「ドキュメンタリー宣言・僕らはやっていない・密着7年・・・御殿場事件・無実を叫ぶ親子のたたかい・号泣の収監」(TV朝日)を観る。"足利事件”のこと。
2009年6月4日(木) ・新聞を読む。
*朝日新聞夕刊・トップ記事
「足利事件 受刑者釈放へ」
東京高検 再審開始確定的に
再鑑定結果 「無実の可能性高い」
・(キーワード) 足利事件
90年5月12日、足利市のパチンコ店駐車場から女児(当時4)が行方不明になり、翌日近くの渡良瀬川河川敷で遺体となって見つかった。
栃木県警は、導入したばかりのDNA鑑定で女児の着衣に付着していた体液と菅家利和受刑者(62)の体液が一致したとして、91年12月、同受刑者を殺人と死体遺棄の疑いで逮捕。同受刑者は無実を主張したが、2000年に最高裁で無期懲役判決が確定した。
2009年6月5日(金)
*朝日新聞朝刊・トップ記事
「足利事件 菅家さん釈放」
逮捕から17年「謝ってほしい」
・キーワード (足利事件)
90年5月、栃木県足利市で女児(当時4)が行方不明になり、翌日、近くの渡良瀬川河川敷で遺体となって見つかった。県警は91年12月、市内の幼稚園の元バス運転手で、女児が遊んでいたパチンコ店に通っていた菅家さんをDNA型鑑定を決めてとして逮捕した。菅家さんは捜査段階で「自白」したが、一審の公判途中から無罪を主張していた。
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(菅家利和さんのお話) - 新聞より
・真犯人にされ、ずっと我慢してきたが、間違ったではすまない。当時の警察官、検察官を絶対に許さない。
私と亡くなった両親、世間の皆様に絶対に謝ってほしい。
・私は犯人ではありません。全く身に覚えがありません。
自分の人生を返してほしい。間違ったではすまないんです。
・警察に捕まり、おやじがショックを受けて亡くなった。母も2年前の4月に亡くなった。母もつらかったと思う。
(何故、やってもいない罪を自白したのか。)
・髪の毛を引っ張られたり、け飛ばされたり。「白状しろ」「早くしゃべって楽になれ」と言われ、どうしようもなくなって自分がやったと言ってしまった。
・冤罪をなくすためには、取調室は密室でなく、テレビを設置するなどして室内を監視してほしい。
・(真犯人に対して)、絶対に許せません。真犯人には時効があってはなりません。
・今後は自分と同じように、冤罪に苦しむ人たちの支援をしていきたい。
(佐藤博史弁護士のお話)
・なぜ、誤った自白がなされたかを解明しなければ、この事件は終わらない。
・検察は「当時のDNA型鑑定は正しかった。自白したのだから有罪は仕方がない。誰も悪くなかったんだ」といいたいらしい。(と検察側の態度を批判した)。
・菅家さんは年金を納めることも出来ず、生活の基礎を完全に奪われている。
(大出良知教授・現代刑事訴訟法・東京経済大学現代法学部・のお話)
・この事件は、そもそも強引な自白追及が行われ、無理な立件を、まだ精度に疑問のあったDNA鑑定で有罪にしてしまった経緯があり、当初から強い批判があった。精度の上がったDNA鑑定が新証拠になって、再審が行われるのはとうぜんであり、そのことを認める以上、釈放も当然だ。新証拠による救済に終わらせないで、捜査、裁判にどのような問題があったかを徹底的に検証することが不可欠であり、このような新証拠のみに頼らない再審による誤判救済機能を高めることも必要だ。
(ボクラにとって、検察側の態度で不可解、かつ不愉快な点)ー朝日新聞の記事より
・再審請求審では、検察側と弁護側がそれぞれ推薦した鑑定人2人が、どちらも「DNA型が一致しない」とする鑑定結果を出した。検察側は刑の執行は停止したものの、弁護側が推薦した本田克也・筑波大教授(法医学)の鑑定については「信用性に欠ける」と主張している。
