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August 2011

August 29, 2011

「日本共産党創立89周年記念講演会」 を聞く。

2011年8月x日

*8月1日(月)・午後6時30分・日本青年会館
「日本共産党創立89周年記念講演会」 をインターネットで見た。聞いた。

*その内容が、「しんぶん赤旗」・8月2日(火)・8月3日(水)に載っている。
また、写させてもらいます。

【しんぶん赤旗】2011年8月2日(火)・3面
*日本共産党創立89周年記念講演会・3県委員長あいさつ

★(日本共産党)岩手県委員長 菅原 則勝 さん

○献身的な救援 人間的集団の党○
・3月11日に発生した大震災・津波被害に対して、全国からの御支援に心から感謝を申し上げます。(拍手)
県内の被害は、死者4614人、行方不明者2269人、うち死亡届けの受理数672人、家屋の倒壊2万4535棟、避難所で生活している方は4892人です。

仮説住宅のお線香の香りが物語るように、被災者、県民の傷痕は、いまだに癒えている状況ではありません。
しかし、多くのみなさんが、明日への希望を持ち、力強く復興に立ちあがっています。
全国のみなさんの協力を得て「無料青空市」、憩いの場になっている「お茶っ子の会」開催や、被災者の要求を聞く活動をさらに強めたい。
被災者に寄り添い、「被災者の生活基盤の再建こそ復興の土台」「上からの復興押し付けを許さない」の見地で全力を上げる決意です。
救援活動を通じて「日本共産党とは何か、党員とはどうあるべきか」を教えられました。
県内の党員の死亡21人、行方不明9人です。
及川一郎陸前高田市議をはじめ、最後まで住民の避難誘導にあたり、尊い命を津波で流された同志もいます。
被災地の議員は「津波の恐ろしさ、無情さ、悲しみの深さを埋めることは私の心ではできません。
しかし、被災者の方が毎日少しでも和らいでいければいいと思って支えています」と述べています。
斎藤信県議は毎週被災地に出向き、奮闘しています。
多くの地方議員、党員が、自らの被災も顧みず、献身的な活動をおこなってきました。
命をも顧みず、私心なく活動する。
人間らしい生活を求め、人間らしく生きるために活動する。
それはもっとも人間的であり、ヒューマンな姿だと思います。
その集団こそ日本共産党です。
悲しみは尽きることはありませんが、創立89周年にあたり、日本共産党は日本の社会にとって、日本の未来にとって宝だと痛感しています。
(拍手)
岩手は延期選挙の真っ最中です。
勝利目指し、奮闘する決意です。
(拍手)

(*昭和8年 3月 3日・三陸大津波・死者約3000人、流失倒壊家屋約7000棟、
  昭和35年5月24日・チリ地震津波・死者139人、被害家屋約4万6000棟だった。
  三陸大火もあった。それに続いてだもの。)
ーーーーーーーーーーー
★(日本共産党)宮城県委員長 中島 康博 さん

○被災者主役の復興 地方選全力○
・東京はじめ全国のみなさんのボランティア、物資の支援に心から感謝申し上げます。
死者・行方不明者をふくめ宮城県民1万1800人余の命を奪った大震災から5カ月近くになりますが、県民の生業はいまなお深刻です。

党のよびかけによる救援ボランティアが宮城県に約6000人入っています。
私たちは被災者によりそい、「物資のお届け」「要望の聞き取り」「泥出し」活動などにとりくんでいます。
訪問すると、物資の不足、生活環境の改善、将来の不安についてせきを切ったように訴えられます。

石巻市では7月20日の市議会で、市民から出された要望にもとづいて、わが党の水沢富士江市議が質問を行い、仮設住宅の玄関にも網戸が設置されることになりました。
亘理町でのいちご農家の泥出しでは、「農業を続ける希望がわいた」と感謝されています。

全国の支援を受けた私たちの救援、復旧をめざす活動が、被災者のみなさんの生きる力、将来への希望になっています。
(拍手)
宮城県では延期された地方選挙が8月、9月に行われます。
救援や復興、原発問題をどうするのか、被災者の声、市民の声で政治を動かす選挙にしなければならないと決意しています。
仙台市では、津波被害とともに宅地被害が大きく広がっています。
共産党も支援して被害者の会をつくり、宅地被害に公的負担を求めて全力をあげていますが、仙台市は国に要望するだけで、予算をつけようとはしていません。
今度の市議選で共産党を現状の6から7議席に躍進させ、この力で公費負担を実現させるなど、被災者主役の救援・復興を進める機会にしなければなりません。
(拍手)
同時に県民の暮らし、生業にかかわる復旧にむけたとりくみはほとんど進んでいないことから、「国も県も市政も何もやってくれない」との声がきかれます。
私たちは、政治と政党の在り方を堂々と訴え、頑張りぬく決意です。
(拍手)

(*第一線での奮闘、、。熱意が伝わってきます。
仙台市議選・28日投開票・共産党7人全員当選!1議席増!)
ーーーーーーーーーーー
★(日本共産党)福島県委員長 久保田 仁 さん

