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June 2009

June 30, 2009

市田忠義さん(日本共産党書記局長)の街頭演説を聞く。

2009年6月20日(土) 午後5時30分・上野丸井前

*市田忠義さん
(テレビでもお馴染です。)
1942年 大阪に生まれる。
1998年 参議院選挙当選
2004年 参議院選挙当選(現在2期目)
2000年より 日本共産党書記局長をつとめる。
 
(街頭演説のメモ)
・こんにちは、日本共産党の市田です。
総選挙と都議会選挙が間近です。
ーーーー
・選挙の争点は、国民の暮らしと日本の平和をどのようにして守っていくか、です。
21世紀の日本の進路を決める重要な選挙です。
・暮らし、経済をどのように改革するかです。
アメリカを震源地とした経済危機は世界中を襲っています。
その震源地より経済が悪化しているのは日本だけです。
何故日本の景気がこれほど深刻化したのでしょうか。
それは、働く人を犠牲にし、国内の家計を冷え込ませ、輸出頼みの政策を行ってきたからです。
"小泉改革”の結果です。
・日本でも過去何回か不況はありました。
しかし、一度に20万人、30万人の人が首を切られるということはありませんでした。
雇用破壊は、働く人を即寮を追い出す、と云うことまで行われています。
派遣村はヨーロッパでは生まれませんでした。日本だけです。
・これは、一時的限定的だった派遣労働者が、1999年に「派遣法」の改悪を強行し、あらゆる産業に広がり行われるようになったからです。
「労働者派遣法」の改悪に反対し、論陣を張ったのは日本共産党だけでした。自公民、の政党が賛成しました。
これは政治災害です。ですから政治の責任で解決をはかろうでは在りませんか。
・大企業に雇用の責任を果たさせなければなりません。
派遣切り、雇い止めを中止するように、日本共産党は大企業に申し入れ交渉してきました。直接話し合っています。
日本共産党は、大企業からお金をもらっていない政党です。だから、大企業にも物が言えるのです。

・次に社会保障の問題です。
社会保障から排除されている人が多くいます。
国民健康保険証を取り上げられた、と言う人が多くいます。
このようなことが行われているのは、日本だけです。
この間、年間2200億円もの社会保障予算の切捨てが行われてきました。その結果です。
介護、医療がメチャメチャにされました。
「後期高齢者医療制度」はお年寄りいじめです。
制定するときの政府の説明は、高齢者は「いくつもの病気をもっている」「治療が長期化する」「やがて死をむかえる」、というものでした。
お年よりはどうせ死ぬのだ。だから医療費はかけられない、というものです。
戦争に行き、戦後復興に尽くし、そして高齢期をむかえた、その方々に早く死んでください、と言っているようなものです。
国会でも問題にされていますが、これは見直しではなく廃止に追いこもうではありませんか。

・税金は負担能力に応じて納めると云うのが世界の常識です。
日本は負担能力のある人が税金が軽くなっています。
年収7千万、8千万、と人の税金をまけています。
庶民にとって世界一の大重税国です。
大企業の税金は、ドイツの8割、フランスの7割です。
大企業との共存共栄をはかるためにも大企業の応分の負担を求めるべきです。
・財源をどうするか。
この話をすると、自公民各党はすぐ「消費税」を云います。
単細胞です。
彼らは大企業とアメリカに物が言えないからです。
消費税が導入されてからこの間、国民が納めた消費税は213兆円です。
この間の大企業減税は182兆円です。
国民負担分の大部分が大企業減税に回っているではありませんか。
消費税増税を言っている政党もあります。
暮らしが大変なとき、増税はゴメンだ!この声を大きくしようではありませんか。

・外交の問題です。
憲法9条を中心にすえた自主外交へ切り替えるときです。
オバマ大統領はプラハで演説を行い、「核兵器の無い世界をめざす」とアメリカ大統領として初めて言いました。
日本共産党はアメリカのイラク攻撃、アフガン攻撃には強く反対し、厳しく批判してきました。
しかし、単純な反対主義者ではありません。良いことは良いこと、とする立場です。
オバマ大統領に手紙を送り、プラハ演説を評価し、賛成である、と伝えました。
大統領側からも手紙で返事が来ました。
内容は「誠実でうれしく思う」「日本政府との協力を望んでいる」というものでした。

志位委員長は麻生首相と会談しました。オバマ大統領の手紙の内容を伝えました。
麻生首相は「オバマ演説はスゴイ内容だ」と言いました。
しかし、「スゲー」「スゲー」とは言うが、核兵器廃絶でイニシアティブを取るとは言いません。
(その後の言動は)オバマ大統領へ「核廃絶は言わないでください。核の傘で引き続き守ってください」というものでした。
情けないとしか言いようがないではありませんか。

オバマ演説の根底にあるのは、日本国民の"ノーモアヒロシマ”"ノーモアナガサキ”の声です。
日本国民の核廃絶の声が世界を動かしているのです。

・日本共産党は核兵器廃絶を党綱領に明記しています。そういう党です。
一緒にがんばりましょう。(拍手)

・新しい日本の進路をどう切り開くかです。
自公民にその旗印が示せるでしょうか。
自民は、ご存知の通り明日のことも分からない有様です。

民主には旗印があるでしょうか?
残念ながらありません。
「政権交代」を言うだけで中身がありません。
しかし、政権を代えてみたい、このままでは日本は沈む、こういう気持ちが国民の中に多くあります。

自民、民主に共通するのは、金権腐敗体質です。
小沢・西松建設問題では、公共事業の入札をめぐって、小沢さんから「天の声」を出してもらうためためだった、そのため西松建設は賄賂を贈っていたというものでした。
自民党も同じです。二階さん側もお金を受け取っていました。
国会では、「企業献金は必ずしも悪ではない」と言っています。
民主党は、3年後に企業献金を禁止するといっています。しかし、やろうと思えばいますぐやれるではありませんか。
法律が出来る前でも、自ら禁止すればよいではありませんか。
その一方、経団連へ行って「引き続き献金をお願いします。禁止されるまでお願いします。」と要望しています。
このような態度でどうして企業献金が禁止できるでしょうか。
・本質的に自民、民主ともワイロ政治で一致しています。
ーーーー
*(ぼく:小沢前民主党代表の違法献金問題、秘書逮捕では、「権力の介入」では?という考えが100分の1位あった。
しかし、ここ数日の鳩山現代表の「虚偽献金」問題を目の当たりにして、この党の腐敗体質は本物で深刻だと言うことがはっきり分かった。
小沢さんは、暗い顔をして、たまに説明する。
鳩山さんは、涼しい顔で「虚偽献金」の説明をする。
暗いか涼しいかの違いがあるだけで、腐敗は同じだ、と思った。
・鳩山代表の「虚偽献金」は悪質だ。
第一に、死者を利用している。政治家として人間として絶対にやってはならない行為だ。
人倫に悖るではないか。感性が麻痺している。
第二に、恩師の名前を利用している。
自分の学校の先生に対してどのように接して来たか、内心でどのように思っていたか、鳩山さんの心が透けて見える。尊敬ではなく利用する人として、先生を見ているのだ。有権者も同じように見ているのではないか。
名門の出によるのだろうが、世の中をなめきっている。見下している。
「友愛」は、軽く薄く響く。
亡くなられたゴトウダさんは、鳩山さんのこと聞かれて「あの人は、(物事を)本当に分かって話しているのかどうか(疑問だ)」と評したことがある。
鳩山民主代表の説明を聞いて、事の重大性にまだ気がついていないのではないか?と思った。
それに、秘書に責任転嫁するなんて、もってのほかだ。"「秘書が」「妻が」”と言うのは、20年前に流行った政治家の言い訳で、物笑いになったではないか。
通用するものではない。
・・・・
岩手県の"名門企業"だった”「タカヤ」は、倒産して何年になるのだろう。倒産理由を知りたいものと思っていた。)
ーーーー
(演説の続きーメモ)
・一方で、民主党は選挙制度で比例代表部分の削減を云っています。
これは国会に自民、民主さえあれば良い、という考えです。
国会が身を削るというのであれば、先ず政党助成金を削るべきです。

・民主党の鳩山さんは、「憲法9条は最大の欺瞞だ」と言っています。
自民党もびっくりするようなタカ派です。
日本の平和をどのようにして守っていくかが問題になっているとき、
このような態度は日本を危険な方向へ導くものです。