本田教授は「釈放は大変結構なことだ。しかし、なぜこのタイミングなのか。20ページ余りの鑑定書を読んで結論を出すのに、なぜ1ヵ月もかかるのか全く納得がいかない」と批判した。
*(検察側に偏見、身びいきの思想がある。国民は本田先生の言っていることの方を信用している。)
○今村 核 弁護士(自由法曹団司法問題委員長・「冤罪弁護士」の著者のお話ー赤旗・日曜版より
・足利事件の捜査についていえば、DNA型鑑定を基に任意同行し、菅家利和さんから「自白」を引き出しました。
「科学」といった権威を使った自白強要の捜査だったといえます。
しかも、DNA型の再鑑定は、警察庁科学警察研究所(科警研)が当初した鑑定とあえて同じ方法で検査したのに、結果が大きく異なりました。
科警研の鑑定精度が低かったというより、作為的だったのではないかとさえ疑わせる内容です。
最高裁と宇都宮地裁は弁護団から再鑑定を提出されたり、再鑑定を請求されながら拒否しました。
このようなことを防ぐため、弁護側の再鑑定が保証されるよう制度を整えるべきです。
冤罪事件の「自白」は、日がたつにつれ詳しくなり、内容が変転するのが特徴です。
体験でないため「殺した」とは言えても、どうして殺したかは想像で話すしかないのです。
そこで、捜査官は現場の状況に合わせるように追求します。
自白の強要を防ぐために、長期間の拘留をやめ、取調べはすべて録画し全面的に可視化すべきです。
・・・・・
(納得!しかし、警察、検察の冤罪=自白強要、でっち上げ=を"裁判官”が何故見破れないのだろうか?裁判官は警察、検察をエコヒイキして、弁護士の言うことは、はじめから無視ないし軽視しているのかな?自白内容の矛盾点は、いっぱい指摘されていたと思うのだが。有罪とするには"疑わしい”点は山のようにあったと思うのだが。)
●ドキュメンタリー宣言「僕らはやってない」(6・1 午後7時・テレビ朝日)を観る。
・観終わって、2人の青年(補導され時は少年)は、無実だと、つくづく思った。
証拠が無い。「自白」だけで、有罪とされている。
・少年二人が無実であったと弁護士が主張しているが、その主張の中の2点は、みていて説得力があった。
1、「少女に淫らの行為を集団で行った」という日は、現場は"雨がふっていた”という点。雨が降っている中で、行動していたのなら、確かに衣服とか証拠はより鮮明に、多く残るはずだ。(雨でなくても、残るとおもうけれど。)
雨だったら、そう長く外にいられるものではない。
検察は、「降雨はなかった」としているが、気象庁、消防署は「雨だった」、と話している。当日、近くで交通事故があって、処理した保険会社の人も「天候 雨」と記録していた。
「淫らな行為は」あったかもしれないが、別の場所で、別の日にちに、別の人間が行っている可能性はある、と思った。あの2人を犯人と決め付けるのは間違っている、と思った。
2、犯行の当日、2人はアルバイト先にいた、という点。タイムレコーダーの記録が残っていた。
しかし、検察側は「口裏を合わせている」と決め付けた。これも、現場に足を運び、裁判官も、丹念に調べれば、うそか本当かわかるはずだ。テレビを見ていて、犯人とされた2人とその家族は本当のことを自信を持って言っていると確信をもった。また、考えてみて、こんなことでウソを言って、警察や検察をだませると、思うわけがないではないか。
検察も、裁判官も聞く耳を持っていなかった。「自白しているではないか。それが一番の証拠だ。」という態度だ。
(冤罪はたくさんあるのだろう、と暗澹たる気持ちになる。裁判所は国家の中枢だと思うのだが。そこで、不正義がまかりとおっているのだ。)
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①「起訴された刑事事件の有罪率99.9%」は何かおかしい。検察がおかしい。裁判所がくるっている。
最近、ラジオでも、テレビでも、新聞でも言われるようになった。
有罪率99,9%は、確かに異常だ。
