前進座5月特別公演・「江戸城総攻」「左の腕ー無宿人別帳ー」・を観る。
2009年5月10日(日)・午後4時30分 国立劇場
・前進座は、調度1年前に来ている。あの時は「燃える富士」だった。
中国で四川大地震が起きた直後だった。後期高齢者医療制度が始まった直後だった。
舞台上の、富士山爆発が四川大地震に、被災住民へ対する幕府の態度は「後期高齢者医療制度」に重なって見えて興奮し、勇敢なサムライ=代官や農民、青年の活動に感動したものだ。
(今日は)
*「江戸城総攻」
作 - 真山 青果 (1978-1948)
改定・演出 - 鈴木 龍男
徳川慶喜 - 嵐 圭史
西郷吉之助 ー 藤川矢之助
勝 麟太郎 - 瀬川菊之丞
山岡鉄太郎 - 嵐 広也
高橋伊勢守 - 武井 茂
益満休之助 - 益城 宏
他
(第一幕 第一場) 勝安房守の屋敷
( 同 第二場) 駿州静岡、征討大総督府武家参謀の詰所
(第二幕 第一場) 江戸薩摩屋敷
( 同 第二場) 上野大慈院
( 同 第三場) 千住の大橋
・(前のほうの良い席で観た。)
舞台が美しい。役者がきびきびしている。緩急がある。身のこなしは、格闘家のようだ。声が良い。緊張と笑いが交互にくる。
徳川慶喜は憔悴している。しかし、かえって気品と威厳がある。やはり将軍だ!と思う。
*「慶応4年(1868年・9月8日から明治改元)・3月15日に決定していた江戸城総攻撃が直前になって何故中止され、江戸城無血開場となったのか。」
「時代の大きな転換期にあって、様々な政治的思惑が入り乱れる中、『江戸を戦火にさらしてはならない、無辜の民を殺してはならない』というヒューマンな選択は、それだけで我々を感動させてくれる。」
(青果劇への新しい挑戦 - 鈴木龍男・改定、演出 より)
=同感!
・色々なことが頭に浮かんだ。考えさせられた。切れ切れであったり、まとまらなかったり、だけれど。
①徳川幕府側には、徳川慶喜、勝他、上層部に「恭順」「話し合い」「外交重視」派がいた。中堅、実働部隊層に、榎本とか新撰組とか「軍事優先派」が多くいた。薩長軍には、岩倉、大久保、等上層部、中堅、実働部隊層とも「軍事優先」「武力倒幕」派が圧倒的多数、あるいはそれ一色だった。西郷が勝の要望を受け入れる。「軍事優先」を修正する。江戸城無血開城へと進む。舞台では、庶民の生活の話が出てきて感動的だった。
(何故、西郷は転換したかについて、その理由を、松尾章一先生は学者の立場から書いておられる。○イギリス公使パークスの新政府軍への圧力。○「世直し一揆」「打ちこわし」「ええじゃないか」、民衆反乱への恐れ。)
=なるほど、と思う。
ボクは、「軍事優先か?」「外交、話し合い優先か?」が鋭く問われていたのだな、と思った。
この時は、「外交=話し合い優先」主義が勝利した。江戸庶民の命は守られた。西郷の決断は立派だ。隊内の説得は西郷でも大変だったろうなと思う。勝の方も、暴発は起きているし、大変だったろうな、と思う。
②青山青果「江戸城総攻」は3回に分かれ書かれた。それぞれ、第1部(1926・大15)、第2部(1930・昭5)、第3部(1934・昭9)に発表されたとある。
この時代の日本は、国を挙げて「軍事優先か?」「外交優先か?」で揺れていた、ように思う。
国際的にも、次のようだった。
「・・ポール・ジョンソンは、その著(のなかで)・・・簡潔に述べている。
『1920年代、欧米の民主主義先進諸国は、一方に国際連盟、一方に英米間の経済外交を二つの柱として、不安定ながらも辛うじて世界秩序を保っていた。しかし、1930年代はじめには、この体制は・・・・・完全に崩壊し、世界は全体主義国家が゛軍事力″だけを頼りに行動する無法時代に入る』
1930年代はじめに世界秩序が崩壊するというのは、むろん昭和6年9月(1931年9月)の日本による満州事変、そしてその後の日本の国際連盟脱退をさしている・・・・」
保阪正康 「昭和史の教訓」 2007 (朝日新書)より。
・また、この本では、「近衛と東條の間の決定的な対立」も述べている。
・やがて、「陸軍が内閣を自在に動かす」ようになり、軍事優先論者が国を支配するようになった。
・あとは悲劇だ。
③4月上旬・「特別展 平泉 - みちのくの浄土」(世田谷美術館)を観た。
「国宝 金色堂西北壇壇上諸仏」は、11体の仏様がおられて神々しかった。これは、当時の「平泉」の象徴だ。「平和と慈悲の国」の象徴だ。そして、その仏は京都で作られたか、京都の仏師が平泉にきて創ったものと思った。少し華奢で、なにか垢抜けていた。京都の方からの"願い”も仏に入っている。
平泉は京都との平和、友好を第一の外交政策としていたに違いない。
京都が安定していれば、平泉も平和だ。それで約100年間、繁栄が続いた。
御仏は、平泉と京都の平和的交流のシンボルでもあった。(と思う)。
・平泉と京都との間に「鎌倉」が起きる。
一所懸命の武士団の"武装国家”だ。
平泉は鎌倉との外交、うまい付き合いは出来なかった。
平泉の御仏の思想は鎌倉には通用しない。
色々工夫したが、結局「義経」に頼った。
軍事的対応だ。そして、ほろんだ。
④現在の北朝鮮のミサイル発射問題を考える。
やはり、外交的に対応するべきで軍事的対応は間違っている。
北朝鮮の核実験もミサイル発射は、絶対許せない。
北朝鮮政府は、国連加盟国の抗議の声を聞かなければならない。
世界人民の抗議の声を聞かなければならない。
金日成元主席が生きていれば、必ず聞いていた。
現政府は、頑迷な態度を改めるべきだ。
*日本の一部政治家の中にある「敵基地攻撃」論に反対する。
北朝鮮の"冒険主義”に日本が軍事的に対応するのは、危険な上に北朝鮮の思う壺になると思う。
・「敵基地攻撃論」は、日本が国際紛争を平和的手段ではなく武力によって解決を目指す国と、全ての国に受け取られる。
日本は、ロシアとは、「北方領土問題」が未解決になっている。
日本は、韓国とは、「竹島・独島」問題が未解決になっている。
日本は、中国とは,「尖閣諸島」問題を抱えている。
この3国が、日本を軍事的対応の国、と思ったらどうなるか。表面的にはともかく、深部では疑念を持ち、しかるべく対応をしてくるのではないか。
あるいは、日本への不信が募れば、ロシア、韓国、中国、北朝鮮の「反日統一戦線」ができる可能性もある。
北朝鮮へ、日本が軍事的に対応すれば、日本が孤立してしまうこともある。
*日本は、憲法9条を持つ国だ!戦争をしない国だ!それを前提に外交をしている。
そのことを、アジアは勿論、世界190カ国、国連加盟国全てに通知して、徹底するべきだ。外務省は、繰り返し、日本は憲法9条の国であることを、世界の国へ知らせるべきだ。
その日本へ軍事的脅威を与えることは、世界中が許さない。
その力をバックにして、交渉を行うべきだ。


Recent Comments