発言09 「恐竜」資本主義の断末魔 ― 作家 五木寛之 さん ―。
2009年2月22日(日)
「しんぶん赤旗」へ、またまたまた、ビッグネーム登場。―五木寛之さんー。
・ブンカホウソウでの、ミノモンタさんとの対談も聞きました。2年続けて。
(いつきさんは)お声と写真と文章とが、見事に美しく100㌫、一致される方だと、赤旗を見ながら、思いました。
(ちょっと付け加えますと)
・ラジオを聞いていて、アナウンサーの方を、いつもどんな方かと、色々想像していますね。
昔「ほんきでどんどん」という番組があって、かじわらしげる、さんというアナウンサーがいらして、ボクは、きたおうじきんや、さんとか、かとうごう、さんとかをイメージしていました。すばらしくて。
また、天才といわれていた、よしだてるみ、さんは、(NHKの)たかはしけいぞうさん(故人)を想像していましたね。
・いまも、みやたてるさん、とか、よしながさゆり、さんを想像しながらきいていますが。
・本物を見たいような観たくないような。テレビも良いですが、ラジオもいいですね。
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・五木寛之さん(作家)
1932年福岡県生まれ
(1面) 発言 09
(内容)
「恐竜」資本主義の断末魔
・いまの政治、経済の状況や社会システムの崩壊について、、、「人間の魂の大恐慌が始まっている」、、。
近著「人間の覚悟」を書きました。
・いまの経済混乱を、麻生首相は「2,3年」、経済学者も「4,5年」かかるといっています。それは実感と違う、納得できませんでした。(資本主義の)周期的なリフレッシュ(循環)ではない。私は「その十倍の50年は続くのではないか」と思っています。、、、、
・根底から、従来の価値観が大きく揺らいでいるのです。
その様子を私は、「資本主義という巨大な恐竜が終焉の時期を迎え、断末魔の叫びをあげながらのたうちまわっている」と比ゆ的に表現しました。日本では十年連続で(自殺者が3万人)を超えています。この「恐竜」の犠牲になるのは、働くものであり、地球上の弱小の動・植物です。
*間違った政治
・高齢者の親を病気入院させても3ヶ月たつと「転院してください」と追い出されます。・・・
介護の現場では、あまりにも悲惨です。過酷な労働、収入が少なく、絶望して職場を去って行く人が後を絶たないでしょう。
・介護関係者の給与を50%くらいアップし、特別の資格を与える、必要な長期入院・看護もできる。そのくらい、国の予算規模からしても十分可能ですし、すぐやるべきです。医療現場でも、産婦人科や小児科の医師不足も手がうたれていません。・・・・・
・そんな現実を告発し、国民の不安と怒りを新聞・テレビなどのマスコミがなぜしっかり報道しないのか。メディアの退廃は極に達しています。私もメディアの中にいる一人として忸怩たる思いがあります。
*蟹工船の最後
・私は1966年に小説『演歌』を書き、「演歌は未組織労働者のインターナショナル」だと書きました。・・・・
・昨年来、「派遣きり」や非正規労働者の困窮化が問題になってきました。100年前に書かれたマルクスの『資本論』の内容の正しさや賃金、剰余価値などの用語が再び浮上し、「搾取」「組織」「闘争」などの言葉が違和感なく使われ出しました。
・小林多喜二の『蟹工船』が若者に読まれ、冒頭の「おい、地獄さいくんだで!」がいまの気分にぴったりくる。しかし、できるなら最後の「彼等は、立ち上がった。-もう一度!」まで通読してほしい。
・河上肇『貧乏物語』、横山源之助『日本の下層社会』等もっと読まれていい著書です。
*頼りは仲間の人垣
・「人間の覚悟」と私がいうのは、「判断は悲観的に、行動は楽観的に」ということです。・・・・
・いまは、「鬱の時代」です。これは、「鬱々」という漢字が「草木が茂る」「霊気の盛んなさま」というように、今は時代の大転換の可能性のある時代なのです。明けない夜はない。
・コリン・ウィルソンは、「口笛を吹きながら夜を行け」と言った。感性を磨いて楽しもう、弱気にならず頑張っていきましょう、というメッセージです。
*時代と「宗教」
・現在、新聞小説「親鸞」を連載中ですが、地震、凶作、内乱というひどい不安と飢えの時代に、「遊びと笑い」を忘れなかった雑草のごとき民衆を描こうと思っています。
・蓮如らの時代は、武士も百姓も階級、身分を超えて平等に語り合い、助け合う小さな細胞のような「講」が地下茎の如く全国に出来て、講と講のネットワークで情報交換がなされ、戦国の世まで持続しました。・・・・
・日本にも国家を超えた自主的な組織の時代があったことに注目したい。