「日の丸、君が代の強制」問題で、不当に起訴された板橋高校の元教諭がある集会で発言しておられた。
戦前の帝国憲法下の裁判でも、有罪率は(確か)91%とかだった。現在より、「疑わしきは、罰せず」の原則が生きていた!と。
ある弁護士はテレビで言っていた。
電車内で痴漢事件に巻き込まれた。自分はやっていない。その時、駅職員について行ってはいけない。警察に引き渡される。引き渡されたら必ず逮捕される。「警察に話せば判る」という考えは間違いです。話しても聞いてもらえません。(足利事件の菅家さんも同じことを言っていた)。起訴される。裁判で無実を勝ち取るのはとてもむずかしい。なんとか立ち去るより方法はない、と。
(頭の中が飛ぶ)
・考えてみて、人間個人が、中学でも高校でもその3年間に中間テスト、期末テスト、模擬テスト、を何回も受けて、10数教科全部で平均99.9点を取れたらこれは、天才だ。実際はいないのだ。
たまにそれに近い点数を取っているやつがいたが、それは理事長の愛人の息子とかで配慮があったときだ。
・むかし、テストも通信簿もすごく成績の良い人がいた。それほど勉強しているようではないのに。学年が上がって、担任が変わった。その人は急に成績が落ちた。情報通の奴が教えてくれたものだ。
「前の担任だったセンコウよ。あいつの美人の姉さんが好きで毎日あいつの家へ行っていたんだよ。姉さんの気を引くため、あいつをヒイキしていたんだよ。」
・言って見れば、警察も検察も、裁判官がテストをして採点して裁判所で99,9点を取り続けているいるようなものだ。何十年間も。
あの方々は、東京大学とか、司法習修所とかでも、99.9点を取り続けていたのだろうか。
なにか、不公平があるように思えるのだ。
②一番問題で悪いのは、最初に「罪の無い私(=人)に自白をせまった警察・・・」だ。
留置場へ置かれての取調べがどのようなものか、色々な方々が発言している。政治家や元外交官の人も発言している。専門家も指摘しているように、冤罪の温床は、警察、留置場、密室での取調べ、そこらへんにあるようだ。
冤罪だったことが後でわかった事件は、ここ数年でも何件かある。
冤罪に陥れられた人には、なにか共通項があるように思う。
逆に言うと、取り調べる刑事が(容疑者を)何通りかに分けていて、立証の仕方もそれぞれ違っているようにみえる。一つは、証拠を積み重ねて(容疑者に)迫る正統的なやりかた。もう一つは、まず自白を迫って、あとから証拠を集めるやり方だ。最初の方の手法は、政治家とか元外交官に対して使っている。
問題は後の方で、手荒な乱暴な手法で、足利事件とか御殿場事件、富山事件、他で用いている。
・どちらを使うかは、警察はその人の(職業とか学歴)で決めているように見える。
学歴が低くて、いわば3K的職業についている人には、刑事はキツク当たって、先ず自白を強要している。
脅かしたり、すかしたり、自白を引き出すプロが警察にはいるのだ。
冤罪に陥れられた人の共通項は、ここらへんだ。
(東大とか、国立大学を卒業した人で逮捕された人は結構たくさん、最近もいたけれど、冤罪には中々ならない。
公務員の人で逮捕された人も結構たくさんいるけれど、冤罪にはならない。
国立大学を出て公務員を務めて、事件に巻き込まれて、自白を強要され、犯人とされ、獄中で無実を叫び続ける。こういう人は、中々いない。)
・警察には、差別感があるように思える。松本清張「左の腕」=国立新劇場で観た=あの中に"岡っ引き”が出ていた。弱い者に威張り、強い者に媚びる。あの姿は、今も残っているのではないか。
*1960年代、今から40年以上も前になる。
衆議院選挙があった年だった。ボクの母は、選挙違反容疑で警察で丸1日取り調べられた。ジープに乗せられ30キロも離れた隣町まで連れて行かれた。どういうわけか、親戚を中心に近隣6部落で10人位がつれていかれた。僕達の村は、岩手1区だった。当時は中選挙区制で定数は4議席、自民党が圧倒的に強かった。鈴木善幸、野原正勝、山本猛夫、等がいた。僕達の村は、鈴木善幸がいつも一番だった。ところが、その年の選挙では、野原正勝(元農林大臣・三木派)がトップだった。その関連だった。
