出されました。
(拍手)

*コイズミさん(東尾久1後援会・男性)の発言
・小林区議の地域で活動しています。
総選挙で前進できる後援会を作ろうとがんばっています。
3つの町目で有権者は約1万人です。900人の後援会員、2300票を目標にしてきました。
現在859人の会員(540世帯)で去年より会員数で45人増えています。
後援会ニュースは10人で手分けして定期的にきちっと配っています。
・区長選挙、区議補選では(当選はできなかったのですが)安定的な力を発揮したと思っています。
しかし、さらに目を広げる必要があります。全有権者規模で宣伝する事、支持拡大を行なう事が必要と思っています。
・総選挙に向けて、支持拡大の目標を2400に置き、現在2150まできました。あと250で目標達成です。
後援会員の拡大は、区議補選、区長選で支持してくれたところへニュースを持って訪問して、勧誘しています。共産党へ関心を持っている人も会へ誘っています。11月に、13件訪問して11人会員になってもらいました。
あと二人は、「自民党員なので会員にはなれない」と言いました。
・いつ総選挙があっても勝利できる会を作る決意です。
(拍手)

*トミタさん(東尾久2後援会・男性)の発言
・この2年半、2ヶ月に1回町目別の懇談会を行なっています。地域全体で25回の懇談会を行ないました。
懇談会の時には、始めての人にも幅広く声をかけました。対象者を50軒訪問しました。懇談会では、党のビラを読んだりしました。
・この間、街頭宣伝、ビラ配布も行い、活動にはのべ500人が参加しています。
支持拡大の目標は900票ですが、これを会員数だけで突破しようとがんばっています。後援会員数は現在842人になりました。一年で250人増やしました。近く目標を1000へ引き上げる予定です。
・訪問活動を繰り返します。
(拍手)

*高月 昭 事務局長の発言
・短い時間で後援会の活動の経験が述べられました。
共通しているのは、後援会をさらに大きくしようと云う気持ちでした。
区長選と区議補選での票の差はどうして出るのかと言う疑問も出されました。
議論を深めたいと思います。
積極的な発言に感謝します。
懇親会に入ります。そのときにまた、発言を続けていただきます。
(拍手)

*スガさん(業者後援会・男性)の発言
・自分の考えを人に伝えてそれを分ってもらう、というのは困難な仕事です。
共産党の政策を誰が皆に伝えるのか、それは私達しかいません。
これは、コツコツ努力するしかありません。
私はそれをやってきました。これからも続けます。
(拍手)

*労働者後援会Sさんの発言
・東京の学校は、国の方針を先取りして行なっています。
主任教員を制度化しました。
統括校長、副校長、主任教師とか、全部で6つの職種が学校の教師の中にできます。
給与、待遇で差別ができます。
校長の意思が伝わりやすくしようと言うものです。
・実際は意図通りうまくいっているわけではありませんが、これが石原都政のやりかたです。
根本から教育のあり方を見直す必要があると、私達は思っています。
(拍手)

*ハヤシさん(新婦人の会後援会)の発言
・保育園への区による保証がくずされています。国も責任を放棄しています。
子供の成長を保証しなくて、どうして国の将来が保証されるのでしょうか。
後期高齢者医療制度も問題で、今年は取り組んできた。
青年の問題も重要だ。
老若男女力を合わせ、共産党を伸ばしましょう。
(拍手)

*労働者後援会Aさんの発言
・保育の最低基準を崩そうという動きがあります。
荒川区内には16の保育園があります。そのうちの1園が民間委託になろうとしています。南千住には民間委託が既に1園あります。
学校並みの詰め込み保育が行なわれているところもあります。
1歳で10人だった所が20人に、2歳以上は20人に、したいという案も(当局から)出されています。
・私達は、子供の発達に見合った保育を行なうべきだと話しています。
0歳で9人、1歳で10人がより良いと思います。
闇雲に定数を増やすやり方に反対します。
・保育には両親の生き方が大きく影響します。社会全体の改革が必要な面があります。
日本共産党の政策は重要です。
(拍手)

