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July 2009

July 30, 2009

伊藤文雄さん(日本共産党・衆議院東京14区予定候補者)の挨拶

2009年7月16日・ 
荒川区内・日本共産党地域後援会小集会

*伊藤文雄さん (65歳)
昭和19年生まれ
秋田県出身
集団就職(15歳)で上京・荒川区内の製造業の会社へ就職
労働運動、青年運動へ参加
20歳で日本共産党へ入党
荒川地区委員長を歴任
(彼の一貫した生き方は、その端正な風貌のなかに刻まれ輝いている。)

(挨拶のメモ)
・国会解散です。皆さん、都議選の疲れが取れていないかもしれません。
これから40日間の闘いになります。
私は全力を尽くします。宜しくお願いします。
・予定候補として2年間活動してきました。
その経験を十分に活かします。
小選挙区で過去最高の得票をとります。
比例代表選挙区で複数議席を実現します。
その決意です!
・今日も駅頭で演説をしていましたら、数人の人が駆け寄ってきて握手を求められました。
その期待に応える決意です。
・4年前は、郵政選挙でした。風が吹きました。
現在は、民主党へ風が吹いています。
政権交代、民主党政権の可能性もあります。
しかし、日本共産党が議席を伸ばして、政権交代が行われてこそ、日本の政治に大きな意義があります。
皆さん、共に、それを実現しましょう。
・暑い中、大変な選挙になります。
私は最後まで頑張りぬきます。
共に闘いましょう!
(大きな拍手)

*鈴木けんいち さん の挨拶
(鈴木さんは、12日投票の都議選候補者・
得票 9,823 (得票率 10,89%) 対前回比 +270票)
(メモ)
・当選できなかったことは不本意ですが、皆さんに支えられて全力を尽くすことができました。
ご支援ありがとうございました。
引き続き、衆議院選挙です。
伊藤文雄さんの押し上げ、比例区での複数当選のため頑張りぬく決意です。
・都議選では、民主党は都政では与党でした。
しかし、都民は都議選で国政の立場で選択しました。自公政権ノーの審判を行いました。
民主党への批判は、むずかしいものがあったように思います。
・衆議院選挙はまさに国政選挙です。今度は分かりやすい選挙です。
・都議選での闘いは、荒川の財産です。これを生かして頑張りましょう。
(強い拍手)


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July 26, 2009

「平和を歌おう!ー 第75回ARAKAWAうたごえ喫茶」 で歌う。

2009年7月11日(土)・午後6時30分・フェルメール・満席

・「ARAKAWAうたごえ喫茶」は、1年に6回開催していて、今年で13年目だ。
・今日は、中高年のカップルが多い。
”あざみの歌”
”青い山脈”
”青春時代”
”百万本のバラ”
”神田川”  と 次々に歌う。

*懐かしかったのは、「さらば恋人よ」。

ある朝めざめて さらばさらば恋人よ
めざめて われは見ぬ 攻め入る敵を

われをもつれゆけ さらばさらば恋人よ
つれゆけパルチザンよ やがて死す身を

いくさにはてなば さらばさらば恋人よ
いくさにはてなば 山に埋めてや

埋めてやかの山に さらばさらば恋人よ
埋めてやかの山に 花咲く下に

道行く人々 さらばさらば恋人よ
道行く人々 その花賞(め)でん
道行く人々 その花賞でん

*小山さんのアコーディオン独奏 ー 今日は、"五木ひろし" だった。
ジツに聞かせる。静聴する。

*新井 満 作曲
”石川啄木 ふるさとの山に向かいて” を学校の先生が歌われた。

ふるさとの山に 山に向かいて
言うことなし ふるさとの
山は あー ありがたきかな

6番まで歌われた。

{新井満 作曲・文 「石川啄木 ふるさとの山に向かいて」(NHK出版)2007年CD付 ¥1,000}
ぼくも持っている。歌えた。・・・いうことなしだ。

すかさず、「初恋」が続いた。
すなやまの 砂にはらばい、、、。
 


   