・日本共産党の入党者が増えているそうですね。それを、一時的な僥倖とするのではなく、必然の流れにしなければなりません。
・21世紀は、科学的社会主義(マルクス主義)の思想と政党にとって、宗教をどう扱うかが大きな課題になるでしょう。・・・・
・一方で、『蟹工船』が読まれ、ドストエフスキーの作品が読まれている。・・・いずれにしても、科学と宗教は、親の敵のように背を向け合うものではないと考えます。
将来、日本共産党が政権を担うとき、病める時代に生きる「迷信と祈祷」とは無縁な、人間の心にかかわる宗教問題は、避けて通れないのではないでしょうか。
(聞き手:澤田勝男 写真:縣 章彦)
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(やっぱり、色々考えたり、思い出すことがある。)
「判断は悲観的に、行動は楽観的に」。
そして、「口笛を吹きながら夜を行け」=明けない夜は無い。コリン・ウィルソン。
・そよ風のような、つむじ風のような、メッセージだ・・・。と、思った。
ぼくも、そのようにやって行く。逃げる事は、しない。
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・自殺者か。
ぼくの友達でも、小学校の時の、まさし、中学校の時の、トク、高校では、ヨシオ、年下では、みつ。さっと思い出すだけで4人もいる。(普段は、思い出さないようにしているけど)。数年前だけど、田舎で、先生(定年退職されていた)も、そうされたんだ。
一人一人事情はあるし、時期も違うけれど、考えると嫌になる、、、。
終わってから、ああすれば、こうすれば、と(自分も含めて)言うだけだ。
自己責任で済まされている。特に自死は。
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・小説「演歌」(1966年)のこと。この年、私は東京へ出てきた。
新聞配達をしながら、江戸川区小岩で「サークル石ころ」の活動を始めた。
会員の"アク”君は、自宅でご両親とプレス加工の仕事をしておられた。中卒ですぐ働いていて、お花見に誘ったら参加して、それから毎週土曜日の夜の例会へ出席するようになった。
忘年パーティを行なった。喫茶店を借りて、20人位の参加だった。ビールを飲んで、お喋りをして、やがて一人一人余興をすることになった。
アク君が立ち上がった。普段は無口だ。何を始めるのか?と皆が思った。彼は歌い始めた。
北島三郎の「なみだ船」だった。搾り出すような声だった。皆聞き入った。3番まで何も見ないで歌った。拍手を受けて、はやされて、次に「兄弟仁義」を歌った。
村田英雄の「人生劇場」「みなのしゅう」「王将」と次々に歌った。
終わってから、アク君はあいさつした。「仕事をしながらラジオを聞いていて覚えたの。人の前で歌うのは始めて。すごく気持ちがいいよ。ありがとう。」
みんな、感心して、感激した。
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「宗教」「信仰」について。
・僕達地方出身者にとっての「宗教」というのは、「家」と結びついているように思う。
子供の頃の「宗教」は、生活上、習慣化していて、「宗教」とは思っていなかった。
東京へ出てきて、「あー、そうだったのか」と思い出している。今の生活にどのように生きているのかは、まだ分らない。ゼロではないが、宗教とまでいえるのかどうか。子供の頃の習慣を東京まで持ってきて行っている人は一人も居ない。個人の信仰にまでは、なっていない。
・祖父母、両親が、一番鳥か二番鳥の鳴き声でおきて(夏と冬で違う)、まず、必ず、最初に、一日として違えずやることは、神棚のがらがらを鳴らす事。かしわ手をうつ。僕達の目覚ましだった。その次に、仏壇に水とご飯を上げて線香をあげてチーンとする。合掌する。起きたら、ボクタチも必ずやらされたものだ。習慣だった。意味は分らなかった。
百姓というこもあって、規則正しい生活であったことだけはたしかだ。
・年間行事(正月、盆、彼岸)、と法事は厳格だった。
お寺へ行くと、祖母も母も、畳に額をつけていた。
・でも、不思議な事が何回もあった。
お寺などへ行って、帰る時、皆なしんみりしていると、
祖母(明治22年生)は必ず言った。「神仏は頼るものにあらず!」と。
厳しい表情だった。言葉だけを覚えていて、意味はまだ良く分っていない。というか、深く考えてこなかった。
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