*カネタさん(南千住後援会・男性)の発言
・私たちの後援会は、先程発言のあった東尾久後援会より半歩遅れています。
しかし、楽しさと行事では負けていないと思います。
21日には、「歌声忘年会」を予定しています。
七福神めぐりも計画しています。
荒川区全体の「新春の集い」には、バス2台で参加する予定です。
現在、1520人の後援会員がいます。2000人の会員を実現して荒川区1の会を作る予定です。
(拍手)

*スナカワさん(相談役)の発言
・大盛会でおめでとうございます。嬉しいです。
アメリカ発の金融危機は、四川省の大地震とは違います。人災です。我々庶民には責任は無いはずです。
しかし、業者の仕事は減り、派遣切り、失業の増大は続いています。私達に災害は襲い掛かっています。政治の責任で解決しなければならないと思います。そのためには、私達が(災害を)跳ね返すためには共産党の躍進が第一に必要です。
(拍手)

*ヤマモトさん(南千住後援会・女性)の発言
・南千住でケアプランの仕事をしています。5年になります。
介護保険改正のことが、「赤旗」に連載されていて読んでいます。設定が低くなるのでしょうか。良くなれば良いがと何時も思っているのですが、なかなか良くならないです。
・ある高齢者の方は、「共産党がいるから一人暮らしでも安心です。大丈夫です。」と話しておられます。後援会は無くてはならない団体だと思います。
(拍手)

*アベ副会長の閉会挨拶
・発言に感謝します
政治への怒りをもちます。本当に怒らなければならない時、わたしたちが怒らなければ世の中はダメになります。
思いっきり足を踏み出す時です。共産党を躍進させましょう!
(拍手)
・2009年度新春の集いを行ないます。バス8台を予定しています。ご参加をお願いします。
(終)

(*伊藤文雄衆議院予定候補者は、昭和19年生まれ、集団就職で(15歳で)秋田から上京し荒川区の製造業の会社で働く。その後、労働組合運動、青年運動に参加。日本共産党へ入党。現在にいたる。不破哲三さんの選挙では荒川区の責任者をつとめている。秋田県出身者らしく、色白でハンサム。その一貫した生き方は氏の端整な佇まいの中に品性となって現れている。労働者、業者、女性の強い信頼を得ている。
・高月事務局長は京都大学物理学科を、コイズミさん(東尾久)は東京大学哲学科、をそれぞれ1960年代に卒業されている。
荒川区の共産党後援会は、超インテリが草の根活動に徹し、プロレタリアの代表選手を担いでいる。
強さの秘密はここらへんにある。)


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December 22, 2008

志位委員長、首相と党首会談

2008年12月6日(土)
「しんぶん赤旗」を読む。
トップ記事 見出し

"派遣切り” 政治の責任で許すな
志位委員長、首相と党首会談

(リード)
・・・日本共産党の志位委員長と麻生太郎首相は5日、国会内で会談し、大企業による非正規労働者の大量解雇への対策を中心に話し合いました。党が4日に麻生首相あてに提出した「年の瀬を迎え雇用と中小企業を守る緊急対策を」と題する要請書にもとづくもので、日本共産党からは市田忠義書記局長、こくた恵二国対委員長が、政府からは河村建夫官房長官が同席しました。
(*5人の写真が載っている。良い写真だとボクは思う)
(内容)
・・・(志位委員長)  とくに、"派遣切り”"期間工切り”といわれる事態について、「大企業と経済団体に対し、政府としての強力な指導と監督によって是正し、すみやかにやめさせる」よう強く求めました。
・・・(麻生首相)   一日に日本経団連の首脳に対し、雇用の維持を要請したことを紹介するとともに、非正規雇用を切らずに、正社員に置き換えている企業もあるとし、「そういう道を企業は取るべきだ」と述べました。
・・・(志位委員長)  首相が要請した数日後には、日本経団連会長の御手洗冨士夫氏が経営するキャノンが大量の請負・派遣労働者解雇の計画を打ち出したことを指摘。「「要請では足りない。いま大企業がやろうとしていることは、雇用のルール違反だ。『整理解雇4用件』という、当然、非正規労働者にも適用されるべきルールが守られていない。政府として厳しい指導と監督によって止めさせなくてはならない」と迫りました。
・・・(麻生首相)    「承りました」と応じました。
・・・(河村官房長官) 「深刻な実態についての認識は共有している」と表明しました。