・東京都政についてです。
国の政治が国民生活を脅かしているとき、都民の生活を守るのが都政の役割です。
石原都知事はこの間、「なにがぜいたくかといえば、先ず福祉」と言い、社会保障費を削ってきました。
社会保障費の全予算に占める割合は、全国1位だったものが現在47位へ後退しています。
老人福祉費の割合は、全国2位だったものが現在最下位です。
老人医療費の助成廃止、寝たきり手当ての廃止、シルバーパスの有料化と次々に社会保障を切り捨てたからです。
・社会保障費を切り捨て浮かしたお金をどこで使っているのでしょうか。
一つは、オリンピックです。
オリンピックを口実に巨大開発を進めています。7-8兆円も使おうとしています。
外郭環状道路は、1メートル作るのに1億円掛かるといわれていますが、これを押し進めようとしています。
このような計画、誰が喜ぶというのでしょうか。都民にとっては無駄使いです。

もう一つの無駄使いは、新銀行東京です。
すでに1,400億円もの予算がつぎ込まれました。
新銀行東京を作るとき、自公民、全ての党が誉めたたえました。
民主党は都議選を前にして、「新銀行東京は都政史上最大の失敗」などと言っていますが、都知事の提案に対しては「夢とロマンの持てるような新銀行」と持ち上げていたのです。
選挙目当てに野党面をするのはあまりにも無責任です。

・東京都の年間予算は、13兆円です。スゥエーデンの国家予算の規模です。
その5%を都民本位に切り替えるだけで、都民要求の大部分がかなえられます。
75歳以上の老人医療費を無料化できます。
特養老人ホームの増設
認可保育園の増設、
30人学級の実現、
中小企業向け融資の拡充、
都営住宅の新規建設、
これらのことが、実現出来ます。

・現在、自民か民主かの二大政党制のキャンペーンが行われています。
しかし、自民、公明、民主は都知事言い成りのオール与党です。
民主は、都知事の提案の99.3%に賛成しています。
にわかに野党ポーズをとっています。
多くの都民はそのことを見抜いています。

・自民党の政治には、不満だ。
しかし、民主党は不安だ。
これが都民の率直な声です。
自民も民主も同じ穴から抜け出せないのです。
不満と不安の中から議員を選ぶのか、ということになります。

・日本共産党は、憲法を守りこれを生かす政治を実現します。
ポスターが張られています。「いまこそ日本共産党」です。
日本共産党が必要とされています。
私は永く京都で活動してきました、「日本の夜明けは京都から」をスローガンとしました。
今、私は「日本の夜明けは東京から!」と訴えます。
日本共産党へのご支持、ご支援をお願いします。
(ながーい拍手)

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June 27, 2009

日本共産党・鈴木けんいち さん(東京都議選予定候補)の挨拶。

2009年6月10日(水)・ 荒川区内・共産党後援会の小集会

○鈴木けんいち さん(47歳)
東京経済大学卒
労組役員・民生同盟地区委員長など歴任
現在党地区都政対策委員長
東京都出身

(挨拶のメモ)
・昨年の区議補選に続いての立候補となりました。
元気に活動しています。
先日事務所開きを終えました。
そこへは、私の子供の保育園時代の先生が応援に駆けつけてくださいました。
今日は、日暮里で新入党員の歓迎会があり、私も参加してきました。
派遣切りに会い、その闘いの中で日本共産党と出会った方でした。
また、演説を聴いていたラーメン店の店主は、5千円の募金を届けてくださいました。
・色々なところで、日本共産党への期待が高まっていることを実感しています。
・毎回行われていた「日本青年会議所」主催の立会い演説会は今年は行わないとのことです。
そのかわり、(各党、各候補の)政策の配信がインターネットで行われます。
24日から配信されます。どうか見てください。
・1年間に重要な選挙を2度闘えることに喜びを感じます。
今回は議席を目指します。
ご支援をよろしくおねがいします。
(長い拍手)


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June 26, 2009

「天王際」 行われる。

2009年6月6日(土) 7日(日) 荒川区 素さのう神社例大祭 「天王際」・
・今年は、「陰」の年であり"こじんまり”と行う。
・2日間、町会を手伝う。
・2日間で子供神輿を4回だした。
最初は少人数でスタートし、終わりには30人に膨れ上がる。大人を入れると、100人になる。
1行程、約1時間。見ていると子供たちはおもしろい。お神輿を担いだり、離れたり、飛んだりはねたり、活発な、すこし落ち着きの無い子供さん。最初から最後まで同じ場所で黙々と担ぎ続ける子供さん。はじめから最後まで話し続ける子、色々だ。これを"個性”というのだろうか。
・おじいさん、おばあさん、おかあさん、自分と4人で参加してくれた女の子供さんがいた。お父さんはお仕事とのこと。おじいさん、おばあさんは「孫に会いに山形からきたのですよ。」とのお話。お子さんはおとなしい。小学校5年生です、とようやく話した。
みこしを担いでいる。黙って行進する。いやいややっているのかな?と心配になる。
お母さんも、おじいさん、おばあさんも何も言わない。黙って、子供さんを見ながら歩いている。2回の休憩を入れ
て1時間すこしの行進を終わった。
女の子供さんは、おじいさん、おばあさんのところへ、さっと飛んでいった。お母さんと4人、みんな笑顔だ。手をつないで声を出して笑っている。

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June 23, 2009

「興福寺創建1300年記念・国宝 阿修羅展」 を観る。

2009年6月5日(金) 東京国立博物館・平成館(上野)
「興福寺」
(和銅3年=710、の平城遷都にともない、藤原の鎌足の子不比等は春日山の麓に興福寺を創建した。)
(治承4年=1180、の兵火で天平伽藍は失われますが、その復興はめざましく巨匠運慶など慶派仏師の活躍の舞台となり多くの名作がのこされました。)-パンフよりー
・9時30分開館。8時50分に着く。ながーい行列だ。入場まで1時間30分並んだ。聞きしに勝る人気だ。中で1時間見た。

*第一章 興福寺創建と中金堂鎮壇具
(鎮壇具=地鎮法などの法会で堂塔伽藍の地下に埋納した七宝・武具・器の類)
中金堂(現在復元再建中)を創るとき、地下に埋めお宝だ。お寺の永遠の命と繁栄を祈っている。
「砂金」「金塊」「延金」「金小玉」ほか、現在でもかなりの値うちだ。数、種類も多い。惜しげもなく埋めている。
見えるところではない、見えないところに上げ申している。創立者の意思を感じる。

*第二章 国宝 阿修羅とその世界
・十大弟子を見る。
釈迦に従った十人の高弟。
・富楼那(フルナ)は説法第一の人 ー 左手を腰のあたり、右手をさげる。印を結ぶ。柔軟で動じない。表情、お姿とも葛飾区でお話を聞いた"荒川庸生さん”のお姿と重なる。
・このお弟子さんはどなたも何かを引きずっているようなところがある。これまでの生活とか、思想とか、苦悩とか、生きてきておしゃか様に会って教えを受けて、いま人々を導いている。悟りを開いた人なのだろうが単に神々しかったり、偉かったりではない。(上手く言えない)。口先だけではない。自分をいじめ抜いて、何かをつかんだ方々だ。オレの心はお見通し、だ。それぞれ重厚で不敵なところがある。
・むかし、自民党を生活していて、いま、共産党を活動している、その人の中に、この手の顔つきの人がいる。
ーーーーー
「国宝 阿修羅立像」 を観る。
・お顔と全身が浮き上がっている。人だかりだ。全員うっとりしている。
・阿修羅像の顔の輪郭は、写真で見る十代の石川啄木に似ている、とボクは思った。
表情と目は、正反対だと思った。
啄木は、「未来の石川一」だ。自負心と野心に燃えている。論争をいどんでいる。
阿修羅は、何かを求めている。全身ですべてを吸い込んでいる。
言葉を覚え始めた子ども、知恵熱を出しかかった子どもの表情だ。

・向かって左側の阿修羅のお顔は、「ハッとしている」。唇をすこし噛んで。何か衝撃をうけたのだ。
・むかって右側の阿修羅のお顔は、「訴えている」。議論も辞さずだ。すこし、啄木化している。

・人間は誰でも一度は、或いは何回か、阿修羅さまのような顔を、表情をする時と、時代があるような気がする。
そして、大人になり、年をとっていくのだ、と思った。

・小学生の頃だった。僻地の小学校だった。もう50年以上前になる。
若い新任の女先生が、授業を始める前に話された。
「今日はK君の誕生日ですね。K君、誕生日おめでとう。」
始めて聞く言葉だった。個人の誕生日が祝福されるなんて、聞いたことも考えたこともなかった。
個人の誕生日を祝うどころか、気にするような家は一軒もなかった。
「誕生日」と言えば、「天皇誕生日」のことだとミンナ思っていた。
他の人は、正月に一斉に年を一つとるのだ、と思っていた。
親もそんな風に話していた。