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July 22, 2009

弦楽四重奏の夕べ・「ハイドン・弦楽四重奏曲“皇帝”」他 を聴く。

2009年7月1日(水)・うたごえライブハウスゴリ(船橋)・午後7時30分開演
・フリーデ(平和)四重奏団(日本フィルのメンバーで構成)による演奏を聴く。

鈴木社長の案内
「・・・都議選で忙しいでしょうが・・・きてください。
時には間近で、日本フィルハーモニーメンバーの演奏を味わうのも良いものです。」

・限定35席・¥4,500(食事別料金)・超満員・立ち見の人もいる。

*第1ヴァイオリン  神尾 あずさ
東京音楽大学デイプロマコースを終了。
日本モーツアルト音楽コンクール入選。
1988年、日本フィルハーモニー交響楽団入団。

*第2ヴァイオリン  平井 幸子
東京藝術大学卒。
第6回霧島国際音楽祭奨励賞受賞。
1987年、日本フィルハーモニー交響楽団入団。

*ビオラ 新井 豊治
国立音楽大学ヴァイオリン科卒業。
ヴィオラを白神貞典氏に師事。
桐朋学園オーケストラ研究生科に入学。
梅津南美子氏に師事。
東京シティーフィルの創立に参画、楽員になる。
1980年、日本フィルハーモニー交響楽団入団。

*チェロ 高木 雄司
1943年生まれ。
東京藝術大学卒。
読売新人賞を受賞して日本フィルに入団。
2006年9月 退団。
オーケストラ奏者のほかに、独奏、室内楽、多くのアマチュア演奏家、団体指導など幅広く活動している。
ーーーーー
・一部、二部で約2時間の演奏。
いつもは同じ場所で歌い狂っているのだが、今日は全員神妙で行儀が良い。
みんな目で聞いている。大きくあけて。
ボクも全身、皮膚呼吸をしている。
隣の席の紳士ー杖をお召しだー1曲終わるごとにハンカチを目にあてておられる。
(すこしお話をうかがう。元金融マン。推定75歳)
「・・・去年も同じコンサートがあって、それに来て、大好きになりました。」
「・・・入院して、手術して、目が覚めて、ベッドの上でブラームスを聞いて、あの時はじめて、音楽があって良かったとおもいました。」

・ビオラ 新井豊治 先生の”解説”とお話が、これ最高!
内容が広くて、深くて、リズムがあって、わらえて、考えさせられて、時々、しんみりさせられる。

「皇帝」は、ドイツ国歌なのだ。


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July 20, 2009

「野田はまなす会・ふるさと交流会」 開催される。

2009年6月28日(日)・アルカディア市谷・午後1時30分・参加者 70人
・野田はまなす会
東京及び関東圏で暮らす岩手県野田村出身者並びに関係者で構成される親睦団体。会員数約250人。
会長・桜庭昌吾 (昭和19年生・元小学校校長)

*小田 祐士 野田村長の挨拶
(メモ)
・2月に村長選挙があり、2期目の当選をしました。また、よろしくお願い致します。
・村の現況ですが、人口が5千人を切りました。
少子化の傾向に歯止めがかかりません。
1年間に、生まれる人30人、亡くなる人50人、この水準が続いています。
自然減に入っています。
何とかしようと子育て支援に力を入れています。
幼児の医療費無料化を行っています。これは中学3年生まで医療費無料化を行います。
乳児保育料の無料化を実施しています。
第3子以上を出産された方への、野田村エンゼル祝い金の支給を行っています。
・小さくても活力のある村を作りたいと頑張っています。
出稼ぎの方々にも厳しい現実がありますが、「野田はまなす会」との交流を力強く思っています。
・村は村の特産品、農林水産物の販売に力をいれています。
7月9日、10日、二日間「銀河プラザ」(岩手県のアンテナショップ)で野田村特産品コーナーを設けてもらい販売活動を行います。ご協力をよろしくお願いします。
今日は、その特産品を持ってきました。
村で製造している「塩」・やまぶどうジュース「ぱあぷる」・昆布・ワカメ・野田塩ラーメン・などです。
岩手日報でも紹介されましたが好評をいただいております。どうかご賞味ください。
・今日は楽しい時間を一緒に過ごしたいと思います。
最後に、21年間会を支えてこられた会員の皆さん、役員の皆さん、歴代の会長さんに心から感謝申し上げます。今後ともよろしくお願いします。
(拍手)