(*志位委員長の申し入れに手を合わせている人が大勢いる。麻生首相へお願いします。1㎝でも一㍉でも生活に今すぐ役立つ政策を実行してください。)

●「東京・山谷日雇労働組合」のビラ
日雇い労働者の町、山谷の炊き出しに(カンパ)ご協力ください!
「生きて年を越し、冬を越す」
○不況ー失業の嵐が日雇い労働者を襲っています
いつも山谷の日雇い労働者のことを気にかけていただき、ありがとうございます。
世界中をおおう経済危機の影響で市民の皆さんも苦しい生活を送っておられると思います。
建設ー不動産会社が次々に倒産し、山谷でもこれまで仕事があった労働者も仕事がなくなり、野宿に追いやられています。
○野宿する労働者が団結して年を越す「越年・越冬」活動にご協力ください
年末年始は仕事も無くなり、役所の福祉の窓口も閉まってしまい、野宿する労働者にとっては、一年で一番厳しい時期です。
「働く者」が協力し合って年を越し、冬を越す活動を取り組みます。寝床つくり、炊き出し、夜回りなどで労働者の命を守ります。支援とご協力をおねがいします。
米や衣料品の物資カンパも助かります。
(台東区東浅草2-1-6 東京・山谷日雇労働組合)

ーーーー
日本共産党元副委員長・元参議院議員
上田耕一郎さんが最後の参議院議員選挙を闘われたのは、1992年だった。7月26日が投票日だった。
東京選挙区で確か第2位で当選された。ソ連崩壊、東欧諸国の政変後で「体制選択論」の攻撃が盛んだった中での高位当選で、元気が出たのを覚えている。
その年の選挙前のある日、日本共産党荒川地区委員会と後援会主催の「日本共産党演説会」が行なわれた。
場所は「サンパール荒川・大ホール」だった。千人のホールが満席だった。
弁士は、(勿論)上田耕一郎参議院議員、応援に不破哲三(当時)委員長、それにお二人のお姉さまで「前田」さんといわれる方が、お見えになられた。(今、思い出して、夢のようだ)。前田様は、「都内の学校で校長をしていました。定年になり、応援に駆けつけました」「不破の妻に、共産党のことを、日本共産党と言いなさい。"日本”を付けるように、と注意されたのですよ。」と笑顔で話された。みんな笑った。
不破さんは上田耕一郎さんのことを「私の兄です」と"紹介”された。みんな和やかになった。
上田耕一郎さんは演説が終わった後、会場からの質問を受け付けられた。上田さんは何時もそうだった。
ある男性が(大要次のような)質問をした。
(質問)
上田さんは、1974年に初当選されてから、これまでに(田中、三木、福田、大平、鈴木、中曽根、竹下、宇野、海部)9人の総理大臣と論戦を行なわれています。その中で一番印象に残っている総理大臣はどなたですか。

(上田耕一郎さん)―少し間をおいて
・、、、大平さんです。大平正芳さんですね。、、、誠実でした。

(ボクは、確かにこう聞いた。会場は静かだった。心に残った。)

――――
何時の日か、志位和夫委員長に、同じ質問をしてみたい、と思う。
――――
上田耕一郎さん
日本共産党元幹部会副委員長・元参議院議員
2008年11月30日(木) 逝去
(合掌)

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December 14, 2008

講演・日野原重明先生「私と憲法9条」 を聞く。

2008年12月2日(火) アルカディア市ヶ谷・午後6時30分・超満員(350人位)

東京法律事務所9条の会総会
日野原医師が語る「私と憲法9条」を聞く。

*秋山信彦 弁護士 の挨拶
(メモ)
・東京法律事務所9条の会は2005年5月に発足しました。その3周年の記念講演に日野原重明先生が講師をお引き受けくださいました。先生に熱く御礼を申しあげます。
・現在、「9条の会」は全国で7400をこえました。東京では800の「9条の会」が結成されています。10月24日には「東京連絡会」が結成され、日野原先生はその賛同人にもなっていただいています。
・オーム真理教のサリン事件の時には、先生が名誉院長を勤められる聖路加国際病院では、被害者を無制限に受け入れ、被害を最小限にくいとめ、感謝されました。
先生は、10月4日に97歳になられたと伺いました。何故、9条を大切に思われるのか。
(私も65歳、前期高齢者です)、先生の元気の秘訣はどこにあるのか、あわせて御話を伺いたいと思います。
(拍手)