○原発反対貫いた党に 広い共感○
・昨日の福島市議選、4人全員当選を勝ち取り、原発事故以来、9市町村で15人の全員の当選を勝ち取って、この場に立つことができました。
全国からの御支援に心からのお礼と感謝を申し上げます。
(拍手)
選挙結果の一番の特徴は、投票率が過去最低の42,6%となった中で、日本共産党が初めて得票率で10%を超え、4人全員の当選を勝ち取ったことです。
民主党は2から1に後退、自民党も3から1、社民党も3から2に後退しました。
わが党は参院比例票から1116票増、得票率は前回比1・46%増の10・44%で4議席を確保しました。
この結果は、未曾有の危機の中で、わが党が国民の中に打って出るならば、前進しうる可能性が大いにあることを示した結果だと思います。
ほとんどの候補者が原発や放射能の問題をとりあげましたが、一貫して原発に反対し、安全性を求めてきたわが党への共感が広がりました。

原発事故や放射能汚染の賠償問題を訴えたのはわが党だけです。
賠償問題は、米国と財界いいなりという政治の「二つの異常」が具体的に問われる問題だからです。
日本の改革の方針を示す綱領をもつ党だからこそ、堂々と主張して力を発揮したと確信しています。

県は「原子力依存からの脱却」にふみだしました。
原発ゼロの声をさらに大きくし、「安心して住み続けられる福島県」を取り戻すため、徹底した放射線量調査を行い、徹底した除染を実施させていく、そして、その責任と負担は東電と国に求めていくたたかいと運動を強めたいと思います。

7月、原発事故による避難者の中から初めて入党者を迎え、5人の方が入党を決意しました。
わが党のボランティア活動や東電相手の賠償請求のたたかいを通じて、新しい社会を目指して入党を決意していただいたことは、大きな喜びです。

党建設に力を尽くし、引き続く選挙で必ず勝利する決意です。
ありがとうございました。
(拍手)

(*原発事故と大震災、二つの災難を前にしての奮闘。言葉もありません。
ボクの大学の同窓生で、双葉高校出身の人がいます。
教師をやっていて、最近定年になりましたが。
福島第一原発から、4㎞の所に実家がありまして、後を継いでいるお兄さんの家族の避難の様子など、聞かせていただきました。
東電が、第一原発の計画を発表した時、彼は高校1年生だったとか。
東電の当時の住民工作の様子なども話していました。
彼は、現在の浪江町町長、双葉町町長、広野町町長とも、高校の時の同級生、同窓生とか。)
―――――――――――――
【しんぶん赤旗】2011年6月29日(水)・6面・を読む。

〈原発災害を考えるー歴史的検証と未来への提言〉
BS11番組 不破社研所長 語る

・26日放映のBS11番組「本格闘論(フェイス」に出演し、、、、
二木敬孝 解説委員のインタビューに答えました。
(見出し)
・「福島の原発事故をどうみるかー事態の全貌が分からないままでの対応」
・「不破質問(76~99年)のなかに「いまの原発の現状が全部ある」(二木)
・「使用済み核燃料問題」-10万年、100万年後の人類に脅威の先送りは許されない」
 (絶対的 どうかん!)
・「ここから何を教訓としてくみとるかー原発撤退の決断と本当の安全優先の体制」

(二木) ほんとうに我々は「安全神話」から抜け出して、さあどうするのかという道は二つしかないと思うんですよ。
前に行くか、後ろに下がるかということなんですが、そういう意味では大きな契機になるだろうし、不破さんのこういう質問も積み重ねの中で今回、いろんな議論の問題点につながっています。

(*その通り!
不破哲三 「『科学の目で』原発災害を考える」(日本共産党中央委員会出版局)
・・・・
≪これまでの国会質問から≫
・形だけの審査体制。使用済み核燃料の危険性(1976年)
・スリースマイル事故の教訓もそっちのけ(1980年)
・東海大地震の予想震源地でなぜ原発増設を認めるのか(1981年)
・国際条約違反を承知で「推進機関」に規制を任せる(1999年)
・大災害でも司令塔を立てられない日本の体制
・専門家といっても何の専門家なのかが問題

ー読むべし!)
―――――――――――――――――
【しんぶん赤旗】2011年8月3日(水)・7,8,9,10面
「日本共産党創立89周年記念講演会」 を読む。

★危機をのりこえて新しい日本を★
 志位和夫 委員長の記念講演
(見出し)

*国民のなかの大きな変化と、日本共産党との共鳴
*大震災ー社会的連帯の広がりと、立党の精神にたった日本共産党の奮闘
・「自己責任」論を国民的にのりこえ、社会的連帯を求める変化が
・被災者の苦しみに心をよせてー被災地で、募金で、ボランティアで

、、、私(志位)も、何度か、被災地に伺いましたが、どこでも、日本共産党員が、自ら被災し、かけがえのない家族や友人を失いながら、救援・復興活動の先頭にたってがんばっている姿に接し、胸が熱くなる想いでありました。