(来賓挨拶)
*生平 行立 久慈地区ふるさと会会長(岩手県人連合会顧問)の挨拶
(メモ)
・私事、最近白内障の手術を受けました。82歳になりました。
久しぶりにこのような集いに出させていただきました。
・私は、昭和20年から東京へ出て生活しています。
隣の久慈出身の者として、「ふるさと会」の活動を最初に始めた者として、結成された当時と比較して、
このような盛会をうらやましく、又うれしく思います。
・100年前の日本は、欧米から見れば野蛮な国でした。
日本は開国を迫られ、軍事力によって鎖国が破られました。
以来、日本は富国強兵策をとり、彼らに負けないようにと頑張りました。
富国強兵の目的はある程度達成しました。彼らと肩を並べました。
しかし、そのところで全世界から頭を押さえつけられました。
日本は侵略国家とされてしまいました。
私は、米英も他国を侵略して強国になったのではないか、という思いがあります。
・戦後60数年経ち、現在、アジアでは中国、インドが台頭しています。
彼らの進み方は日本のやり方を真似(まね)ています。
EU,アメリカが組んで、これを押さえにかかるのではないか、と心配しています。
・日本は、少子高齢化問題、経済危機、大きな問題を抱えています。
これらの問題解決には、物まねではダメです。
これからの日本は、自分の頭で考えていかなければなりません。
そのためには、日本の伝統を学び、良い面をもっと知らなければなりません。
・ふるさと会で、地方出身者の私達も、落ち着いて考え、才能を伸ばしていかなければならない、
そのためには、日本の伝統、文化、大切なものをもう一回学ばなければならない、そのようなことを思いました。
今日はありがとうございました。
(拍手)
(生平会長のヤヤ復古主義的、エリート主義的主張には距離を取る人もいるが、その清廉潔白、謹厳な人柄は誰からも尊敬されている。)


 

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July 16, 2009

しんぶん赤旗・特別インタビュー・(憲法、戦争、平和) 元内閣官房長官・野中 広務さん「いま日本がおかしい」を読む。        

2009年6月27日(土) 
「しんぶん 赤旗」 1面 
特別インタビュー 憲法・戦争・平和
元内閣官房長官
野中 広務 さん  「いま日本がおかしい」 を読む。
・写真を見る。ふうせつ、とうし、をかんじる。
(のなかひろむ  1925年、京都府南丹市生まれ。
1983年ー2003年10月迄、衆議院議員・京都2区選出、当選8回。
自治相・国家公安委員長、内閣官房長官、自民党幹事長を歴任)

(ボク:確か2004年だった。政界を引退されて1年後だった。毎日新聞社労働組合主催の「イラク派兵問題」の
シンポジウムがあって、野中さんも発言者としてそこへ出席しておられた。ぼくも聴きに行った。会場入り口は長い行列だった。ボクはうまく会場に入れたけれど、満員で入れない人が大勢いた。入れない人の中に「入れろ!入れろ!オレは国会議員だ!」と叫んでいる人がいた。
野中さんは、小泉内閣のイラクへの自衛隊派遣を強く批判しておられた。なまで見て聞いて、そして、思い出しながら、いま「赤旗」を読む、、、。)