*記念講演
日野原 重明先生 (医師・聖路加国際病院名誉院長)
「私と憲法9条」
(メモ)
・始めてお目にかかります。私は10月4日に97歳になりました。
・10歳で腎臓をわずらいました。21歳で肺結核になりました。科学的療法の無い時代で安静にしているだけでした。自宅で1年休養しました。トイレにも行けない程の高熱をだしたこともあります。左の肺の機能はだめになりました。
・医学部の学生の時、体力的なことから精神科に進もうと、指導教官に相談したところ精神科に進むにしても人間の体のことを知らなければいけないと言われました。50-60歳まで仕事を出来れば良い、と思いました。
・10歳の時、ピアノを習いました。大正の始めです。男の子がピアノなんてやるといじめられますから、こっそりひきました。
・21歳の時、レコードをききました。妹から買ってもらい、その音を楽譜に写す勉強をしました。自己学習ですね。
ピアノの前に座り、作曲もやりました。
・人生の中で、つまづく事はあります。それを多くの人はマイナスと思ってしまいます。(しかし、そうではありません。)
(東京民報・2008年12月14日・日・第1573号・4面に日野原重明先生の講演の大要が掲載されています。
以下、その見出しをお借りします。)
*憲法「改正」国民みんなで「ノー」と言おう。
*戦争は人間を鬼に
*尊敬する医師に学ぶ
*新老人の会を大きく
*基地なくす運動を
(素晴らしい内容です。読んでください。)

(先生の講演で印象に残ったお言葉ー私のメモ)
・「生活習慣病」という名前をつけたのは私です。それまでは「成人病」でした。
・人間ドックを日本で一番早く行なったのは聖路加国際病院です。
・私は高齢者問題について30年以上前から話しています。
65歳以上を老人と言うのはおかしいです。平均寿命が68歳の時、これを決めています。
半世紀前、100歳以上の人は、165人でした。
現在は、2万6千人です。
10年後、5万人になります。
65歳で余生というのはとんでもないことです。
私は、65歳過ぎてから一番多くの仕事をしました。
・厚生省は「老人」の老は良くないから「高齢者」と呼ぶようにしたが、「老」は本来尊敬語です。
老中、大老です。英語ではELDERです。OLDではないのです。
75歳で「後期高齢者」としたようですが、75歳ではじめて老人らしくなります。それで、私は「新老人」となずけました。「新老人の会」を作りました。85歳で「真老人」です。私のように95歳を越えたら後後期高齢者ですが、これは「神老人」です。ああいう老人になりたいと思われるような老人を作りたい、そう思っています。
・私の目標は、現在102歳の庄司先生です。お二人の障害者を育てながら「しいのみ学園」を作られた方です。
先生は、75歳で韓国語を学ばれ、80歳で中国語、90歳でロシア語を物にしました。
100歳でブラジルへ行かれると言うのでポルトガル語を勉強されました。
・「新老人の会」は小学校へ行って勉強を教えています。新老人の会の会員は75歳以上です。
45分間教えます。10歳の生徒は、もう大人ですね。私語をしないで目を輝かせて聞いています。
子供達に「生命」「平和」を教えるのは、ELDERの義務だと思います。
食事も一緒にします。しつけも出来ます。
音楽の時は、私が指揮をします。子供達は乗ってきますね。