・何日かぼーっとしていた。

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June 18, 2009

「ドキュメンタリー宣言・僕らはやっていない・密着7年・・・御殿場事件・無実を叫ぶ親子のたたかい・号泣の収監」(TV朝日)を観る。"足利事件”のこと。

2009年6月4日(木)  ・新聞を読む。

*朝日新聞夕刊・トップ記事
「足利事件 受刑者釈放へ」
東京高検 再審開始確定的に
再鑑定結果 「無実の可能性高い」

・(キーワード) 足利事件
90年5月12日、足利市のパチンコ店駐車場から女児(当時4)が行方不明になり、翌日近くの渡良瀬川河川敷で遺体となって見つかった。
栃木県警は、導入したばかりのDNA鑑定で女児の着衣に付着していた体液と菅家利和受刑者(62)の体液が一致したとして、91年12月、同受刑者を殺人と死体遺棄の疑いで逮捕。同受刑者は無実を主張したが、2000年に最高裁で無期懲役判決が確定した。

2009年6月5日(金)
*朝日新聞朝刊・トップ記事
「足利事件 菅家さん釈放」
逮捕から17年「謝ってほしい」

・キーワード (足利事件)
90年5月、栃木県足利市で女児(当時4)が行方不明になり、翌日、近くの渡良瀬川河川敷で遺体となって見つかった。県警は91年12月、市内の幼稚園の元バス運転手で、女児が遊んでいたパチンコ店に通っていた菅家さんをDNA型鑑定を決めてとして逮捕した。菅家さんは捜査段階で「自白」したが、一審の公判途中から無罪を主張していた。
ーーーーー
(菅家利和さんのお話) - 新聞より
・真犯人にされ、ずっと我慢してきたが、間違ったではすまない。当時の警察官、検察官を絶対に許さない。
私と亡くなった両親、世間の皆様に絶対に謝ってほしい。

・私は犯人ではありません。全く身に覚えがありません。
自分の人生を返してほしい。間違ったではすまないんです。

・警察に捕まり、おやじがショックを受けて亡くなった。母も2年前の4月に亡くなった。母もつらかったと思う。

(何故、やってもいない罪を自白したのか。)
・髪の毛を引っ張られたり、け飛ばされたり。「白状しろ」「早くしゃべって楽になれ」と言われ、どうしようもなくなって自分がやったと言ってしまった。

・冤罪をなくすためには、取調室は密室でなく、テレビを設置するなどして室内を監視してほしい。

・(真犯人に対して)、絶対に許せません。真犯人には時効があってはなりません。

・今後は自分と同じように、冤罪に苦しむ人たちの支援をしていきたい。

(佐藤博史弁護士のお話)
・なぜ、誤った自白がなされたかを解明しなければ、この事件は終わらない。
・検察は「当時のDNA型鑑定は正しかった。自白したのだから有罪は仕方がない。誰も悪くなかったんだ」といいたいらしい。(と検察側の態度を批判した)。
・菅家さんは年金を納めることも出来ず、生活の基礎を完全に奪われている。

(大出良知教授・現代刑事訴訟法・東京経済大学現代法学部・のお話)
・この事件は、そもそも強引な自白追及が行われ、無理な立件を、まだ精度に疑問のあったDNA鑑定で有罪にしてしまった経緯があり、当初から強い批判があった。精度の上がったDNA鑑定が新証拠になって、再審が行われるのはとうぜんであり、そのことを認める以上、釈放も当然だ。新証拠による救済に終わらせないで、捜査、裁判にどのような問題があったかを徹底的に検証することが不可欠であり、このような新証拠のみに頼らない再審による誤判救済機能を高めることも必要だ。

(ボクラにとって、検察側の態度で不可解、かつ不愉快な点)ー朝日新聞の記事より
・再審請求審では、検察側と弁護側がそれぞれ推薦した鑑定人2人が、どちらも「DNA型が一致しない」とする鑑定結果を出した。検察側は刑の執行は停止したものの、弁護側が推薦した本田克也・筑波大教授(法医学)の鑑定については「信用性に欠ける」と主張している。
本田教授は「釈放は大変結構なことだ。しかし、なぜこのタイミングなのか。20ページ余りの鑑定書を読んで結論を出すのに、なぜ1ヵ月もかかるのか全く納得がいかない」と批判した。
*(検察側に偏見、身びいきの思想がある。国民は本田先生の言っていることの方を信用している。)

○今村 核 弁護士(自由法曹団司法問題委員長・「冤罪弁護士」の著者のお話ー赤旗・日曜版より
・足利事件の捜査についていえば、DNA型鑑定を基に任意同行し、菅家利和さんから「自白」を引き出しました。
「科学」といった権威を使った自白強要の捜査だったといえます。
しかも、DNA型の再鑑定は、警察庁科学警察研究所(科警研)が当初した鑑定とあえて同じ方法で検査したのに、結果が大きく異なりました。
科警研の鑑定精度が低かったというより、作為的だったのではないかとさえ疑わせる内容です。
最高裁と宇都宮地裁は弁護団から再鑑定を提出されたり、再鑑定を請求されながら拒否しました。
このようなことを防ぐため、弁護側の再鑑定が保証されるよう制度を整えるべきです。
冤罪事件の「自白」は、日がたつにつれ詳しくなり、内容が変転するのが特徴です。
体験でないため「殺した」とは言えても、どうして殺したかは想像で話すしかないのです。
そこで、捜査官は現場の状況に合わせるように追求します。
自白の強要を防ぐために、長期間の拘留をやめ、取調べはすべて録画し全面的に可視化すべきです。
・・・・・
(納得!しかし、警察、検察の冤罪=自白強要、でっち上げ=を"裁判官”が何故見破れないのだろうか?裁判官は警察、検察をエコヒイキして、弁護士の言うことは、はじめから無視ないし軽視しているのかな?自白内容の矛盾点は、いっぱい指摘されていたと思うのだが。有罪とするには"疑わしい”点は山のようにあったと思うのだが。)

●ドキュメンタリー宣言「僕らはやってない」(6・1 午後7時・テレビ朝日)を観る。
・観終わって、2人の青年(補導され時は少年)は、無実だと、つくづく思った。
証拠が無い。「自白」だけで、有罪とされている。
・少年二人が無実であったと弁護士が主張しているが、その主張の中の2点は、みていて説得力があった。
1、「少女に淫らの行為を集団で行った」という日は、現場は"雨がふっていた”という点。雨が降っている中で、行動していたのなら、確かに衣服とか証拠はより鮮明に、多く残るはずだ。(雨でなくても、残るとおもうけれど。)
雨だったら、そう長く外にいられるものではない。
検察は、「降雨はなかった」としているが、気象庁、消防署は「雨だった」、と話している。当日、近くで交通事故があって、処理した保険会社の人も「天候 雨」と記録していた。
「淫らな行為は」あったかもしれないが、別の場所で、別の日にちに、別の人間が行っている可能性はある、と思った。あの2人を犯人と決め付けるのは間違っている、と思った。
2、犯行の当日、2人はアルバイト先にいた、という点。タイムレコーダーの記録が残っていた。
しかし、検察側は「口裏を合わせている」と決め付けた。これも、現場に足を運び、裁判官も、丹念に調べれば、うそか本当かわかるはずだ。テレビを見ていて、犯人とされた2人とその家族は本当のことを自信を持って言っていると確信をもった。また、考えてみて、こんなことでウソを言って、警察や検察をだませると、思うわけがないではないか。
検察も、裁判官も聞く耳を持っていなかった。「自白しているではないか。それが一番の証拠だ。」という態度だ。
(冤罪はたくさんあるのだろう、と暗澹たる気持ちになる。裁判所は国家の中枢だと思うのだが。そこで、不正義がまかりとおっているのだ。)
ーーーーーーーーー
①「起訴された刑事事件の有罪率99.9%」は何かおかしい。検察がおかしい。裁判所がくるっている。
最近、ラジオでも、テレビでも、新聞でも言われるようになった。
有罪率99,9%は、確かに異常だ。
「日の丸、君が代の強制」問題で、不当に起訴された板橋高校の元教諭がある集会で発言しておられた。
戦前の帝国憲法下の裁判でも、有罪率は(確か)91%とかだった。現在より、「疑わしきは、罰せず」の原則が生きていた!と。
ある弁護士はテレビで言っていた。
電車内で痴漢事件に巻き込まれた。自分はやっていない。その時、駅職員について行ってはいけない。警察に引き渡される。引き渡されたら必ず逮捕される。「警察に話せば判る」という考えは間違いです。話しても聞いてもらえません。(足利事件の菅家さんも同じことを言っていた)。起訴される。裁判で無実を勝ち取るのはとてもむずかしい。なんとか立ち去るより方法はない、と。
(頭の中が飛ぶ)
・考えてみて、人間個人が、中学でも高校でもその3年間に中間テスト、期末テスト、模擬テスト、を何回も受けて、10数教科全部で平均99.9点を取れたらこれは、天才だ。実際はいないのだ。
たまにそれに近い点数を取っているやつがいたが、それは理事長の愛人の息子とかで配慮があったときだ。
・むかし、テストも通信簿もすごく成績の良い人がいた。それほど勉強しているようではないのに。学年が上がって、担任が変わった。その人は急に成績が落ちた。情報通の奴が教えてくれたものだ。
「前の担任だったセンコウよ。あいつの美人の姉さんが好きで毎日あいつの家へ行っていたんだよ。姉さんの気を引くため、あいつをヒイキしていたんだよ。」