・(出だしが印象的だ。)
*25歳で郷里の町会議員になり、衆院議員引退までの52年の政治生活を通じて「宿敵」だったあなた方(「赤旗」)に私の思いを語るのも、今の時代が、そうさせるのだと思います。
(見出しより)
■議員引退の訳
■大政翼賛会に
・(イラク特措法案が)自民党総務会に示されたとき、自衛隊の派遣については慎重であるべきだといったのは、ぼくと野呂田芳成さん、谷洋一さん(ともに元農水相)の3人だけ。あとの議員は「こんなときに何をいっているのだ。自衛隊を派遣するのはあたりまえじゃないか」といっていました。
正直いって僕はむなしさを感じました。自民党は戦争が好きな政党になってしまった。
それこそ大政翼賛会時代にもどってしまったわけです。

{ボク:ここの所で、ふと40年前の自民党の街頭演説を思い出す。ボクは、佐藤栄作元首相の街頭演説を聞いた。1969年12月だった。総選挙の時だった。国鉄(今のJR)小岩駅駅頭での街頭演説を聞いた。
ぼくは、(この頃)民青同盟員だった。アメリカのベトナム侵略戦争反対、日本政府は侵略戦争への加担をやめろ、憲法改悪反対、自衛隊の海外派兵反対、のビラを作ったり、まいたりしていた。
自民党=佐藤内閣というと、保守反動、アメリカへの協力者、憲法改悪を目指す政党というイメージだった。
話は聞いておこう。場合によっては野次ってやれ、ぐらいに思っていた。
・佐藤栄作首相が、宣伝カーの上に現れた。
目が大きかった。はっきり言って、迫力があった。一瞬、上野の西郷隆盛ににていると思った。
佐藤さんは、人をにらみながら演説をした。高い所から四方をまんべんなく見ていた。
ボクもにらまれた、と思った。その時、佐藤さんは言った。まだ、覚えている。
「皆さんの中には、私のことを保守だとか、反動だとか、言う人がいます。あろうことか戦争をしようとしている、などという人がいます。でたらめです。」
「日本は戦後、日本国憲法のもとで平和国家として発展してきました」
「確かに、現在、憲法には問題があり自民党は、憲法改正を党是としています。しかし、私は憲法を変える気持ちはありません。」
「少なくとも、私が総理大臣をやっている間は、憲法を変えることはありません。」
「ですから、自衛隊を海外に出すなどということは絶対にありません。自衛隊をベトナムへ出すわけがありません。」
・大勢の人たちが静かな拍手を送った。日の丸の旗を振った。
・ボクは、すこしめまいがした。あれっ!と思った。
・何年か後、佐藤さんはノーベル平和賞を受けた。その時も、ぼくは、演説を思い出していた。
・三島の「盾の会」の自衛隊乱入、自殺は1年後だった。

*(ついでに)、この時の演説で佐藤首相は、日本社会党と共産党を激しく攻撃した。
当時の学生運動、「全共闘運動」と結びつけて批判した。
(佐藤さんの演説)
・「平和とか反戦と言いながら、学内を荒らし、ヘルメットをかぶり、暴力をふるい、火炎瓶を投げ、暴れまわっている左翼の諸君、あの人たちこそ国民の平和を脅かしているではないか!」
「特に社会党、社会党は彼らのことを同盟軍だといっている。仲間だといっている。こんな危険な話がありますか。」

・選挙の争点の一つに、「70年安保問題」があった。日米安保条約の固定期限終了を目前にしていた。
「平和と安全」の問題では、国民の関心が高かった。

選挙結果は、自民党 288議席 (前回比+11)
        社会党  90議席 ( 同  -50)
        共産党  14議席 ( 同  + 9)
・「全共闘」と暴力学生の妄動を厳しく批判した共産党は躍進した。
・「全共闘」と暴力学生を「同盟軍」とした社会党は惨敗した。
・「全共闘」と暴力学生の妄動を自民党は最大限利用して選挙に勝った。
(当時の「全共闘」と暴力学生の妄動を美化するような風潮には反対だ。
学生運動=自治会活動ではなく、「暴力運動」に陥れていったという事実を忘れてはならない、と思う。)
ーーーーー
(野中さんのインタビュー続き)
■憲 法
・私自身は、憲法について、9条2項を変えて自衛隊を認め、しかし海外へ出さないという規定にすべきと考えています。
あなた方とは違うかもしれないが、これが実現しないうちは、9条を含めて現在の憲法を守るべきだと思います。