大震災によって、わが党も、49人の同志が命を落とし、10人が行方不明という犠牲をこうむりました。
少なくない「しんぶん赤旗」の読者、支持者の方々も失いました。
地方議員では、岩手県・陸前高田市の及川一郎市議会議員が亡くなりました。
・・・(*合掌*)・・・
及川一郎同志の奮闘を、みんなで心に深く刻みたいと思います。

被災地の日本共産党員のみなさんが、避難所で、仮設住宅で、破壊された漁港で、地方議会で、被災者救援の先頭に立ち、切実な要求を掲げて政治を動かし、住民の信頼を高めている。
これは、「国民の苦難軽減のために献身する」という日本共産党の立党の精神を体現したものであり、わが党の誇りであります。
(拍手)
・・・・・・
・・・・・・
・日本共産党に託された「震災募金」は、8億8千万円を超えまして(拍手)、「党機関支援募金」は2億2千万円に達し、合計で11億円という空前の規模となりました(拍手)。
自治体、農協、漁協、商工会議所、商工会などにお届けしていますが、感謝と共に驚きの声も寄せられています。
「カネを出せという政党はあっても、義援金を届けてくれる政党には初めて出会った」(笑い、拍手)という声も少なくありません。(拍手)
ーーー
(*政党助成金を1円も受け取らない上に、義援金を届ける。
阪神大震災の時もそうだった。
パフォーマンスでできるものではない。
他の政党は何百億円も政党助成金を受け取りながら、何をやっているのだろう。)

(*自分のことなんですがね。
私の村は、岩手県の県北の村で、被災地なのですが、村の広報に義援金を贈った人の名前と金額が載るのですよ。毎月。
私の所へも、どこからか電話がありまして、田舎のほうから。
「オメ―の兄弟は、帰ってきて、村へ50万円、家の仏へ○○円、上ゲって行った。
オメ―の名前は、広報にのっていない。なにをやっているんだ!
生活に困っているのか!」
ボクは、とっさに言ってやりましたよ。
「村の広報に、日本共産党中央委員会300万円、と載っているだろう。
それが、オレだ!中に入っている」。

委員長、どうも、すみません。)
ーーーー
*大震災から国民の命を守ってー暗黒政治のもとでの不屈のたたかいの歴史
・関東大震災ー命がけで被災者救援にあたった共青初代委員長
・「昭和の三陸大津波」-苛烈な弾圧のさなかの救援活動

*”財界主導の上からの復興”のおしつけか、”住民合意を尊重した復興”か
・政治を前に動かす変化ー「二重ローン」の解消をめざすとりくみ
・漁業権の絆を分断する卑劣な動きー「水産特区構想」に反対する
・ソニーの無法なリストラ計画ー大震災のときこそ大企業は社会に恩返しせよ
・「ルールある経済社会」-社会的連帯で人々が支え合う新しい日本を

*原発災害ー「安全神話」の崩壊と、日本共産党への注目
・「政治のウソ」が明るみにだされ、「真実を知りたい」という動きが
・国民の声が政治を動かし始めたー原発再稼働と「やらせ」をめぐって

*原発の危険性の本質は何かーいまこそ「原発ゼロの日本」を
・「原発撤退提言」ー原発の危険性を突き詰めて解明し「撤退の論理」を示す
・国民に隠された恐るべき被害推定ー原発は隠蔽と虚構のうえにつくられた

*原発の危険に反対する戦後半世紀余のたたかいの歴史
・原発導入の最初の段階から、危険性に警鐘ならし、住民とともにたたかう
・全国のたたかいで、「原発1億キロワット」の計画を半分以下に抑えこむ
・立地が強行されたところでも粘り強いたたかいが続く

*日本の政治の歪みを正し、社会の姿かたちを変えるたたかい
・「原発利益共同体」-“原子力村のペンタゴン”
・・・・
・・(有名大学の御用学者)、、、原発事故が起った後も、彼らは恥知らずにもテレビに登場し、「ただちに健康に影響はないとかんがえられます」とか、「原子炉格納容器の健全性は確保されていると考えられます」とか、無責任な発言をくりかえしました。
そして、電力会社は、巨大メディアを巨額の広告費で買収し、「共同体」の仲間に引き入れました。

・「原発利益共同体」は、あらゆる異論を排除する「原子力村」をつくり、「安全神話」の製造元となり、国民をウソで欺いて原発を推進し、巨額の利益をむさぼってきました。
ーーーー
(*そういうことか。
1960年代後半、大学の中で「産学共同反対、学問の自由を守れ」の運動があった。
運動まで行かなかったかな。議論はあった。
当時、深く考えなかった。分からなかった。
「産学共同ではなく、学産共同ならいいではないか。
あくまで学問が優先する。学問に産業をしたがえるのだ。」
というような事を言った奴がいて、そこら辺で収まっていたのではなかったか。
だが、そんな、甘いものではなかった。
学者もマスコミも巨額のカネの前には、徐々にだったが、ダメになったのだ。
これからも、繰り返すのだろうか。)
ーーーー
・「原発マネー」で総なめにされた大手新聞に猛省を求める