・言って見れば、警察も検察も、裁判官がテストをして採点して裁判所で99,9点を取り続けているいるようなものだ。何十年間も。
あの方々は、東京大学とか、司法習修所とかでも、99.9点を取り続けていたのだろうか。
なにか、不公平があるように思えるのだ。

②一番問題で悪いのは、最初に「罪の無い私(=人)に自白をせまった警察・・・」だ。
留置場へ置かれての取調べがどのようなものか、色々な方々が発言している。政治家や元外交官の人も発言している。専門家も指摘しているように、冤罪の温床は、警察、留置場、密室での取調べ、そこらへんにあるようだ。
冤罪だったことが後でわかった事件は、ここ数年でも何件かある。
冤罪に陥れられた人には、なにか共通項があるように思う。
逆に言うと、取り調べる刑事が(容疑者を)何通りかに分けていて、立証の仕方もそれぞれ違っているようにみえる。一つは、証拠を積み重ねて(容疑者に)迫る正統的なやりかた。もう一つは、まず自白を迫って、あとから証拠を集めるやり方だ。最初の方の手法は、政治家とか元外交官に対して使っている。
問題は後の方で、手荒な乱暴な手法で、足利事件とか御殿場事件、富山事件、他で用いている。
・どちらを使うかは、警察はその人の(職業とか学歴)で決めているように見える。
学歴が低くて、いわば3K的職業についている人には、刑事はキツク当たって、先ず自白を強要している。
脅かしたり、すかしたり、自白を引き出すプロが警察にはいるのだ。
冤罪に陥れられた人の共通項は、ここらへんだ。
(東大とか、国立大学を卒業した人で逮捕された人は結構たくさん、最近もいたけれど、冤罪には中々ならない。
公務員の人で逮捕された人も結構たくさんいるけれど、冤罪にはならない。
国立大学を出て公務員を務めて、事件に巻き込まれて、自白を強要され、犯人とされ、獄中で無実を叫び続ける。こういう人は、中々いない。)
・警察には、差別感があるように思える。松本清張「左の腕」=国立新劇場で観た=あの中に"岡っ引き”が出ていた。弱い者に威張り、強い者に媚びる。あの姿は、今も残っているのではないか。

*1960年代、今から40年以上も前になる。
衆議院選挙があった年だった。ボクの母は、選挙違反容疑で警察で丸1日取り調べられた。ジープに乗せられ30キロも離れた隣町まで連れて行かれた。どういうわけか、親戚を中心に近隣6部落で10人位がつれていかれた。僕達の村は、岩手1区だった。当時は中選挙区制で定数は4議席、自民党が圧倒的に強かった。鈴木善幸、野原正勝、山本猛夫、等がいた。僕達の村は、鈴木善幸がいつも一番だった。ところが、その年の選挙では、野原正勝(元農林大臣・三木派)がトップだった。その関連だった。

母は夜中に帰ってきた。警察がジープで送る、と言ったのだが、母達は強く断って、山道を7時間も歩いて帰って来た。「ごせはやけたが (腹は立ったが)、歩いているうちに気持ちが治まったんだ。」と話した。
政治の話などとは無関係な母が何故?と思った。調べられるなら、父親の方だろう、と思ったものだ。

*取調べの内容も少しずつ、畑仕事をしながら、牛扱いをしながら、蚕の手伝いをしながら、聞いた。
その中で母が繰り返し言っていたことがある。
刑事が母へ言った言葉だ。
「あんた、話は通じるようだな。」
「あんた、頭は普通よりは良いようだな。」

・母は大正7年、午歳、生まれ。小学校しか出ていない。
17歳で嫁にきた。貧乏な百姓家で7人の子どもを産み育てた。74歳で死んだ。
取調べを受けた時、母は40歳代前半だったと思う。
・思い出しても、刑事の言葉には、まだ怒りを覚える。

③足利事件を担当した裁判官の言葉に「当時として最前を尽くした」というのがあった。
テレビ報道だけれど。
聞いていて、以前在った論争、「教師は労働者か?聖職者か?」を思い出した。
あの裁判官は、「裁判官は労働者だ!」。「流れ作業に従事しているのだ」、と言っているように聞こえた。

④2009年1月14日(水)・朝日新聞朝刊・社説、に裁判所のことが書かれていた。
*最高裁人事  密室から解き放つとき
・・・最高裁の15人の裁判官を選任する課程を、連綿と続いてきた密室人事から解き放つことだ。
・・・昨年11月、最高裁の第17代長官に竹崎博充氏が就任した。
この選考経過も十分な説明はされていない。
最高裁長官はこの30年、竹崎長官まで裁判官出身が9代続いている。
身内の順送りと言われても仕方がない。
それ以前には、裁判官、学者、弁護士、検察官と多彩な出身者が任についたが、それは遠い過去の話となった。
密室での人事は長官に限ったことではない。
最高裁判事の出身は、裁判官6人、弁護士4人、検察官と官僚各2人、法学者1人となっている。
この枠は事実上固定されてきた。
・・・米国では、連邦最高裁裁判官は大統領が指名する。
承認権は上院が持っており、候補者については公聴会で審査してきた。
国民が選考過程で蚊帳の外に置かれている日本とは対照的だ。
・・・司法を市民に身近なものにするため、裁判員制度や、、、、制度改革が次々と具体化した。
しかし、司法の頂点に立つ最高裁の人事改革だけが、メニューからすっぽり抜け落ちたままなのだ。
見識が高く、法律の素養のある40歳以上の者。最高裁判事の任命資格は、このように定められている。
候補者は、もっと多彩な人材の中から国民の目に触れる方法で選考されるべきだ。
戦後、最高裁が法律を違憲としたのは8件しかない。
積極的に憲法判断を行っていく最高裁に変わっていくうえでもプラスに働くのではないか。
・・・
("まだ最高裁がある”=この言葉は聞かなくなった。死語になったのだろうか。最高裁が国民の希望だった時もあった。今はなにか最高裁の結論は、聞かなくてもわかっているようなところがある。
色々な疑問がわく。
例えば、"冤罪”=でっち上げ、を15人が何故見抜けないのか。優秀な人が揃っているはずなのに。身内だけで固まっているから、自由な討議ができないのだろうか。遠慮して物が言えない団体になっているのだろうか。エリートの人は、コースから外れないように一生懸命進んできて、絶対に本当のことは言わないものだから。周りに合わせるのが上手で。そんな風になっているのか。
ここも、既得権益になっているのか。
「人事を密室から解き放つ」ことは、絶対必要だ)。

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June 13, 2009

講演 「暮らしと憲法」・松丸和夫先生(中央大学経済学部教授) を聞く。

2009年5月31日(日) アクト 21・午後6時30分・満席

・主催 (荒川区)東尾久憲法9条の会
「アメリカの金融恐慌に端を発する日本の急速な景気悪化で、『派遣切り』始め職を失う人が大量に生み出され、中小企業・商店の経営も深刻になっています。生活保護を受ける人も増えていますが、雇用破壊を許さない社会的な運動も始まっています。
現在の日本経済の状況をどう見るか、健康で文化的な最低限の生活を保障した25条など憲法との関係はどうなのか、ご一緒に学び、考えたいと思います。」(学習会のご案内より)

・演 題 「くらしと憲法」
 講 師 松丸和夫 先生
      (中央大学経済学部教授・東尾久9条の会代表委員)

(講演のレジュメとメモと記憶)
・今日は「日本国憲法第3章 国民の権利及び義務」の話から創めたいと思います。憲法では次のように定めています。レジュメを見てください。
第10条  日本国民たる要件は、法律でこれを定める。

第11条  国民は、すべての基本的人権の共有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる。

第25条  すべての国民は、健康で最低限度の生活を営む権利を有する。
2  国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。 
  
第26条  すべての国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
2  すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負う。義務教育は、これを無償とする。

第27条  すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う。
2  賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。児童は、これを酷使してはならない。

第28条  勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。
ーーーーー
・憲法9条と25条は、深く影響しあっています。
憲法を守り実現する、という立場から重要です。
憲法25条を実現するたたかいは、平和憲法の要・憲法9条を守るたたかいと一体で進めらるものです。