{ボク:ー自衛隊を認め、しかし海外へ出さないという規定にするー
自衛隊と憲法の問題での新しい提案、と思える。ウーム・・・。
奥平康弘先生 (9条の会呼びかけ人)
・改憲の眼目は9条におかれます。
もっと言えば、9条の第1項はそのままそっとしておき、
もっぱら第2項の「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」をどう手直しするか、という点です。
しかし、1項は、2項があってはじめて、憲法上の宣言として意味があるのです。
(憲法9条、未来をひらく より)}
■戦争の傷跡
■歴史に学ぶ


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July 11, 2009

YUさん(荒川区)の日本共産党(鈴木けんいち候補)への応援演説 を聞く。

2009年6月・区内集会所・主催:日本共産党荒川地域後援会・70人

YUさん(65歳)の共産党応援演説
(メモ)
・私は平成6年に荒川区へ引っ越してきました。
以来、地元の斉藤クニ子区議さん、共産党後援会の皆様とお付き合いをいただいています。
・今日は、「私と日本共産党」「私と日本共産党の係り」という様な内容で話させていただきます。
私は、昭和37年、宮城県から就職のため東京へ出てきました。
職場は(すこし、名の知られたところですが)、労働組合がありました。
全員が組合員でした。
組合には、青年部、婦人部があり、盛んに活動していました。
私は、労音の活動に参加しました。
今日、こうやって集まっていますが、当時もよく集いを持ちました。
集まる人の半分以上は、10代、20代の若者でした。
青年中心の時代でした。
・選挙権を持って、最初の選挙では、私は日本社会党に入れました。
職場には、社会党系の人と共産党系の人とがいて、それぞれ影響力を持っていました。
その関係で社会党に入れました。
・2回目の選挙では、日本共産党へ入れました。
それから今日まで続けて共産党へ投票しています。
職場での付き合いで、共産党には一貫性がある。
ブレが無い、ごまかしが無い。そう分かったからです。
・当時の職場は、現在と比べてはるかにオープンだったように思います。
組合の幹部だった人が会社の幹部に進むこともよくありました。
元々人を束ねる力を持った人達ですから経営者になっても力を発揮していました。
そういう組織は強くなると今は思っています。
・時代は変わった行きました。
学歴第1主義の社会になって行き、学校教育に競争主義が持ち込まれました。
一人一人、ばらばらにされてきました。
会社や職場も同じです。
会社は儲けることだけ考えるようになりました。
労働者はただ働くことだけが求められ、ばらばらにされてきたように思います。
行き着いた先は、派遣労働者制、請負労働者、だと思います。
政治が後押ししました。
・現在、労働者の首切り、派遣切りが問題になっています。
派遣切りにあった人が組合を作り、会社と交渉しがんばっています。
ばらばらにされていた職場でも、改めて労働組合と向き合う人が増えています。
・派遣切りにあった人が共産党と出会い、共産党の門を叩く人が増えています。
この方々が共産党の中で、順調に伸びていけるように、と期待しています。
また、こういう青年を伸ばしていける、そういう共産党であってほしいと期待しています。
・私は65歳になりました。役所から保険料の納付書が送られてきました。
前期高齢者ということなのでしょうか?保険料が今までより上がっているのです。
年を取って、収入が減る。負担は増える。これは逆立ちしていると思います。
怒りを覚えます。
大企業さえ儲かれば世の中は上手く行く。そのような政治の結果です。
・都議選では、日本共産党の「鈴木けんいちさん」の当選を勝ち取り、都政を変えて行こうではありませんか。
私もがんばります。
(拍手)