(*拍手!まったく、その通り。外国特派員協会での講演も読みました。
共産党は、益々大手マスコミから遠ざけられると思います。
本当の事を云うから。
しかし、国民は良く見ていますよ。
深部の目、深部の力、これは存在する。
地殻変動も。信じます。)
ーーーーー
・濃縮ウランも原子炉もアメリカ頼みー対米従属から抜けだそう
・人間らしい社会をつくる大きな展望をもって

*政治が大きく変わる歴史的前夜ー日本共産党への入党を心から訴える
・「二大政党」づくりの動きの行き詰まりと、国民の中に起っている変化
・民間大企業のなかにも深い変化が起っている
・危機をのりこえ新しい日本をーこの大仕事にともにとりくもう
・・・・
・みなさん。
日本共産党員としての生き方は、世間的な出世や栄達とは無縁なものかもしれません。
共産党に入ってお金が儲かることもありません。
(笑い)
それぞれの力に応じて出費も(笑い)お願いしなければなりません。
(拍手)
しかし、みなさん。
不当な圧迫に屈せず、自らの良心と信念を貫く生き方にこそ、ほんとうに人間らしい生き方があり、生きるにたる人生があり、そしてその中にこそ人間の真の幸福があると、私は信じるものであります。
(大きな拍手)
(*拍手・名演説だ!)
――――――

○不破哲三
 「時代の証言」(中央公論社) 2011年
 を読む。

・革新自治体と共社接近ー革新共闘の広がり・
(120~121 頁)

1971年の大阪府知事選、黒田了一さんの勝利は劇的でした。
投開票日は、朝から開票状況を見ながらの与野党記者会見という舞台設定となり、自民党の田中角栄幹事長は、70年の大阪万博成功のあとだけに、現職佐藤義詮氏の勝利に自信満々の風情でした。
ところが第一報は「黒田一位」。
角栄氏は「まだまだ」と頑張りますが、間もなく「黒田当確」。
強気の角栄氏も兜を脱ぎ、私に向かい「これからは共産党に選挙のやり方を教わらんといかんな」と、この人らしからぬ言葉を述べたものです。
ーーーーーー
(*ここのところ、目に見えるようだ。
・ボクは、Tさん(故人)の事を思い出していた。
労働組合の幹部の方だった。当時は大阪におられた。
東京に出てきてから、府知事選挙のことを話しておられた。

”、、、どうしても勝ちたかった。
大阪で共社統一候補が決まるなんて夢のようだった。
黒田さんだろ。みんな歓声を上げたものさ。

・・・ビラは連日配った。駅頭、団地、全戸やった。
電話は当たり前だろ。
当たれる人には全部あたった。
やれる事は、全部やった。
でも、相手は佐藤義詮、全国知事会の会長もやっている。
現職だろ。誰でも知っている。
黒田さんは、知名度で落ちる。
どうにかできないか。

それで、最後にやったのさ。「迷子の呼び出し」さ。
全員で、一斉に、街へ散った。
駅と云う駅、デパートというデパートでやってもらったのさ。
「黒田さ~ん。黒田さ~ん。○○さんが、○○にいます。」
「クロダさ~ん。クロダさ~ん。大至急、改札口まで、、、。」
街宣車の連呼と同じさ。何日やったろー。