・私は、非戦論ではなく不戦論が(大切と思います)。
休戦ではなく、戦いそのものをしない、ということです。
いじめを受けても、仕返しをしてはいけない、と教えます。許します。その代わり、もうやるなよ。と言えば良いのです。
ワシントンは、子供の頃桜の木を切ってしまいました。それを正直に話しました。父は許しました。
・ 9・11 の時、アメリカは3倍、4倍でやり返しまして。一般の人が多く死にました。テロの人がまたやり返します。ロンドンで、スペインで、インドで、これでは100年戦争です。
あの時、ブッシュは「もうやるなよ」と言えば良かったのです。
・旧約聖書では、
耳をやられたら、耳を打ち返す。
鼻をやられたら、鼻を打ち返す。
口をやられたら、口を打ち返す。
目をやられたら、目を打ち返す。
と教えています。最小限の仕返しを認めています。仕返しをする場合でも最小限に留める事と教えています。
・新約聖書では、
右の頬をうたれたら、左の頬も出しなさい。
上着を取られたら、下着も差し出しなさい。
と教えています。
友のため命を作る。それより大きな愛は無し。と教えています。
戦争は生命をこわします。
・知人の韓国人医師は、40年前、アメリカで研修しました。その時、アメリカ政府よりグリーンカードと引き換えにベトナムへ行く事を要請され、受けました。彼は、そこで、たくさんの死傷者を見ました。
日本人が(中国で行なった)人体実験と同じことをベトナム人へ行なっています。
・日本軍は南京で妊婦を銃剣で突き刺し、腹を引き割りました。ハルピンでは独房の捕虜に細菌実験をしています。人体実験をしています。全て16ミリで撮影しています。私は、京大の先輩にそれを見せられています。
中国人は、これを絶対に忘れないでしょう。日本の本には、これは出てこないですね。
・ナチスは、800万人のユダヤ人を殺しています。
*戦争は人間を狂気にさせます。
―――
・私は、聖路加で医科大学を作りたい、と思っています。
今、97歳ですが大きな目標があるから死ねないのです。
(そのため)800坪の土地を80億円で買いました。
あと120億円必要です。
日本の本格的医科教育は1900年に始まり108年が経ちます。この間100万人以上の卒業生・医師を出しています。しかし、ノーベル賞受賞者は一人も出ていません。15年前、利根川先生が受賞していますが、彼は京都大学化学科からアメリカへ渡って医学へ転向しました。日本の医学教育が間違っていると思います。若い人へ思いっきり教育の場を与えたいと思うのですが、予算は実績が無いからダメと若い人へは渡らないのです。
日本の医学教育は伸びていません。(私が大学を作りたい理由です)。
ーーー
・子供達には「勇気」「愛」、そして「許す事」、「失敗に絶える事」を教えたいですね。
「新老人の会」は、これまで80回の授業を子供達に行ないました。
子供達に「命を持っている人、手をあげて!」と聞きます。外国の学校では全員が両手を上げます。
日本の子供は、周りを見ていてなかなか手を上げません。目立つといじめられるからなのでしょう。
点数を上げること、平均点をあげることに教育がいっているからです。
ーーー
(岸弁護士の質問)
・現在、9条の会は日本で7000以上になりました。先生の会への期待の言葉などいただけましたらウxれしいのですが?
 
(日野原先生)
・勇気ある行動を、と申し上げます。信念を言葉で表現してください。武力でなく言葉で表現を!です。ペンは剣より強しです。
私は、この運動にもっともっと突っ込もうと思います。
(拍手)

(質 問)
・ご本によりますと、先生は地下から5階まで階段を歩かれるとの事ですが、本当なのでしょうか?
 
(日野原先生)
・本当です。エレベーターで上っている女性を見ます。それを追い越して先に上の階へ到着すると、ヤッターと思います。駅などでも動く歩道を利用している人を横目に見て歩きます。先に到着すると、ヤッターと思いますね。
(笑い・拍手)
・地下鉄サリン事件の時のことを話します。
幹部職員は全員7時30分に出勤します。私は、ボランティアですから9時30分に病院へ行きます。9時50分に事件を知りました。聖路加は、私が80歳の時新築していました。関東大震災の時の被害を考えて作りました。スエーデン、スイスの病院に学びました。チャペル、廊下、到る所をいざと言う時のために設計していました。
その日、私は司令官になりました。全部休診にしました。500床の病院に640人の被害者を入院させました。
一人亡くなりましたが被害を最小限に食い止めたと思います。その日、プロのカメラマンがいました。全てを撮影していました。それが、世界中に放送されました。
事件後、世界中から聖路加を見に来ました。軍隊の病院からも見に来ました。
普段から、どうしたら命を助けられるか考えています。生命を守る。これは医者の本質です。
平和の運動も同じです。
(長い拍手)

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December 08, 2008

新 聞―2008年11月

2008年11月30日(日)
11月最終日―11月を「新聞」で振り返ってみよう、と思う。
―――
11月1日(土) 
「しんぶん赤旗」 (1面)
*防衛相・田母神空爆長を更迭
「侵略国家は濡れ衣」と論文