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July 07, 2009

笠井 亮さん(日本共産党衆議院議員)の演説を聞く。

2009年6月24日(水)・午後7時・第4峡田小学校体育館・聴衆400人超

*笠井 亮 さん
1952年生まれ
1995年  参議院議員当選
2005年  衆議院議員当選
日本共産党中央委員・国際局次長・憲法部会長

(演説のメモ・一部)
・早いもので荒川の皆様のご支援で衆議院へ送っていただいてから4年が経ちます。
その前に参議院議員を1期務めています。10年の国会活動になります。
1千万都民の政治への期待、怒りを受けとめ全力で闘ってきました。(拍手)
・いよいよ選挙です。
自民党のある派閥の幹部が「総選挙はいつごろになりますかね?」と私に聞きにきました。(笑)
麻生おろしも起きています。
選挙対策の方は、宮崎県の東国原県知事へ衆議院選への出馬を要請し"総理大臣ならやってもよいですよ。”と言われています。
自民党も落ちたものです。

・「今こそ日本共産党」!ポスターにあります。まさにこの通りです。
衆議院での投票は二つあります。比例と選挙区です。
比例は、政党名で「日本共産党」と書いていただく選挙ですが、現在東京では17議席中1議席だけです。
これを2議席、3議席とふやしてください。
選挙区は、14区、伊藤文雄さんです。すでに国会でー陳情で来られー私と一緒に活動しています。
押し上げをよろしくお願いします。

・東京都議会選挙が始まります。
荒川区では、"鈴木けんいち”さんをよろしくお願いします。
共働きで子育てをし、区内の中小企業で働き、労働運動、青年運動に参加した方です。
荒川区にピッタリの候補者です。
鈴木けんいちさん勝利のため全力を上げようではありませんか。
ーーーー
*暮らしを守る問題について話された。
*雇用を守る問題ー共産党の取り組みについて話された。
*社会保障ー憲法25条ーについて話された。
特に「後期高齢者医療制度」は廃止しかない、と強調した。
*税金は、負担能力のある人が負担する、これが世界の常識になっている。
すぐ消費税増税を言うのは許されないし絶対反対だ、と強調した。
ーーーー
・次に大企業と政党の関係ー政治献金の問題ですが、これは深刻です。
西松建設問題では、裁判も始まりました。
裁判がおかしいと言う人もいます。しかし、裁判の中で西松側が、この献金はまずいと思った、それで新たな団体を作った。二つのダミー団体を作った。これを通して献金(ワイロ)を送った。こう言っています。
巧妙に仕組まれた脱法行為です。
この点は、自民党ー二階さんーも民主党も同じです。

・民主党は、3年後に企業献金を禁止すると言っています。
しかし、悪いと思ったら法律を作るまでもなく自分で禁止し、受け取らなければ良いではありませんか。
民主党は経団連との「語る会」で、「企業・団体献金を即全面禁止すれば、われわれも干上がってしまう。禁止までの3年間については、引き続きご支援をたまわりたい」と要請しています。
このような姿勢が、大企業中心の政治、大企業の横暴にメスを入れられない原因になっているのです。

日本共産党は、大企業からの政治献金は1円も受け取りません。
ですから派遣切り、雇い止め、雇用問題でも、トヨタ、パナソニック他、企業名を上げ、追求できるし、場合によっては会社へ乗り込んで交渉もできるのです。「自動車工業会」の会長は国会へ呼ぶこともできました。
ーーーーー
(ボク:とても大事なことだと思う。「政権交代」をしても大企業の思いのままだったら、国民の生活には変化は無い。
郵政問題でも、やっぱりニシカワ社長の続投が決まった。役員会で少しテレビに顔の出た一連の方々ーオクダさんとかミタライさんーは「・・・何を言っても最後はわしらの思うとおりになるんや・・・」、と(言外に)匂わせていた。
「政権交代」といえば、最近の「二大政党制」キャンペーン、特に「民主党報道」は大々的で凄まじいものがある。
一時期の「小泉改革報道!」「北朝鮮の拉致報道!」と似たところがある。あの時は一種の"集団発狂”の状態を作り出した。その後は、現在は、あの報道はどうなっているのだろうか。
「民主党報道!」も同じことになるのではないのか。内容が問題だ。民主党が何をやってきたか内容を報道してもらいたいものだ。)
ーーーー
(演説の続き)
・次に平和の問題です。
憲法9条を生かして自主、自立の日本外交を切り開いていくときです。
4月5日、オバマ大統領はプラハで演説を行い、アメリカ大統領として初めて「核兵器廃絶をめざす」と発言しました。
私は被爆2世です。
学生時代から核兵器廃絶を訴え行動してきました。
アメリカへも行きました。
アメリカのロッキーで核廃絶を訴えた時、聴衆から“Remember Pearl Harbor!”と応えられました。 
それが現在、大統領が核廃絶を言うまでになったのです。
私達はアメリカを批判しますが、良いことは良い評価する立場です。
共産党はオバマ大統領に手紙を書きました。
これまでにアメリカへは5回手紙を書いています。
今回初めて共産党へ返事がきました。
アメリカは本気だな、と思いました。