・貧困は戦争の原因になります。戦争は、貧困を生み出します。
日本の中国侵略の遠因は、農村の貧困でした。
農村では間引きが行われていました。お地蔵さんが多くあるのも一つがそのせいです。
貧困の解決を誤ると戦争へ行くこともあるのです。
・今から35年前、1974年のことです。
鉄鋼関係の労働組合の指導者が、「景気回復には戦争が必要だ」、と発言したことがあります。
(危険です。)
・生活の貧しさ、貧困状態は、人間に対する憎しみや暴力的争いに直結する場合が多いです。
小さな争い、犯罪の増加をまねきます。
私の勤める中央大学でも、痛ましい事件がおき、45歳の教授が亡くなりました。

①貧困はあってはならにものです。
Sさん(女性作家)は、「人間の生活以下にならないと貧困とは認められない。貧困は、アフリカとかアジアにしかない」「日本の貧困を言うが、世界にはもっと酷いところがある」、と書きました。
私は、これは間違っていると思います。世界と日本を切り離してはいけない。切り離さないことが重要です。
ゼミの学生が外国・アジアへ行って学んできます。「弱いものをいじめて、こっそりと奪っている」先進国もあることを学んでいます。

②貧困には原因があります。
貧困には、色々な条件がかみ合わさって陥ります。
健康の問題もあります。
私は、教授ですが、(今の状態で)万一声がでなくなったら仕事は務まりません。生活できなくなります。
年齢の問題もあります。家族の離別もあります。
あらゆる人が貧困になる可能性があります。
その原因が判れば解決の方法があります。

③貧困には解決策があります。或いは努力目標があります。
高齢者にとって、年金、福祉がなくなったら即貧困になります。
医療、年金、社会保障の改悪は貧困を深刻化します。
子供の貧困は、あらゆるところで言われるようになりました。
子供に責任はありません。家族、社会が生み出しているものです。
・貧困はなかなか無くなりません。しかし、放置しておいて良いというものではありません。
戦争と同じです。戦争もなかなか無くなりません。しかし、放置しておいたらいつまでもなくなりません。

・NHKが「ワーキングプア問題」を特集しました。「ワーキングプア」(働く貧困層)は19世紀イギリスで使われたことばです。働いているけれど生活できない、ということです。原因は賃金が低すぎるからです。
昭和30年代、私の恩師である江口栄一先生は日本の貧困を研究しています。「見えない形で貧困は増えている」「生活保護基準以下の人が26%いる」としています。
失業、「派遣切り問題」が最近取り上げられるようになりました。「貧困」に関する本は、タイトルで3桁以上出版されています。30年前は「貧困」の本は、ほんとんで無かったです。
「小泉改革」の成果、責任です。

④貧困の撲滅に対して、政府と企業の責任は大きい。
個人が努力しても貧困はなくなりません。貧困の責任は個人にあるのではなく、社会の問題です。
政府と企業に責任があります。

憲法25条が無かったら、国民の生活は成り立ちません。それほど、25条は国民生活の中に根を張っています。
大部分の人は働いて生活を成り立たせています。雇用の保証が無ければ、生活はなりたちません。
その保障が無ければ、経済の底割れも起こります。

スズキトシフミさんー大手スーパーの経営者ですがーは、「不況だからといって売れないというのではない。消費者との要求が合っていないからだ」、と言っています。
一企業の立場、相手との競争という立場からの見方です。企業は儲かればよい、という見方です。企業経営者は経済を近視眼で見がちです。
国民経済学、日本経済全体の立場で見なければなりません。雇用を増やし、消費を増やす、その立場が大切です。

⑤日本国憲法の原点は、第2次世界大戦で日本が犯した誤ち、を繰り返さないことです。

・第25条では、最初に、(すべて国民は)とあります。国民とはなんでしょうか。要件は(法律で定める)とあります。国民を定めている法律は、国籍法です。この法律に基づけば、外国人労働者は日本人ではありません。
外国人労働者は「労災」の適用を受けられるか?という問題があります。「緊急保護」で適用した例があります。
私は、合法、あるいは非合法も含め、現実に日本で生活している人は保護していく必要があると思っています。
現実に社会を成り立たせている人は「国民」である、そう考えます。争いはあります。

・"健康”である、とはどういうことでしょうか?
WHOでは、心身が生き生きしている、能動的である、としています。

・"文化的”とは、どういうことでしょうか?
文明は、時々、人間に敵対することもあります。例えば技術、兵器などです。
文化は、人間が人間のために生み出したものです。人間の内面からでてきたものです。人間をよりよくするものです。芸術に接することーいろいろな分野がありますーそれができること、できる状態にあること、は文化的といえると思います。

*「健康で文化的な最低限の生活」、という点で、最近トピックスがありました。
「車所有で生活保護停止は違法ーーー福岡地裁、身体障害者の夫婦の主張を認める。」(読売新聞・5月30日)

「車の保有・利用を理由に生活保護を停止されたのは違法だとして北九州市門司区の峯川義勝さん(68)と妻久子さん(77)が市に処分の取り消しと慰謝料を求めた訴訟の判決が29日、福岡地裁(増田隆久裁判長)で言い渡されました。増田裁判長は「自動車による以外に通院等を行うことが極めて困難である。処分は違法」として停止処分を取り消し、慰謝料60万円の支払を命じました。平田広志弁護士は「障害者や母子家庭などで車がないと生活が送れない人が、生活保護か車かの選択を迫られている。今回の勝訴判決は保護行政の運用に重大な影響をあたえる」と評価しました。
(赤旗・5月30日)
・重要な判決です。

・増加する非正規雇用

*ワーキングプアをつくりだす社会
・働く人々の所得減少 - 平均所得 566万8千円   (2005年)
                 平均所得 530万円    (2007年)
                (過去9年連続低下)
・所得の低い仕事の増加
・就業が不規則・不安定な人の増加
 非正規雇用の増大 - 34.5㌫が非正規雇用
・ノンワーキングプアの増加

*ワーキングプアの推計 (関西大学 岩井浩・村上雅俊の研究)
1992年 → 2002年 175万5千人から396万1千人へ、10年で2倍以上へ
(就業構造基本調査の再集計)

*平均所得以下世帯が60%超
 (2006年 国民生活基礎調査)

*ワーキングプア増大の原因
・グローバル競争
・企業の人件費圧縮
・国の政策 新自由主義的改革

○社会政策の再興
社会政策とは、働く人々を中心に国民生活の最低保障と安定をめざす国家の政策である。
今日、先進諸国、開発途上国に共通な現象としての貧困・格差の増大は、単なる経済成長戦略では解決しえない。
社会の基礎構造としての国民生活の土台を強固なものとし、その上に個人・企業・政府の経済行為を再構築しなければ、製剤成長の成果は一握りの少数者の手に集中していくことになる。
それを防止するためには、新自由主義的政策からポスト新自由主義政策への転換が必要であり、その要の政策領域として社会政策を据えることが求められる。
もちろん、人々の自由な介在活動は最大限尊重されるべきであり、社会政策の役割はいわば脇役であるべきだろう。
しかし、、ゲームにはルールと審判が必要であり、時にはゲームの中止をも勧告しうる力をもった権能が与えられるべきである。
(松丸和夫『よくわかる社会政策』近刊、より) 

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June 12, 2009

第35回総会・熱く未来を語ろう!久慈高校同窓生の集い・ 開催される。

2009年5月30日(土) 15:00・アルカディア市谷(私学会館)

(司会進行   加藤和子   昭和49年卒)

1、開会のことば        源田宣充 
2、挨     拶
桜庭昌吾 久慈高校同窓会東京支部会長 (元小学校校長)
(メモ)
・不況風の中、会員の皆様の多数の御出席に感謝いたします。
同窓会本部から野場正輝会長はじめ、幹部多数お出でくださいました。
母校の須貝竹志校長先生、久慈市、行政関係の方々、近隣ふるさと会の方々からも多数ご出席いただいています。心から感謝いたします。
・近年の母校の文武両道にわたっての活躍をみて、大変うれしくおもっています。
後で、須貝校長からもお話があるかと思います。
県下有数の名門校として確固としており、誠にうれしく、誇りに思います。
・会は、この1年間円滑な事業活動ができました。学年幹事、役員の皆様にご苦労をいただきました。
会の継続的、発展的活動のため、名簿整理、確認は特に力を入れてまいりました。
会員の皆様にも、今後ともご協力をお願い申し上げます。
昨年10月、第4回「ふるさとの味を楽しむ会」(東陽町公園・江東区)を実施いたしました。約40名の参加で盛況でした。今年も10月3日(土)多摩市のキャンプ場で行う予定です。ご参加ください。
・人と人の結びつきの希薄化が進んでいる昨今、母校久慈高校同窓生としての母校愛を共有して、連帯感をさらに強めていきたいと思います。
今日は、立食方式です。どうか、一つ所に留まらず全員と交流されますようお願い致します。
(拍手)
続く