黒田了一さんが当選した。党首の記者会見があった。
宮本顕治さんは、
「あははは、敵は油断していたからねー。あははは」、とやった。

痛快だった。”
ーーーーーー
*Tさん、定年退職して翌年、フランスへ1年間遊学された。
学生(京都大学)時代からの夢だったと、、。

帰国して2年後、急逝した。64歳だった。
亡くなる1年前、西宮市のご自宅へお邪魔した。
奥さまと本とCDと花の家だった。

亡くなられて、もう7年、いや8年か。

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August 25, 2011

新聞・ラジオ・テレビ・電気代

2011年8月X日

★7月24日(日)にテレビをぶん投げてから、約1カ月。
8月分の電気代の請求がきた。
合計 ¥8,961 ・これを昨年と比べてみると、
昨年  12,532
なんと、対前年比0,699で、(30,01%)の節約となった。
7月は、電気ポットを止めたり他で、対前比0,830、(17、0%)の減だった。
・「週刊ポスト」だったか、”電気消費量は、クーラーよりテレビの方が大きい”と書いてあったが、本当の事かも知れない。
ボクは、クーラーは28度設定でヅーット使っている。去年と同じだ。
(電気代の中には、太陽光促進付加金 11円も入っている。ちゃんとやれよな!東電!)
ーーーーーーーーー
★そういう訳で、ラジオを聞く時間が多くなった。
ラジオは文化放送が中心だが、この頃は、NHK,TBSにも、耳を伸ばしている。
特に、夜は野球中継だけになるから、FMとかも聞く。
文化放送のアナウンサーとNHKのアナウンサーでは、話のトーンとかスピードが微妙に違う。
庶民性とかインテリ風とか。ここがおもしろい。
せっぱつまっていたり、いつも落ち着いていたりで。
局の文化の違い、というものだろうか。
・・・
・・・給料の違いは、あるのだろうか。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
★8月12日・夜。NHKの歌番組を聞く。
・高原列車は行く
・山のつり橋
・国境の街
・みちのく一人旅
・岩手の和尚さん
・とんがりぼうしの時計台
・高原の駅よさようなら
・誰か故郷を思わざる
・みだれ髪
・青葉城恋唄
・栄冠は君に輝く
・ヘッドライト
・津軽平野
・別れの一本杉
・ああ上野駅
・りんご村から
・おしんの子守唄
・北国の春

(ラジオの良さ。それは映像だ。ラジオの映像はテレビの100倍も美しい。
・・・流るる水を ながむれば 夢はずかしき 涙かな・・・。
しまざき とうそん)

【東京新聞】2011年7月3日(日)朝刊・5面
(太郎の国際通信)
◆「捨てたものでないラジオ」
・・・・・・・・
「ラジオはヒトを二倍ハッピーにする」
こんな見出しの記事を英紙に見つけて、それこそ私がハッピーになった。

・「二倍ハッピーに」
・「感情に大きな影響」
・「想像をかき立てる」
、、、ラジオは音だけの世界だけに、映像を駆使したメディアよりも想像をかき立てる力がある。
それが、ヒトの脳を快く刺激するのかもしれないなどと考えた。・・・・
(同感!)
(*思い出した。木村太郎さん、ヨシダテルミさんと、仲直りしたのかな?
文化放送の”・・・また、また、おりこうに、なっちゃたー”、という番組だったかな、、、。
帰っちゃたの。)


*隣の、「社説:原発の反面教師たれー週のはじめに考える」・もちゃんと読んでいる。
・二本松「戒石名」の教え
 爾俸爾禄
 民膏民脂
 下民易虐
 上天難欺

―――――――――――――――
【しんぶん赤旗】2011年7月24日(日)・(また、テレビが止まった日に戻った)を読む。
★浜岡原発 廃炉へ5000人
 静岡集会 周辺市町ら出席・賛同
 志位委員長があいさつ
(4面)
*「浜岡原発の永久停止・廃炉を求める静岡大集会」での
日本共産党の志位和夫委員長のあいさつ・・・・
 
◆”「原発ゼロの日本」へ浜岡から発信しよう”◆
 静岡集会 志位委員長のあいさつ

・・・・
・この間、福島原発事故が起り、そのあと浜岡原発は停止となりました。
この原発をとめた力はどこにあるのか。
官直人首相の力ではありません。
1967年に計画が持ち上がって以来、長年にわたって浜岡原発に反対し、中止を求めてきた静岡県民のみなさんのたたかいの力だということ(拍手)、県民のたたかいの第一歩の勝利だということを、みなさんへの心からの敬意をもって申し上げたいと思います。(拍手)

○震源域の真上にたつ浜岡原発の危険
・・・・・
・政府は、津波対策として「防波壁」をつくるなどすれば、運転を再開して結構だといっています。
しかし、「防波壁」をつくれば、地震が来なくなるとでも言うのでしょうか。
とんでもない話ではありませんか。
ーーーー
(*そうか。政府は、福島原発事故の原因は津波である。
あくまで地震によるものではない、と云う立場なわけですか。
福島のこと、分からないことの方が多いのに。
地震、津波両方が事故原因になっている可能性も高いですよね。

・原子炉内の温度だって、全然下がっていないではありませんか。
もう少しで半年も経つのに。94度、116度、124度だとか。
水を毎日何トンも入れているのに。
水は、何処へ行っているのですか。

・放射能も出し続けているわけですね。)
ーーーー
私は、三つの大問題をいいたいと思います。
第一に、浜岡原発が、東海大地震の想定震源域の真上にたっている、この事実は動かしようがないということです。
震源域の真上にたっているというのはどういう意味でしょうか。
東日本大震災の震源域は海底でした。
岩盤が7㍍も隆起する地殻変動が起りました。
それが大津波となって襲ったのであります。

浜岡原発が、東海地震の想定震源域の真上にあるということは、その真下で同じような地殻変動が起る危険があるということです。
それが起ったら、原発が立地している地面そのものに巨大な地殻隆起や、地殻変動が起ることになります。
東日本で海底で起ったことが、ここでは地面で起る危険があるのです。

たとえ原発が頑丈につくられていたとしても、立っている地面そのものが破壊されれば、複雑な配管や装置のかたまりである原子力プラントの破壊は避けることはできない。
そのことは、誰が考えても当たり前の話ではありませんか。
(拍手)
ーーーー
(*なるほど。地面そのものがやられる。
その可能性。ありますよね。
この問題提起、重要だ。)
ーーーー
○「想定地震M8・4」は成り立たなくなった