母は夜中に帰ってきた。警察がジープで送る、と言ったのだが、母達は強く断って、山道を7時間も歩いて帰って来た。「ごせはやけたが (腹は立ったが)、歩いているうちに気持ちが治まったんだ。」と話した。
政治の話などとは無関係な母が何故?と思った。調べられるなら、父親の方だろう、と思ったものだ。
*取調べの内容も少しずつ、畑仕事をしながら、牛扱いをしながら、蚕の手伝いをしながら、聞いた。
その中で母が繰り返し言っていたことがある。
刑事が母へ言った言葉だ。
「あんた、話は通じるようだな。」
「あんた、頭は普通よりは良いようだな。」
・母は大正7年、午歳、生まれ。小学校しか出ていない。
17歳で嫁にきた。貧乏な百姓家で7人の子どもを産み育てた。74歳で死んだ。
取調べを受けた時、母は40歳代前半だったと思う。
・思い出しても、刑事の言葉には、まだ怒りを覚える。
③足利事件を担当した裁判官の言葉に「当時として最前を尽くした」というのがあった。
テレビ報道だけれど。
聞いていて、以前在った論争、「教師は労働者か?聖職者か?」を思い出した。
あの裁判官は、「裁判官は労働者だ!」。「流れ作業に従事しているのだ」、と言っているように聞こえた。
④2009年1月14日(水)・朝日新聞朝刊・社説、に裁判所のことが書かれていた。
*最高裁人事 密室から解き放つとき
・・・最高裁の15人の裁判官を選任する課程を、連綿と続いてきた密室人事から解き放つことだ。
・・・昨年11月、最高裁の第17代長官に竹崎博充氏が就任した。
この選考経過も十分な説明はされていない。
最高裁長官はこの30年、竹崎長官まで裁判官出身が9代続いている。
身内の順送りと言われても仕方がない。
それ以前には、裁判官、学者、弁護士、検察官と多彩な出身者が任についたが、それは遠い過去の話となった。
密室での人事は長官に限ったことではない。
最高裁判事の出身は、裁判官6人、弁護士4人、検察官と官僚各2人、法学者1人となっている。
この枠は事実上固定されてきた。
・・・米国では、連邦最高裁裁判官は大統領が指名する。
承認権は上院が持っており、候補者については公聴会で審査してきた。
国民が選考過程で蚊帳の外に置かれている日本とは対照的だ。
・・・司法を市民に身近なものにするため、裁判員制度や、、、、制度改革が次々と具体化した。
しかし、司法の頂点に立つ最高裁の人事改革だけが、メニューからすっぽり抜け落ちたままなのだ。
見識が高く、法律の素養のある40歳以上の者。最高裁判事の任命資格は、このように定められている。
候補者は、もっと多彩な人材の中から国民の目に触れる方法で選考されるべきだ。
戦後、最高裁が法律を違憲としたのは8件しかない。
積極的に憲法判断を行っていく最高裁に変わっていくうえでもプラスに働くのではないか。
・・・
("まだ最高裁がある”=この言葉は聞かなくなった。死語になったのだろうか。最高裁が国民の希望だった時もあった。今はなにか最高裁の結論は、聞かなくてもわかっているようなところがある。
色々な疑問がわく。
例えば、"冤罪”=でっち上げ、を15人が何故見抜けないのか。優秀な人が揃っているはずなのに。身内だけで固まっているから、自由な討議ができないのだろうか。遠慮して物が言えない団体になっているのだろうか。エリートの人は、コースから外れないように一生懸命進んできて、絶対に本当のことは言わないものだから。周りに合わせるのが上手で。そんな風になっているのか。
ここも、既得権益になっているのか。
「人事を密室から解き放つ」ことは、絶対必要だ)。
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