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June 09, 2009

志位さん(日本共産党委員長)のアメリカ大使館訪問、で思い出したこと。

2009年5月25日
志位委員長は、20日、東京・有明コロシアムで行われた大演説会で次のように述べられている。
「オバマ大統領が4月5日プラハで行った演説は、・・・・大変重要だと考え、4月28日、オバマ大統領に核兵器廃絶の一点にしぼって具体的行動を要請する書簡を送りました。米国大使館を訪問し、ズムワルト臨時大使に手渡しました。アメリカ大使館に行くのは初めてのことです(笑い)。」
ーーーーー
・ボクは、志位さんのお話ーアメリカ大使館へ行くのは初めてーを聞いて、ふと子供の頃、年寄りから聞いたことを思い出していた。
村の村長さんのことだ。岩手県普代村の"和村幸得”元村長(故人)のことだ。和村さんは、岩手県北部の僻地の中の僻地の村で、昭和22年から62年まで、10期40年間村長を勤められた。
僕達が生まれた昭和22年に戦後初の公選村長になられた。(確か、和村さんはこの時38歳だった)。
その村長さんのことを、家の年寄りがいつだったか、
「ワムラ村長は、度胸が良い。東京まで行って、進駐軍(GHG)へ乗り込んだことがある。」と言っていたのだ。

・乗り込んだ、というのは兎に角、和村幸得元村長は日本が占領されていた頃、GHQへ陳情に行っている。
"三陸縦貫鉄道”の早期着工を願い出ている。
三陸縦貫鉄道は、岩手の三陸海岸の住民にとっては悲願であった。昭和5年に八戸ー久慈線が完成してから工事はストップし、敗戦後の混乱もあり路線延長は、全く目途がたっていなかった。

和村幸得氏は「貧乏との戦い40年」昭和63年(1988年)、を現しておられる。
村長をやめられて1年後、自叙伝的回想録として自費出版されたものだ。
その中でGHQへの陳情を次の様に書いている。

「村長に当選して1期目(昭和22年ー26年)の時、沿岸町村長が久慈に集まり、三陸縦貫鉄道を通そうという話がまとまった。当時の日本は占領下にあったが、占領軍はなんでも出来ると考えていたので、早速実行に移すことになった。
まず私が今まで役人をしていた関係から、陳情書は普代村で作成することにし、その陳情書を、盛岡で英文に翻訳してGHQに陳情した。(GHQは)この問題は日本国の問題であるから、日本政府に話しなさいと言われた。
だがその時、応接に当たったアメリカの軍人 は、我々の勇気を高く評価してくれた。」
「・・・この時に三陸縦貫鉄道に取り組んだことは、今振り返ってみて素晴らしいことであったと思っている。
そして、勇敢に取り組んだ当時の関係者を誉めたいと思う。」

・三陸縦貫鉄道は、それから約15年後の昭和37年(1962年)に延長工事が政府で決定された。
久慈ー普代間の開通、開業はさらに13年後の昭和50年(1975年)だった。 
"陳情”から27年が経っていた。
(三陸鉄道は、NHKの「クイズでGO!」や、テレビ東京の「旅番組」でも紹介された。テレビ東京・12CH・ではアサカヨウコさんー"雲のじゅうたん”の人ーが普代駅で降りて第一声、「あら、人がいないわー!」だった。わらった。)
ーーーーーーー
・アメリカ大使館とGHQとでは、性格も時代もちがうし、共産党委員長と村長では立場も役割も違うとは判っているが、話を聞いて、思い出して、感動しているのだ。
・明朗で、正直で、志を持った人、勇敢な人は、やはり何処へ出向いても尊敬されるのだ。
「偉大な目的遂げる喜び」(心さわぐ青春の歌)、歌う。

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June 06, 2009

「自公民か、日本共産党か 総選挙と都議選の対決軸は ここに」・志位和夫さん(日本共産党委員長)の訴えを聞く。

2009年5月23日(土)
・5月20日(水) 日本共産党の総選挙・都議選勝利に向けた演説会が、東京・有明コロシアムで行われた。
参加者は、なんと1万人超。
その時行われた志位和夫委員長の訴えが、きょうの「しんぶん赤旗」、4面、5面、6面に掲載されている。
読む。
(見出し他、お借りします)

「自公民か、日本共産党か 総選挙と都議選の対決軸はここに」
東京の大演説会  志位 委員長の訴え

・日本共産党の志位和夫でございます。(拍手)
今日は、広い会場いっぱいの、こんなにたくさんの方がお集まりくださいまして、私も勇気百倍です(拍手)。
大澤監督には熱い激励をいただきまして、心から感謝を申し上げます。(大きな拍手)
・総選挙と都議選が目前に迫ってまいりました。どちらの選挙も、ラストスパートのたたかいとなっています。
みなさん、首都東京の革新と進歩の底力を発揮し、かならず勝利をつかみとろうではありませんか。

○政党対決の構図はどうなっているか
国政 - 自公と民主の間に政治の中身の違いなし
都政 - 自公民そろって石原都政を支える「オール与党」

○国民の暮らしを守る「ルールある経済社会」をつくる
*雇用 - 大企業による雇用破壊を止め、人間らしい労働のルールを
・現代の奴隷労働ともいうべきこの非人間的実態は許せない
・勇気をもって立ち上がった労働者に連帯してたたかいぬく
・国会でも直接会談でも大企業の横暴を正面からただす
・日本共産党こそ労働者の味方の党

*社会保障 - 誰でも平等に必要な給付が受けられる社会を
・医療費の窓口負担ー無料が当たり前、まず軽減をめざそう
・世界に恥ずべき高齢者差別制度を廃止しよう
・高すぎる国保料と保険証取り上げをただせ
・障害者福祉にまで応益負担もちこむ異常をただそう
・生活保護の水準を引き上げ、誰でも権利行使が当たり前の社会に
・社会保障は「金次第」であってはならない

*税制 - 消費税増税許さず、大企業と大金持ちに相応の負担を
・「消費税増税は大企業減税のため」がことの真相
・大企業と大金持ちに相応の負担をという主張は、世界の流れにも

*「財界・大企業にモノがいえる党」、企業・団体献金をきっぱり拒否する党でこそ

○福祉と暮らしを犠牲にして巨大開発に熱中 - 「逆立ち」都政をただそう
*福祉、医療、教育 ー 都民の力で東京をふたたび全国の模範都市に
・高齢者福祉の残酷な切捨て ー 自公民「オール与党」の責任は重い
・ふたたび東京から高齢者医療無料化の流れをおこそう
・子供の命を危険にさらす小児病院つぶしは白紙撤回を
・三十人学級 - 教育予算を維持しただけで実現は可能

*福祉と暮らしを犠牲にして巨大道路に熱中 - この「逆立ち」をただそう
・新銀行東京 - 破綻処理でこれ以上の税金投入の道を断とう
・オリンピックを看板にした巨大道路より、都民の暮らしに税金を使え

*日本共産党の提案には「四つの裏付け」がある
・財源の裏付け - 予算の5%程度を動かせば要求は実現できる
・都政を動かした実績の裏づけー子供の医療費無料化、認可保育所
・草の根の運動との共同ーあらゆる提案実現の最大の裏付け
・政治姿勢の裏づけー都民の税金は一円たりとも無駄に使わせない

○核兵器のない世界、戦争のない世界を - 平和の願いを日本共産党に
*オバマ米大統領に核兵器廃絶の一点にしぼり書簡を送る
、、、オバマ大統領が4月5日、プラハでおこなった演説は、世界に大きな問題を投げかるものとなりました。大統領は演説のなかで、次のように述べました。
「核兵器を使用したことのある唯一の核兵器保有国として、米国は行動する道義的責任がある。我々は、この試みに単独で成功することはできないが、それを導き、始めることはできる。それゆえ、きょう私は、核のない平和で安全な世界を米国が追求していくことを明確に宣言する」、、、
・私は、この演説は大変重要だと考え、4月28日、オバマ大統領に核兵器廃絶の一点にしぼって具体的行動を要請する書簡を送りました。米国大使館を訪問し、ズムワルト臨時代理大使に手渡しました。アメリカ大使館に行くのは初めてのことです。(笑い)

*米国政府から返書 - 大統領の熱意と真剣さをしめすもの
・書簡を送った後の情勢に進展が生まれています。
5月5日、ニューヨークの国連本部で開かれていた核不拡散条約(NPT)再検討会議の準備委員会に、オバマ大統領が異例のメッセージを寄せ、「核兵器のない世界という平和と安全の追求」を訴え、「米国はNPTの約束を果たす」と言明しました。(拍手)
・そして、5月16日には、米国政府から私の書簡に対する返書がとどけられました(大きな拍手)
この返書は、オバマ大統領が、グリン・デビス米国次官補(代理)に指示し、次官補が大統領に代わって書いたものとなっています。ここで読み上げて紹介させていただきます。(拍手)