第二に、私が訴えたいのは、これまで浜岡原発の想定地震はM8・4とされてきましたが、この想定そのものが成り立たなくなったということです。

東日本大震災は、地震についての学問的知見を根底から見直すことを迫るものとなりました。
この超巨大地震をうけて、東海地震、東南海地震、南海地震、この三つの地震が3連動で起る危険が指摘されています。
3連動地震では、M9以上を考えるべきだと、多くの学者が指摘しています。
M9といいますと、M8.4のエネルギーの8倍になります。
だから、想定地震をM8.4のままとして、大丈夫などということがいえるわけがないではありませんか。

この原発は「固い岩盤の上にあるから大丈夫」と説明されてきました。
しかし、それもウソでした。
2009年8月の駿河湾地震は、M6.5程度でした。
ところが、浜岡5号機は設計値を大きく超える振動が観測されました。
専門家は、「浜岡原発自体が地震波を大きく増幅させる構造になっている」と指摘しています。
M6.5でも設計値を超えたのです。
M9と云うのはM6.5のなんと5600倍のエネルギーです。
M9の巨大地震がおそったら、「固い岩盤の上にあるから大丈夫」などとは絶対にいえないということを私は訴えたいとおもうのであります。(拍手)

○出力日本一の超巨大原発

・第三に、いま停止中の浜岡原発の3、4、5号機は、どれも出力100万キロワット以上の巨大原発だということです。
特に5号機は、138万KWです。
日本にある54の原発のうち、これ以上大きいものはありません。
日本一大きい出力を持つ超巨大原発が、浜岡5号機なのです。

福島第一原発で事故をおこし、格納容器が破損した1,2,3号機は、出力が46万キロワットから78万キロワットです。
それでも事故を起こしたときの被害の甚大さは、私たちが目にしているとおりです。
浜岡5号機は、福島原発の2倍から3倍もの出力をもっています。
原子炉というのは、出力が倍になれば、おなじ形をしていてもまったく違う原発になるといわれています。
こうした超巨大原発が重大事故をおこしたときの被害は、福島原発よりも桁違いに深刻なものとなるということを強調しなければなりません。

だいたい地震の想定震源域の上に原発をつくったことそのものが間違いでした。
浜岡原発は、永久停止・廃炉にするしかありません。
それ以外に静岡県民の命、日本国民の安全を守るすべはありません。
みなさん、一緒にがんばっていこうではありませんか。
(大きな拍手)
ーーーーー
{*なるほど。
すご~く、勉強しておられる。
政府は、ちゃんと聞く耳をもつべきだ。
福島原発事故だって、共産党の吉井質問等を聞いて、手を打っておけば、今のようにはならなかった。

・そうだ、自然界だって、天敵がいるから、バランスを保って、体系を維持していけるのだ。
政治でも、多数派は意識して反対者の意見を聴くべきだ。
少数者の意見でも、優れたものは、採用するべきだ。
マスコミとか言論人も、政権党の人と人との関係だけを報道するのでなく、少数派でも正鵠を得た意見を報道し、紹介するべきだ。
その判断ができるだけのマスコミであってほしい。
現在は、民・自・公の枠内で同じような話だけ報道している。

天敵を探すべきだ。

「(1930年代)、、、さらに悪いことは、日本の議会政治の慣習に不慣れなその支持者たちが、少数派の権利をなぜ擁護しなければならないのか、その理由を理解しなかったことである。」
(E.O.ライシャワー「ライシャワーの見た日本」(徳間文庫)1991}
ーーーーー
○原発と人間社会は両立しえない
・・・・福島原発事故ではっきり示されたと思います。
・・・・原発事故のもつ他に類をみない「異質の危険」を感じていると思います。
ひとたび重大事故がおこり、大量の放射性物質が外部に放出されたら、それをコントロールするすべを人類はもっていません。
・・・・
・・・・
ひとたび事故がおこれば、被害を「空間的」「時間的」「社会的」に限定することができない。
こんな事故は他にありません。
この危険をなくす方法はただ一つ、原発そのものをなくす以外にありません。
(拍手)
ーーーーー
{同感!
ところで、民主党の党首選びだが、5人とか6人とか7人が立候補するようだが、誰一人脱原発は言わない。
この点は、菅さんより後退している。
度胸がない。臆病だ。
我々もあまり期待はしていない。
誰がやっても同じと皆思っている。

・しかし、全員に聞きたいのは、福島原発についての現状認識のことだ。
(被害保障のこととともに)福島原発の現状をどれだけ把握しているのか、一人一人に聞きたい。
「調査なければ発言権無し」(毛沢東)だ。
「現状の正確な把握、分析なくして、正しい方針は生まれない」。
収束の方向も見えてこない。