憲法尊重義務に違反 (2面)
航空幕僚長更迭―こくた氏コメント
・・・田母神氏の論文は、歴史認識として日本の侵略戦争を正当化・賛美するもので、日本の戦後政治の出発点そのものを真っ向から否定し、憲法を否定する重大な内容だ。また同じ論文の中で、集団的自衛権の行使の禁止や攻撃的兵器の保有禁止の原則を批判しており、この点でも現役の自衛官幹部として憲法の尊重擁護の義務に反する重大なものだ。
このような人物が国の実力組織の中枢にいること自体が異常なことだ。・・・略・・・。
(同感!)

「適切でない」 麻生首相 (コメント)
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*「集団自決」沖縄戦訴訟・元守備隊長の主張否定(同 14面)
大阪高裁 大江さん側 再び勝訴

(原告の政治的目的とたたかう)
大江(健三郎)さん コメント
・私たちの主張が認められたことを喜びます。
私が38年前に『沖縄ノート』を書いたのは、日本の近代化の歴史において、沖縄の人々が荷わされた多様な犠牲を認識し、その責任を明らかに自覚するために、でした。
沖縄戦で渡嘉敷島・座間味島で700人の島民が、軍の関与によって(私はそれを、限りなく強制に近い関与と考えています)集団死をとげたことは、沖縄の人々の犠牲の典型です。
原告側は、裁判の政治目的を明言しています。それは「国に殉ずる死」「美しい尊厳死」と、この悲惨な犠牲を言いくるめ、ナショナルな気運を復興させることです。
私はそれと戦うことを、もう残り少ない人生の時、また作家としての仕事の中心におく所存です。

(①UPSTANDINGであること、その意味が、私にも少し分ったような気がする。
戦争について、もっと真剣に考えよう、、、と思う。)

―――
11月8日(土)
朝日新聞 社説
「自衛隊 隊員教育の総点検を急げ」 を読む。
・・・田母神氏は問題論文で、日本の植民地支配や侵略戦争への反省を表明した政府見解を非難した。、、、
・・・航空自衛隊だけではない。海上自衛隊では隊員や幹部向けの「精神教育参考資料」に「わが国民は選民意識のとりこ」という表現があったことも明らかになり、防衛相が陳謝した。、、、
・・・自衛艦ならなおのこと、歴史認識などバランスのとれた教養と正確な知識、民主主義社会における文民統制のあり方などがきちんと教育されなければならない。組織の外と触れ合い、平衡感覚を磨く事も大切だ。、、、

(①NHK 12月5日 夜9時 ニュースウオッチ・初公開の肉声テープ・海軍大将が語る秘史・ と重なる内容だ。
自衛隊は、存在する以上"平和憲法に基ずく民主主義国家の独立と平和の守り手”でなければならない。)
―――
11月11日(土)
しんぶん赤旗 (1面 トップ)
「過去の戦争『自衛を基本』」
「日清から大東亜まで」-防衛大教科書で侵略正当化
ー本紙が入手ー を読む。
・・・防衛大学校で必修科目となっている「防衛学概論」で使用される教科書『防衛学入門』が、第二次世界大戦について「自衛を基本とし権益の増大とその衝突」などと記述されていることが分りました。、、、
・・・日本政府の立場に反して、日本は侵略国家ではないとした論文で更迭された田母神俊雄前航空幕僚長の論旨とも類似する内容で防衛大学校の歴史教育が問われます。
・・・、、、五百旗頭真防衛大学校長は「毎日」(9日付け)への寄稿で「防大における歴史教育の内容がどのようなものであるか、改めて調べてみた。あの戦争を賛美するような講義内容は・・・まったく見あたらなかった」としています。

(①校長は願望を言うのではなく、事実を述べなければならない。再調査が必要だ!と思う。
度胸の無いインテリなんて、ただのダメオヤジだ。40年ぐらい前から、、、そう思っている。)
―――
11月12日(水)
朝日新聞社説
「前空幕長 『言論の自由』のはき違え」 を読む。
・・・田母神氏は「自衛官にも言論の自由がある」「言論統制はおかしい」と繰り返し発言した。自衛隊のトップにまで上り詰めた空将が、こんな認識の持ち主だった。・・・略・・・