・「親愛な志位様
あなたの4月28日付けの書簡で、オバマ大統領のプラハ演説についての感想と、どうすれば私達が最良の方法で核兵器のない世界を実現できるかについての考えを伝えていただきました。
大統領は、その書簡に感謝する返書を、大統領に代わってしたためるよう、私に指示しました。
この問題に対するあなたの情熱をうれしく思うとともに、私達は、この目標に向かって具体的な前進をつくりだすために、日本政府との協力を望んでいます。
世界の国々が核不拡散条約の強化と、核兵器用の核分裂性物質生産禁止条約交渉の速やかな開始、包括的核実験禁止条約の発効を確約するならば、私達は認識を変え、核兵器のない世界に向けて新たな機運をつくることができます。
思慮に富んだあなたの書簡に重ねてお礼を申し上げます」(拍手)

・これまでわが党から米国大統領にあてて書簡を送ったことは何度かありますが、先方から返書が反ってきたのは歴史上初めての出来事であります。
・この返書は、オバマ大統領の核兵器廃絶に対する真剣さと熱意を示すものであり、私は歓迎したいと思います。

*被爆国・日本で「核兵器廃絶をめざす国際交渉を開始せよ」の声を広げよう

*前向きの変化が目に入らず、変化していない部分ではいいなり政治

*21世紀における日米関係 - 日米安保条約に代えて日米友好条約を

○「いまこそ日本共産党」 - 首都・東京が燃えて燃えて必ず勝利を
(終)
ーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーー
志位 委員長の訴えの中で、
*"オバマ米大統領に核兵器廃絶の一点にしぼり書簡を送る”
*"米国政府から返書ー大統領の熱意と真剣さをしめすもの”
の項、が強烈に印象に残った。

*5月1日(金)付け 「しんぶん赤旗」3面・志位委員長のオバマ大統領への書簡全文が掲載されている。
(改めて読む)
「私は、核兵器による言語に絶する惨害を体験した世界でただ一つの被爆国において、この地球上から核兵器を廃絶することを求め続けてきた一政党を代表して、この書簡を送るものです。
4月5日、大統領がプラハで行った演説を、私は大きな感銘をもって読みました。」から始まり、5段階に分かれている。
オバマ米大統領のプラハでの演説(4月5日=抜粋) も掲載されている。

*4月22日(水)付け「しんぶん赤旗」に遡る。一面。
「核兵器廃絶のための協力で一致」
志位委員長とマインベトナム共産党書記長が会談

*4月24日(金)付け「しんぶん新聞」一面
発言09 「核 廃絶へ楽しみな時代」
長崎原爆病院院長 朝長万左男 さん・ を読む。
・米国のオバマ大統領が先日、チェコのプラハで演説し、「核保有国として、核兵器を使用した唯一の核保有国として、米国は行動する道義的責任がある」とのべ、核兵器廃絶を真剣に追及する宣言をしました。非常に画期的です。これは、米国向けの言葉であると同時に、世界に対する宣言です。これまでの核政策から大きくかじをきったことは間違いないでしょう。
・私は、二歳のとき長崎で被爆しました。・・・私が核兵器廃絶が絶対に必要だと考える理由は、広島、長崎の被爆体験があります。・・・・・・・
(ともなが・まさお 1943年、長崎市生まれ。長崎大学医学部教授などを経て、2009年4月から現職)
ーーーーー
4月21日(火)だったと思うけれど、文化放送、で朝8時30分からのニュースコメンテーターで、ヨシザキ、というソウジツの方が、
・プラハでのオバマ演説は、大変重要です。
・これに対する、日本の政府や政治家の反応がいまひとつ鈍い。
というような内容の解説をしておられた。
(ボクは、感動して、しっかり聞いていた。)
ーーーーー
4月24日(金) 朝日新聞 社説 「核なき世界へ 乗り遅れてはいけない」 を読む。
・日本独自で北朝鮮の発射基地を攻撃できる能力をもつべきだー。
今月5日の北朝鮮のミサイル発射以来、自民党内ではこんな議論が盛んに交じわされた。3年前の北朝鮮の核実験の時ほどではなかったが、「日本も核を持つという脅しぐらいかけないといけない」といった声すらあがった。
だが、同じ日にプラハであったオバマ米大統領の核軍縮演説に対しては、反応がさっぱり盛り上らない。・・・

4月29日(水) 朝日新聞 社説 「核軍縮と日本 首相が先頭に立ってこそ」 を読む。
・オバマ米大統領がプラハ演説で打ち出した「核のない世界」への取り組みを、日本としてどう後押しするか。中曽根外相が「ゼロへの条件ー世界的核軍縮のための11の指標」と題する講演で、政府としての方策を示した。
・、、、、外相の意欲は評価するし、来年、日本で開くという核軍縮のための国際会議も成功させたいと思う。
だが、残念ながら、演説は物足りない。何故か。唯一の被爆国家としての主体的な取り組みが乏しいのだ。
・、、、、なにより物足りないのは、麻生首相がこの問題を外相に委ねてしまっていることだ。、、、、。
ーーーーーーー
5月8日(金) 「しんぶん赤旗」2面
"オバマ演説に こたえぬ被爆国の政府”(遠藤誠二) を読む。
・中曽根弘文外相は4月27日、都内で講演し、政府としての「11の指標」を発表しました。
、、、「指標」は、オバマ米大統領が4月5日、「核の無い平和で安全な世界を米国が追求していくことを明確に宣言する」と演説、、、、したことを受けたものです。
中曽根外相はオバマ演説を「強く支持する」とのべましたが、政府方針は、唯一の被爆国にもかかわらず極めて後ろ向きのものです。

部分的な措置
第一の問題点は、オバマ演説が提示した核兵器廃絶という中心点から外れていることです。
中曽根外相は、世界的な核軍縮のための「11の指標」として
第一次戦略兵器削減条約(STARTI)
後継条約交渉の早期妥結、
包括的核実験禁止条約(CTBT)の米国の批准
兵器用核分裂性物質生産禁止条約交渉開始
など部分的措置の推進を列挙しています。しかし、肝心の核兵器廃絶という項目はどこにもなく、オバマ大統領の提起のこたえていません。
オバマ演説は、核兵器廃絶を国家目標にするとしたうえで、「核兵器を使用したことのある唯一の核兵器保有国として、米国は行動する同義的責任がある」と語り、世界の諸国民の協力を呼びかけています。
日本共産党の志位和夫委員長はこれを受けて、核廃絶のための国際交渉開始を求める書簡をオバマ大統領に送りました。
中曽根演説は、こうした肝心の視点を欠いています。

核戦力に依存
・第二の問題点は、米国の核戦力への依存を永続化する立場に固執していることです。
・、、、、米国が核廃絶を唱え始めるなか、同国の核抑止力にしがみつこうとする、被爆国の政府として恥ずべき姿勢です。
・中曽根演説はまた、米、ロシア両国を、、、評価する一方で、中国については「戦略的方向性は不透明」で、「核兵器削減に取り組んでいない」と批判しています。、、、
・中国は今年一月に発表した国防白書で、「全ての核保有国が核兵器の全面・徹底廃棄を明確に約束することを主張している」として、CTBTの早期発効を呼びかけ、すでに核実験中止、核先制不使用の立場を明確にしています。
こうした事実に触れず、米国の核の傘を肯定し続けながら中国を批判するのは的外れです。

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5月10日(日) 「しんぶん赤旗 日曜版」
一面 ・ オバマ大統領に志位委員長が書簡ー核兵器廃絶めざし国際交渉の開始を

"林 京子さん (作    家)  被爆者として大変共感した”
"石川文洋さん (報道写真家) 米国の「道義的責任」にも注目”
8面
"下平作江さん (被爆者・長崎市在住/長崎原爆遺族会前会長
 廃絶へまず一歩を”
"池田香代子さん(世界平和アピール七人委員会・翻訳家)
 意思あればできる”
 
を読む。
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5月10日(日) 朝日新聞社説 「米ロ核軍縮 まず冷戦思考に決別を」

を読む。
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5月20日(水) 「しんぶん赤旗」 一面
"志位書簡に米政府から返書」”
核廃絶への「情熱うれしく思う」
志位氏「非核への世論と運動に力尽くす」
を読む。

"米国政府の返書全文” を読む。

・「米政府の返書の公表にあたって」
志位委員長の会見(質問に答えて)

返書の公表にいたる経過について
今回の書簡と党綱領の立場
唯一の被爆国の政府にふさわしい行動を
日本共産党とアメリカとの新しい関係

を読む。
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5月20日(水) 朝日新聞 3面 あしたを考える
核なき世界へ
オバマ演説から始まった
根底に核テロ対策「開発の口実あたえない」
(望月洋嗣=ワシントン、論説委員・吉田文彦)