・福島をコントロール出来なければ、日本をコントロールすることなどできない。
第1原発(1号機、2号機、3号機、4号機)、今どうなっているのか。
第2原発も。
一人一人どこまで調査、研究しているのか。
「東電」まかせではなく、首相(候補)の言葉を聞きたい。
(東電に言いたいことは、山ほどあるが)

・そこから先ず始まるのだと思う。
・カンナ屑のような説明では、誰も納得しない。}
ーーーー
○莫大な「死の灰」を閉じ込めることはできない

・人類は、この漠大な「死の灰」をコントロールする方法をもっていません。

(*死の灰、に怯える日がくるとは、、、。
本当に恐いのは、これから何年か先だ、、、、。)

―――――――――――――――
【東京新聞】2011年5月20日(金)・夕刊・7面(文化)
*池内 了(いけうち・さとる) 氏
 (総合研究大学院教授・宇宙物理学) 
・「浜岡原発は永久停止に」
・「永遠の成長路線に打ち止めの好機」

【同】6月24日(金)・夕刊・7面(文化)
*池内 了(いけうち・さとる) 氏
 
・「技術の見直し」
・「小型、分散、多様化で未来の先取りめざせ」

(*読んだ!)
――――――――――――――――
【東京民報】2011年7月31日・8月7日合併号・1面
*小沼 通二 さん
(世界平和アピール7人委員会
1931年生まれ。慶応義塾大学・武蔵工業大学名誉教授・
日本物理学会会長他、、歴任。)

・「原発のない世界考えよう」
・「”見切り発車”だった原発推進」

(*読んだ!)


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August 22, 2011

金剛山歌劇団2011東京公演「虹の彼方へ」 を観る。

2011年7月27日(水)・新宿文化センター大ホール・満席

★金剛山歌劇団2011東京公演 「虹の彼方へ」
(主催:金剛山歌劇団東京公演実行委員会/日朝友好促進東京議員連絡会)
(後援:日朝友好促進東京都都議会議員連盟/東京・ピョンヤン友好交流会議)
を観る。

(・チマ・チョゴリ―の女性、青年が多い。会場全体、若さがある。)

★(インサ)・ごあいさつ・
・金剛山歌劇団 東京公演共同実行委員会
(在日本朝鮮東京都商工会、同新宿商工会、日朝友好促進東京都議員連絡会)

・・・本日は金剛山歌劇団東京公演にお越しいただき誠にありがとうございます。
また、東日本大震災で被災された在日同胞と日本の皆さんに、心からお見舞い申し上げます。
私たちは、大震災により耐えがたい困難に直面している在日同胞と日本の皆さんに、復興の力と元気を与える場になればと願い、本日の公演を催しました。
金剛山歌劇団は、創立以来56年間、日本全国はもちろん中国、ヨーロッパ、アメリカなど世界各国で朝鮮芸術の
優雅な舞台を披露し、朝・日間の文化交流と国際親善に貢献してきました。
本日の公演は、朝・日親善の懸け橋を渡し、ともに難局を乗り越えて行こうとのお思いを込めて、東京の地方議員の集まりである日朝友好促進東京議員連絡会が共催者となりました。
みなさん、今宵は朝鮮の芸術をごゆりとご堪能ください。

★(インサ) ごあいさつ
・金剛山歌劇団 団長 李 龍秀

・・・東日本大震災で被災された皆さまに、心からお見舞い申しあげるとともに、被災地の一日も早い復興をお祈り申し上げます。
今年の金剛山歌劇団公演はそんな皆さまを応援する公演です。
黒雲が空を覆い、激しい嵐を予測させるような社会的な不安の中で暴風雨が過ぎた後に美しい虹がかかるように希望にあふれる未来がやってくるという確信を〈虹の彼方へ〉というタイトルに込めました。
私たちの舞台が未曾有の災害で心の傷をおった皆さまのその痛みを少しでも和らげる、明日への力と勇気を与える楽しい一時となれば本当に幸いです。
この度の大震災に際し朝鮮赤十字会は被害にあわれた日本の皆さまに対し支援金を日本赤十字社に送りました。
私は朝鮮と日本の不幸な関係が続く中でも人々の災難や不幸を案じ同情する心には変わりがないと思います。
平和で希望に満ちた未来のため一日も早い国交正常化が成し遂げられる事を切に願います。
最後に本公演実現のため尽力された実行委員会の皆さまに感謝申し上げると共に、金剛山歌劇団への一層のご支援ご鞭撻をお願いし挨拶といたします。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
●第一部
1、混声重唱
 「虹の彼方」
(・男性3人の重唱・スーツにネクタイ・端正な佇まい・声が良く透る。)

2、男性独唱
 「幼き頃の想い」
 ・・・幼き頃、異国に住みながらも・・・たくましく生きている在日同胞の想いを込めた曲です。
 1998年に作られました。・・・

3、女性4重唱
 「2011/口笛2011」
(・民族衣装ーチマ・チョゴリ―姿が映える。女性4人の重唱。拍手!
この曲は、日本でも芹澤洋子さんによりレコーディングされている。)