・日本にある各国大使館へ核兵器廃絶に関する日本共産党の立場の書簡と手紙を届けました。
志位さんと一緒に私も行きました。
ある国の大使は、「日本共産党はオバマ大統領のハートを射止めましたね」と感想を述べました。
・オバマ大統領は、「日本政府と協力したい」と言っています。
志位さんは麻生総理と会い、手紙を届けています。
麻生さんは、「(オバマ演説は)スゲー、スゲー」とは言いますが、「どうか引き続き日本をアメリカの核で守ってください」という立場です。情けないとしか言いようがありません。
唯一の被爆国として、核兵器廃棄のため一緒に行動しましょう、とういうのが当たり前の立場ではないでしょうか。
ーーーー
ボク: ①オバマ演説をめぐって、日米関係はどういうものなのか?と考えさせられる。
「日米安保条約」がある。オバマ演説は従来の日米軍事同盟の立場からほんの少し抜け出す内容、ということなのだろうか。
自民党も民主党の一部もオバマ演説には随分消極的だ。否定的ですらある。すこし、あわてているようにも見える。「これまでどおりでお願いします」を繰り返している。
オバマ演説に対する世界各国の明るい反応と正反対だ。
何故だろう。
自民も民主もアメリカの従来のような支持(指示)がなければ日本の政治も外交もやっていけない、ということなのではないのか。核も含め従来のようなアメリカでなければ日本の保守政党は日本を統治できない、ということなのか。核廃絶より大事なものがあるということか。まさかとは思っていたけど。
「対米従属」=米軍基地が第一だった。「対米従属への積極的協力者」=すこし見えてきた。