北朝鮮の発射 影響せず
原点・人脈 上院時代に
世界に機運、壁も

・・・だが、いかに困難な課題が待ち受けようとも、その半面で核をめぐるリスクは放置できないほど高まっているる ー その認識こそが、オバマを「核ゼロ」宣言に踏み切らせたのだった。
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5月21日(木) 「しんぶん赤旗」 一面
「核兵器廃絶の国際交渉へ 日本政府がイニシアチブを」
志位委員長、麻生首相と党首会談
首相 「オバマ演説はすごい」
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5月22日(金) 「しんぶん赤旗」 一面
被爆国・日本で - 核廃絶への国民的世論を
志位委員長、衆参議長と会談
(写真説明より)
・河野洋平衆院議長(右)と会談する志位和夫委員長。左は、こくた恵二国対委員長=21日、衆院議長公邸
・会談する志位和夫委員長(左)と江田五月参院議長=21日、国会内
(*2枚とも良い写真だー雰囲気が伝わってくる。)

(記事の内容よりお借りします)
志位委員長 
「オバマ大統領がプラハで行った演説の中身は人類の生存にとって歴史的な意味を持つ」
「(オバマ米大統領が)提起した演説の中身が実るよう国際的な世論を喚起する必要がある」
「核兵器廃絶という方向で、唯一の被爆国である日本の国民的世論を大いに喚起するために協力をしていきたい」

河野衆議院議長
「(オバマ米大統領あてに志位氏が書簡を送ったことについて)、とてもいいことをなさったと思う」
「(オバマ演説について)、まったく歴史的な演説だ」
「大事なことは国際世論を喚起する役割を日本が果たすことだ」

江田参議院議長
「(志位氏の書簡について)、オバマ演説に着目してとられたイニシアチブに敬意を表する」
「(オバマ演説について)、(核問題の)当事者中の当事者の演説として画期的だ」
「(演説は)米国の中で冷ややかな受け止めもあると聞いたが、それならばこそ、よりいっそう国際世論を盛り上げることが大切だ」

志位委員長=会談後の記者会見
「(衆参両院議長が)オバマ米大統領の発言を高く評価し、唯一の被爆国である日本で、核廃絶への国民的世論を盛り上げていく点で意見の一致をみたことは、たいへんうれしいことだ」
「意見交換を今後ともやっていきたい」
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5月23日(土) 「しんぶん赤旗」 一面
志位委員長、衆院副議長と会談
部分的措置は、核廃絶と同時並行で
(写真説明より)
・会談する志位和夫委員長(左)と横路孝弘衆議院副議長=22日、国会内
(志位さんが話し、副議長が聞いておられる。それぞれ貫禄がある。)

横路副議長
「オバマ米大統領の演説は中身がしっかりしているいい演説だ」
「せっかくのこのような問題提起をみんなで受け止めていきたい」

志位委員長
「新しい戦略核兵器削減条約や包括的核実験禁止条約など個々の部分的措置についての交渉も大事だが、それらと、核兵器廃絶そのものを主題にした交渉を同時並行で進めることが重要だ」

横路副議長
「そうですね。核保有国がそうなることが大事だ」と応じました。
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同日 「しんぶん赤旗」 7面 国際
・「核兵器ない世界へ」「条約締結 議論早く」(北京=山田俊英)
中国外相が提案
中国の楊ケツチ外相は21日、「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」の共同議長として北京を訪れた川口順子元外相、エバンス元豪外相と会談し、「核兵器廃絶条約についてぎろんすべきだ」との考えを伝えました。
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(頭脳と体を使って良い仕事をしておられると思う。まさに、CGJ。
わたしも。われわれも。)


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June 04, 2009

「第52回 杉並三曲協会定期演奏会」 を聴く。

2009年5月17日(日) ・セシオン杉並ホール・開演 午前11時 - 終 午後7時
「御挨拶」  杉並三曲協会会長  富田 清邦   (略)

*毎年、知人の奥様のお招きを受け、拝聴に伺っている、という訳です。
琴、尺八、三味線、の合奏です。本日は、30組が演奏します。11時から夜7時まで。 
今年は、いつに無く観客が多いようです。
そのわけは、小学校の同好会一組(約30人)、中学校のクラブ一組(5人)が参加しています。
そのご両親、祖父母、の方々がお見えになっているからなようです。

・若松小学校おこと同好会 (指導=塚越紫邦)
イ、平井多美子 作詞/橋本祥路 作曲/塚越紫邦 編曲・構成
音楽物語 つるの恩返し
  (指 揮)  塚越紫邦
  ( 箏 )   18人
  (十七絃)   4人
  (三味線)   4人

ロ、川崎絵都夫 作曲
こども邦楽 合奏のための 祭幻想
  (指 揮)   塚越紫邦
  (第一箏)   4人
  (第ニ箏)   6人
  (十七絃)   2人
ーーーーーーーーー
を聴く。
フルート、歌、掛け声、も使っていて、また、
「お江戸日本橋、ななつだち、、、」「おどまぼんぎり、ぼんぎり、、、」とか、なじみの曲も取り入れて、とても新鮮だった。
演奏が進むにつれて、生徒さんたちは勢いを増していった。若い力だ。
・邦楽はおごそかな、優美なもの、すこし、形式的なもの、というイメージを持っていたが、修正しなければならない。

(1週間に3日練習しておられるとか。指導者の力量を感じた。) 

・松ノ木中学校箏クラブ (指導=佐藤歌穂里)
イ、東京地方民謡  お江戸日本橋
ロ、筑紫歌都子 作曲  人形の舞い

第一箏   4人
第二箏   佐藤歌穂里

*清楚で、内省的な、演奏と思った。 

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June 01, 2009

「ルーヴル美術館展-17世紀ヨーロッパ絵画」 を観る。

2009年5月15日(金) 国立西洋美術館(上野)
(案内)
・・・17世紀ヨーロッパ絵画を3つの大きなテーマ ― 「黄金の世紀とその陰の領域」「旅行と科学革命」「聖人の世紀、古代の継承者?」― で分類し、この時代のヨーロッパ絵画を横断的に検証してみました。・・・。

・ニコラ・プッサン 「川から救われるモーゼ」 (1638年) を観る。 
古代エジプトでは、男の子は生まれると、川へ捨てられていた。可哀想に。赤ちゃんモーゼは、エジプト王ファラオの娘に助けられる。ほっぺが赤い。小さい目を大きく開いている。後に、預言者モーゼになる。(預言者とは予言者のことではないとか。最近分かった)。映画「モーゼの十戒」は昔見た。あの時は、蛇のシーンが怖かった。海が割れるところが、強烈だった。

・ジョルジュ・ド・ラ・トゥール 「大工ヨセフ」(1642年)を観る。
子供が持つローソクが明るい。手が赤く透けている。これを、人が描いているんだ!子供は、キリストなんだってね。聞いて分かった。ヨセフはお父さん。真剣に仕事をしている。子供は尊敬して見つめ、ローソクを照らしている。

(絵画は目に見える聖書、と誰かが言っていた。そういうものかもしれない。聖書ー読んでいないけれど。)
キリストの話を、初めて聞いたのは、思い出して、小学校3年生の時だった。
岩手県の北上山脈中にある、全校で100人位の小さな小学校だったけれど、3年生になってのー昭和32年かなー何月だったか、講堂に全校生徒が集められ、H.徳太郎校長先生のお話があって、その後、久慈市の"社会館”のシスターの先生が紙芝居を見せてくださった。
「社会館」というのは、アメリカ人の"タマシン・アレン”先生が久慈市で始められたキリスト教会で、病院と幼稚園も併設されていた。現在も「タマシン・アレン大学」となって続いている。
付加えると、タマシン・アレン先生は、当時のライシャワー駐日アメリカ大使が少年だった頃、彼の家庭教師を務めておられた方だった。岩手日報にも掲載された。
ボクがー40数年前ー高校生で、久慈市で下宿生活を送っていた頃、一度だけだが、ライシャワー大使がアレン先生を表敬訪問され、久慈市へ来たことがある。もちろん見に行った。大使は車の中で見えなかったが、パトカーと白バイとキャデラックが何台も、ジャリ道を走ってきたのには、びっくりした。道路が狭く見えた。
(アメリカ大使が岩手県の僻地を訪問するなどということが、現在考えられかな?)

シスターの先生の服装がめずらしかった。みんな始めてみた。
紙芝居は「キリストの生涯」というような内容だった。
肩をむき出しにした男が羊を飼っていた。
山で演説をしていた。
十字架に掛けられ、血を流していた。
シスターの先生は、「キリストさまは、死にました。でも、三日後、生き返りました」。
「そして、いまも私達の心の中に生きています」、とはなされた。
最後の言葉を今も覚えている。
「みなさんは、キリスト教を信じる必要はありません。」
「ただ、みなさんは、小学生だったとき、こういう話を聞いたことがある。そのことだけを覚えていてください。」


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