(①誰もが「言論の自由」と言われるとハットする。ボクは、自衛隊の公務員のトップの人の言葉を聞いて、別なことを考えた。一般自衛隊員の方々の言論の自由は保障されているのだろうかと。女性隊員に対するセクハラ事件では裁判も行なわれていると思ったけれど、関係者は積極的に発言して内実を明らかにしてもらいたい。)

(社説)・・・それにしても、文民統制の主役としての政治の動きがあまりにも鈍い。浜田防衛相は、田母神氏の定年が迫って時間切れになる恐れがあったので懲戒処分を見送ったと述べた。
田母神氏の行動が処分に相当すると考えるのは当然だ。・・・

{ ①同感。田母神氏は入職するとき、憲法及びそれに関係する諸法令への遵守を誓約している。それが在職中に明らかに面従腹背の主張と行動をしている。処分は当然だ、と思う。処分されないから「退職金」は受け取った。田母神氏個人の生き方として見ると、なにかズルイようなところがある。入職する時は「憲法をまもります」。在職中は「現憲法体制は論理的に廃絶しなければならない虚偽の体制」(某講師)。退職する時は(憲法と諸規定に基づき)「退職金はうけとります」。まるで、キセルではないか。真似をする人が出てくるのではないか。

②浜田靖一防衛大臣は、2002年に陸上自衛隊がイラクへ派遣(派兵)される時、千歳空港での見送り式で、当時防衛副大臣として「武士道の国の自衛官の士気を示してほしい」と挨拶している。
アメリカの先制攻撃へ追随する事が武士道か?という議論は別にして、田母神氏の行動は「武士道」といえるのか。浜田防衛大臣の事にあたっての処置は「武士道」に基づくものなのか?是非聞いて見たい、と思う。

③浜田大臣は何処で「武士道」を学ばれたのだろうか?と考え込んだ。そして、思いついた。確か、大臣は2世議員であられた。そうだ、父君から教わったのだ。父君は何処で学ばれたのだろうか?そうだ、あそこだ。あの方々から「武士道」を学んだのだ。テレビの「なんとかタックル」だ。さわこ、とか、まこと、とか、たけし、とか、「いつもの3人組」だ。あそこらへんが、武士道の震源地ではないのか?と無責任に考える。

④『粗食をした子羊も、栄養を受けた羊より伸びの良い事がある。しかし毛を刈る時に、毛の品質が違う。僕はこれと同様な状態をよく若者の間に見る。例えば甲乙二人がいて、甲は何の修養もなく、本能に従い、傍若無人の振る舞いをする。しかし、世人からは面白いとほめられる。乙が日夜細心、自ら修養すれば人から「小事にこだわって、物になるまい」と言われる。しかし、一度事があると、二人の態度は一変し、その修養の有る無しは最も鮮やかに現れてくる。』
(林 弥生 編 「新渡戸稲造の心 若者と語る」より) }
―――
11月13日(木)
朝日新聞社説
「東京裁判60年 歴史から目をそらすまい」 を読む。

・・・いわゆる東京裁判の判決から60年がたった。
・・・はるか昔の裁判だが、今もなお激しい論争の的だ。
・・・東京裁判をどう見るかは、有罪となったA級戦犯を合祀した靖国神社に首相が参拝することの是非と結びついている。政治と不可分の問題なのだ。
・・・論点を整理しよう。東京裁判に問題があるのは事実である。
・・・その一方で、この裁判の意義も忘れてはならない。
・・・また、独立回復に際してこの裁判を受け入れたことで、国際社会への復帰を果たした。
・・・こうした両面をそのまま受け入れる必要がある。欠陥に目を向けつつ、この裁判が果たした役割を積極的に生かすのが賢明な態度ではなかろうか。なぜならば、、、。
・・・都合の良い歴史だけをつなげて愛国心をあおるのは、もう終わりにしたい。
・・・悪いのは全部外国だ。そう言いつのるだけでは、国際社会で尊敬される日本がどうして築けるだろうか。