②2009年6月14日(日)赤旗・2面・ニュース@NEWS
「世界の前向き変化の足引っ張るー公明新聞コラム」を読む。
記事
・「公明新聞」12日付1面コラム「北斗七星」は、日本共産党の志位和夫委員長がオバマ米大統領に核兵器廃絶へのイニシアチブを求める書簡を送ったことについて、「深い考えもなく『核廃絶』という言葉に飛びついたのでなければ、党内で徹底的な討議を重ね対米認識を変化させたのだろうか。反米的な綱領がどう変わるか注目したい」などと揶揄(やゆ)しています。
・・・公明党が「平和の党」の看板と対極の立場に陥っていることを告白するだけです。
・・・それは、同コラムがつづけて、「日本の防衛は核を含む米国の抑止力で支えらている」と、核抑止力と日米安保体制を堅持をあからさまに表明していることでよりはっきりします。
ーーーーーー
赤旗(大さん)は、厳しく公明新聞「北斗七星」を批判している。
ボクも含め大多数の人は「赤旗」の立場と同じだと思う。
本来なら、総理大臣が真っ先に反応しなければならないところを、共産党が行動している。
「言葉に飛びついた」のではなく、普段の系統的、持続的な核廃絶の活動があるから機を逸せずに書簡を送ることができたのだと思う。
書簡の内容も熟慮を重ねたものだ。
だから、米政府からの返書に、「この問題にたいするあなたの情熱をうれしく思う・・・」
「思慮にとんだあなたの書簡に重ねて御礼をもうしあげます。」
とあるのだ、と思う。
ーーーーー
・ある人の言葉に「金言とは機会を失わずに発した言葉である」とある。
機会を逸して言ったのでは、愚人の放言に過ぎない。
また俗に「下司の後知恵」というが、知恵を出す時期が遅れると、君主も下司となる。
(にとべいなぞう)
ーーーーー
③ついで。
公明党・創価学会から投票以来がボクのところへもきた。板橋の人から、茨城の人から、野田の人から電話と訪問を受けた。なんでも、荒川区は最重点区なそうだ。
話の中に、「定額給付金もらった。あれは、公明党がやったのよ」、というのがあった。(黙ってきいていたけど)。
麻生総理大臣まで、街頭演説で「みなさん!定額給付金もらった?」とやっていた。
聴衆が創価学会だったからなのだろう。
落ちたものだ。
自民党には、「米百表」の思想があるものと思っていたのだが。
いつのまにか創価学会の「給付金」思想に洗脳されてしまったようだ。
定額給付金が「景気対策」か「貧困対策」か分からないけれど、いずれ間違っていると思う。
古代中国の諺にこうある。(受け売りもはいっているけれど)。
(人民に)「魚一匹を与えても一日しか食べられないが、釣りを教えれば一生食べていける」。
「米百表」の思想と同じだ。
・2兆円ものお金を「給付金」でばら撒いている。間違っている。
困っている人には「生活保護」を充実させ、教育(奨学金制度他)の充実、医療、介護、保育、育児援助に使うべきだ。
・定額給付金=創価学会、公明党の思想は間違っている。
間違った思想からは、間違った行動が生まれるのだ。
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(演説続きー一部)
・(笠井議員は)憲法9条について、制定直後の幣原喜重郎元首相の文章を読み上げられた。
素晴らしい内容です。今の自民党議員に聞かせたいものです。
・民主党の鳩山由紀夫党首は改憲論者で自民党内タカ派と同じ立場です。

・東京都政においても、民主党は石原都知事の案件に99.3%賛成している。
はっきりした与党です。
選挙の時だけ野党になるのはフェアーではない。

・共産党の都政政策につついて述べます。
75歳以上の医療費を無料にー65歳以上も軽減化を
特養老人ホーム増設する、
認可保育園の増設する、
30人学級の実現、奨学金制度の充実、
都営住宅の新規建設
中小企業振興条例制定、融資制度の拡充。

・財源は十分にあります。
東京都の全体予算は13兆円。スゥエーデンの国家予算なみだ。
先ず、オリンピック計画を止め、それを口実とした大型開発の予算を福祉へ回す。
1メートル1億円も掛かる道路建設が予定されている。これはすぐやめる。
新銀行東京へは、1,400億円もつぎ込み、まだ続けようとしている。
この無駄をやめる。
議員の海外旅行も無駄使いだ。やめるべきだ。
財源はでてくる。

・民主党は、選挙公約に議員定数の削減を言っている。比例代表部分を80減らすといっています。
重大な問題だ。少数政党を切り捨てようというものだ。はんたいだ。
(民主党の危険な面がみえる)

・赤旗日曜版(6月21日号)に"やくみつる さん直言”が載っています。
「本当の対立軸なら共産党でしょ」、といっている。
これは正論だ。

・韓国の国会議員と会談しました。
ハンナラ党の女性議員は、「共産党の党名を変えたらよいのではないですか」と言いました。
私は、日本共産党が結党以来85年間、反戦、平和のため闘ってきたこと、戦前、朝鮮=韓国の植民地支配にも反対し、朝鮮=韓国の独立運動を支持して闘ってきたことを話しました。
女性議員は、「ごめんなさい」と言い、「日本で韓国の植民地支配に反対した党があったことにお礼を言いたい」
「日本共産党のままでがんばってください」と言いました。
(拍手)


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