「自由な理性、自由な言論ー歴史に学ぶ知る権利の意義ー」 小田中聰樹先生(東北大学名誉教授)の講演を聞く。
2008年12月19日(金) 午後6時30分・かめありリリオホール
(葛飾ビラ配布弾圧事件・最高裁勝利をめざす大集会)
記念講演 小田中聰樹 東北大学名誉教授
*演 題
「自由な理性、自由な言論ー歴史に学ぶ知る権利の意義―」
(先生のレジュメ)
はじめに
○表現の自由の現在
○葛飾ビラ配布弾圧事件の位置
○そして私たちの社会と国家の現況と自由な理性、自由な言論
Ⅰ、貧困と戦争の危機の現代社会と国家
(1)その危機的状況
(2)危機の理性的克服の方途の模索
(3)自由な言論、民主的な討議の意義
Ⅱ、表現の自由の抑圧と規制の状況
(1)政治的ビラ配布の規制、弾圧
○立川反戦ビラ配布事件
一審 無罪 (2004.12.16)
二審 有罪 (2005.12. 9)
上告審 上告棄却 (2008.4.11)
○国公法・堀越事件
一審 有罪 (2006.6.29)
控訴中
○葛飾ビラ配布弾圧事件
一審 無罪 (2006. 8.28)
二審 有罪 (2007.12.11)
上告中
○国公法・世田谷事件
一審 有罪 (2008.9.19)
控訴中
(2)そして・・・
○君が代ピアノ伴奏強制拒否訴訟
最高裁 2007.2.29
○NHK番組改編訴訟
最高裁 2008.6.12
(3)規制・抑圧の焦点としての理性的言論と運動の拡がり
○反戦・9条・反貧困の運動
○自衛隊情報保全隊の国民的監視事件(2007.6.6.露呈)が意味するもの
Ⅲ、歴史に学ぶ理性的言論抑圧の悲劇
(1)恐慌(大不況)と戦争(侵略)と言論弾圧と右翼・軍事テロリズムの1930年代
○大恐慌 (1929.10)
○満州事変 (1931.9)
○5・15事件 (1932.5)
○国連脱退 (1933.3)
○滝川事件 (1933.7)
○天皇機関説事件 (1935.2 -)
○国体明徴運動 (1935.4- )
○2.26事件 (1936.2)
○日中戦争 (1937.7)
○人民戦線事件 (1937、1938)
○国家総動員法 (1938)
○国民精神総動員強化 (1939)
○日独伊三国同盟 (1940)
○「大東亜新秩序・高度国防国家」へ
○戦陣訓 (1941・1・8)
○日米戦争開始 (1941.12.8)
○横浜事件 (1942-)
(2) 言論の自由と戦後民主主義
(3) 自由な言論、相互啓蒙、連帯する人間
Ⅳ、 ビラ配りの自由を守る私達のたたかいの原点と展望
○たたかいの原点としての人間の理性と良心
○たたかいの展望としての人間の連帯と歴史の責任
(終)
――――
(小田中先生のお話を聞くのは始めてです。見るのも始めてです。先生はロマンスグレーでスーツと眼鏡が似合います。すぐ学者と分ります。古典的雰囲気の先生です。声が良くて聞きやすく、内容も分りやすかったです。)
*先生のお言葉(レジュメに沿ったお話の中のメモ)
・いよいよ最高裁の判決がでるでしょう。緊迫した情勢の中でこれだけの人が集まりました。
・何故ビラを配り訴えるか原点に返って考えましょう。
・政府はお金を使って広告を出し、タウンミーティングを行ないます。
この中には、私達が知りたい事が巧妙に隠されていることがあります。
断片が分っても全体像が分らない場合もあります。
・一枚のビラが全ての実態、醜い場合もありますが、を暴き出すことはあります。
・・・
・イラク、アフガンでの無益な軍事行動に日本も関わっています。
・関連して治安権力の動きが強くなり、平和運動への監視を行い、取締りの対象としています。
国公法・堀越事件では、カメラを使い、尾行し監視していました。
・貧困、格差に対する闘い、憲法改悪に反対する闘い、これを監視しています。
・しかし、私達は黙っている訳にはいきません。これを打ち破らなければなりません。打ち破れば大きな展望が開けます。
・・・
・(警察・治安権力の監視、弾圧が常態化し、これを認める社会になったらどうなるでしょうか)
市民一人一人が分断され、お互いが監視しあう社会になるでしょう。
貧困、格差、相互監視の社会になるでしょう。
・これは、私たちの連帯によってしか打破する方法は無いのです。
どうして貧困、格差、は生まれるのか、これを打ち破るにはどうしたら良いのか、話し合って、協力、協同することです。
これには、言論の自由を活用します。情報の伝達を行い、啓蒙が重要です。
・権力にとって、支配上これが何より障害になります。
ですから、(言論の自由・伝達の自由を)像が蟻を踏み潰すようなやり方でつぶそうとします。
・警察の弾圧があって、裁判所へ行きます。裁判所がどのような意味を持っているかですが、
最高裁判所の事を言えば、残念ながら鈍感です。
立川反戦ビラ事件では、一審では無罪でした。二審で有罪となりましたが、その時、警察が「現場」といっていた所を、「屋敷」と言い換えています。最高裁では、それをそのまま判決で使っています。
・・・略・・・
・戦後と云うと、1945年8月15日以降と思われますが、本当の戦後、本当の自由は10月15日以降です。この日、「治安維持法が」が廃止されました。この日から、日本の戦後の民主主義は始まります。
・私達は、言論の自由を使って、戦後の民主主義を組み上げて来ました。
その上に立って、憲法を作ってきたのです。
いかに言論の自由が大切か、戦前、戦後の歴史が示しています。
・・・
・私が大学1年の時、ビキニで核実験が行なわれました。私は何人かの友人とガリを切り核実験に抗議するビラを作りました。学内と街頭でこれを配りました。これは現在、原水禁運動となって発展しています。
私にとっての強い誇りになっています。
・・・
・本当の裁判所であるならば、憲法を土台にして判断し、良心をもって判決を行なうでしょう。
無罪判決を勝ち取りましょう。
・・・
(拍手・感動)
*荒川庸生さん のご挨拶
(メモ)
・被告人とされている荒川です。
大勢の方々が御出席くださり、ありがとうございます。
・青森から11名の方が駆けつけてくださり、最高裁へ一緒に無罪の要請をしてくださいました。
「ビラ配布の自由を守れ」の運動は全国へ広がっています。
・・・
・色々な事を思い出します。
23日間、警察へ拘留されました。
一緒に拘留された人と友人になりました。外国人が多かったです。
一審で無罪になったこと、両手を突き上げました。
・喜びと共に、悲しみもありました。
痛恨の出来事は、主任弁護人ー中村欧介先生の急逝です。
留置場での接見の時を思い出します。
先生は最初に次のように話されました。
「荒川さん、私はあなたの弁護士です。あなたの望むように、あなたの良い結果になるように、あなたのために私は働きます。」
私は、これで闘っていけると思いました。
・最高裁での闘いですが、最高裁は石の要塞のように思います。あの扉を打ち破るのは容易ではありません。
しかし、(人間の作ったものです)、要塞も市民の良識が押し寄せれば必ず打ち破れると思っています。署名、手紙、なんでも宜しいです。一層のご支援をお願い申し上げます。(拍手)
・勝利報告を、中村欧介弁護士の御霊前へ致したく思います。
(合掌・荒川様は御法衣姿。威厳に満ちている)
*弁護団からの報告
後藤 寛 主任弁護士
続く・後日
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