(同感。)
ーーー
11月14日(金)
しんぶん赤旗 主張
「前空幕長問題 指揮・監督の責任が問われる」 を読む。

・・・日本共産党の井上哲史議員が、11日の田母神氏自信への追及に続いて、13日には麻生太郎首相に重大な問題だと指摘したのに対し、首相も「不適切だ」「(幹部教育は)バランスの取れた内容に」と答えました。首相が本当にそう思うなら、指揮・監督の責任をとり、隊員教育を是正すべきです。
・・・(侵略正当化の幹部教育)、、、。
・・・(全容をただす必要がある)・・・田母神氏を「定年退職」させ早期に幕引きをはかるだけでは、田母神氏が教え込んだ侵略戦争美化の「毒素」が残るだけです。軍部の暴走をくりかえさせないためにも、問題の全容を明らかにすることが不可欠です。首相はそのために責任を果たすべきです。

(その通りと思う。①面従腹背の公務員=実力・武装部隊が密かに多数派形成を目指しているようで不気味だ。
こういうやり方は一掃してもらいたい。②日本国憲法を基本に据えた教育を幹部にも、隊員にも行なうべきだ。③国民は水、(自衛隊も含む)公務員は魚だ。戦前からの反戦平和運動、現在の国民の平和運動、9条の会の活動なども幹部は学ぶべきだ。幹部も隊員も長野県の「無言館」の見学なども教育に取り入れたらどうか。)
ーーー
11月20日(木)
朝日新聞社説
「元次官宅襲撃 社会の敵を許さない」 を読む。

・・・過去にも、長崎市長や警察庁長官が撃たれる事件があった。行政や官僚のトップを暴力でねじ伏せようとする行為は、民主主義を脅かすものだ。

(①元外務省審議官田中均氏は、時限爆弾をしかけられた。この時、東京都の石原慎太郎都知事は「あんなのやられて当然だろう」と言っている。忘れられない。(犯人は逮捕されていない)。
自民党の元幹事長加藤紘一氏は、山形の自宅を焼き討ちされている。この時、小泉純一郎(当時)首相と安倍晋三(当時)官房長官は、ようやく10日たってから「遺憾の意」を表した。野党の代表は即抗議声明を出したのに。忘れられない。このような態度がテロ根絶を妨げている、のかもしれない。)

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December 06, 2008

「人間賛歌=桐生明夫 個展」 を観る。

2008年11月22日(土)・セシオン杉並
・水彩、パステル、デッサン ・油彩 ・木版画  
約150点を展示してある。「人間賛歌」とあるから、人間だけ描いているのかと思ったら違う、違う。
風景画、木、虫、花、楽器、あらゆるものがある。
風景画と言っても、一部だけではない。東北、関東、飛騨、京都、沖縄、全部歩いている。山とか、川だけではない、森羅万象がある。
人物像といっても、子供、母子、園児、ランドセル、若者達、大工、瓦職人、音楽家、小林多喜二(劇団民芸の人)、メーデー、自画像、じいさん、全部の人がいる。
・「音楽家」は"鳥の歌を弾くチェリスト”"ピアニスト”"バイオリニスト”サックス奏者”など、等、「若者達」もだけれど皆な、指が細くて長くて、神経が張り詰めているんだ。いっぱいあるけれど、全部根性がつまっているよ。
・桐生さんという方は何のためらいも、偏見もない方なんだろうな。だれでも受け入れておられる。

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December 04, 2008

「東京大学観世会・東大観世OB会 合同自演会」 を観る。

2008年11月15日(土)・ 喜田六平太記念能楽堂(JR目黒駅)
・知人より案内をもらう。東大生の娘自慢をさりげなく聞かされる。

「60周年記念・平成20年度 東京大学観世会 東大OB会 合同自宴会」 のパンフより。
パンフの表紙 "濁りなくぞ水掬ぶの神乃心。汲まうよ神の御心 汲まうよ”
パンフの裏面 "トーストがバターを塗った面を下にして着地する確立は、カーペットの値段に比例するーMURPHY’S LAW”
(、な、なんなんだ、これは?)

能 「加 茂」 を観る。
神官(ワキ)が加茂明神の社へ従者(ワキツレ)二人と参詣に来る。
(この従者二人は、初めから最後まで1時間少し、弓を持ち方膝の姿勢でピクとも動かず過ごした。役柄とはいえ足が痛いだろうなー、などと思う。)
全体、良い雰囲気、、、。

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