4、混声重唱
 「コマウォ」
 ・・・この歌は、、、、友への感謝の気持ちを「コマウォ」(ありがとう)という素直で、飾らない言葉で伝えたいという想いを込めて作りました。
(作詞、作曲・朴志順)

5、チャンセナプ独奏
 「喜びのアリラン」
 (・これは、明るいアリランだ。出演:崔栄徳、は名人だ。
エネルギーと情感と。チャンセナプとは、こんな吹奏楽器だったのか。
アンコールに応え、オーバーザレインボー、を吹く。)

6、男性独唱
 「マイ・ロード」
(・出演:李栄守・ギター片手に歌う。
アンコールは、「上を向いて歩こう」。会場が合唱で湧く。)

7、打楽器演奏
 「Fusion Music of Korea」
・・・わが国の代表的な民族打楽器であるチャンゴと、洋楽器であるドラムセットをコラボし、朝鮮半島固有のチャンダン(リズム)を基本パターンに・・・する。(解説より)

(・躍動感がある。チャンゴは和太鼓と似ているところもある。よく研究しているものだ。)

●第2部
(踊り)
1、群 舞
 「繚 乱」

2、独 舞
 「菩提薩埵」
 (・女性の舞踏・菩薩はこんなに艶めかしいのか。拍手!)

3、群 舞
 「錦の山河」

4、双 舞
 「双剣対舞」
・・・18世紀、、、の画家、シン・ユンボクの名画「双剣対舞」を舞踊作品化しました。(解説)
(・うまい。韓流映画の中で見たことのある剣舞がでてくる。)

5、群 舞
 「農夫の踊り」

6、群 舞
 「未来にむかって」

7、農 楽
 「農楽舞」
ーーーーーーーーーーー
(*たっぷり2時間。
笑顔がいっぱいだが、舞台は緊張して研ぎ澄まされている。
観客との一体感、若々しさ、何かを求めている。
我々にとっても、なにかの、ヒントがある。)
―――――――――――
*公演終了後、歌声喫茶「ともしび」へ寄る。

(此処の魅力は何なのだろう。
やはり、文化だ。)

 

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柴崎千明「舞字教室第6回作品展」(ギャラリーHIPPO) を観る。 

2011年7月24日(日)
・今日の12時でテレビが映らなくなった。
何時も見ている、「朱豪」(テレビ東京)、を見られなかった。
携帯で見ていたが、途中で止めた。

(外へ出よう!)

・久しぶりに、ギャラリーHIPPO(神宮前)へ、
「柴崎千明 舞字教室第6回作品展」 を観る。

“各々が自由に表現した舞字(MY字)の世界を是非ご覧ください”

・danceの舞とmyの舞を結びつけている。

*柴崎千明・「鎮 魂」・が見応えがあった。

一見、何かな?思うが、じっくり見ていると、般若心経、全文であることが分かる。
曼陀羅のようでもある。
ムンク「叫び」の世界でもある。

・何万回行ったことだろう。写経を。

・ご本人のはなし。
「東日本大震災があって、、、。
亡くなられた方々、被災された方々がいて、、、。
自分には、なにもできなくて、、、。
せめて、書だけでもと、書きました。」

・「鎮魂」・素晴らしい作品だ。

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August 18, 2011

かしわ

2011年7月16日(土)
*つくばライナー「柏の葉キャンパス」駅、で降りる。
駅周辺、開発途上だ。
超高層マンションが立ち並んでいる。
テレビが地デジ化する前、「報道ステーション」(テレビ朝日)で紹介されていた。
街全体、地産地消の発電設備が完備していて、電力を自前でまかなっているとか。
「ララポート柏の葉」へ入る。涼しい。
おしゃれな店が並んでいる。

・一方、柏市の汚泥問題もある。
放射能汚染があったとか。
ラジオで聞いた。アエラの編集長が話していた。
原発被害は広がる一方だ。
心配だ。

★今日、柏へ来たのは、結婚式出席のためだ。
「アニバーサル 柏」、という式場で行われた。
大震災を挟んで、10ヶ月間に2回目の結婚式、と相成った。
なかなか、盛会。
新郎の学生時代の友人か、屈強の男10人が裸踊りを披露した。
「空極のクールビズ」(笑点)、赤ふんどし1枚でやるのだ。
四股を踏んだり、旗を振ったり。
応援団か体育会系の「伝統」なのだそうだ。
新婦の御両親様ほか驚いていたが、受けていた。
まあ、何時の時代も、持つべきは、ほどほどに良い友人だ。

・二次会へ向けてのヒソヒソ話を聞く。独身女性陣だ。
「ねー、ねー。あの裸で踊った人たち、二次会へ行くんだって」
「行く!わたしも二次会へ行く!」
後で聞いたが、二次会は超満員だったとか。

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August 17, 2011

「第28回 全日本武術太極拳選手権大会2011」(東京体育館) を観る。

2011年7月9日(土)

「第28回全日本武術太極拳選手権大会 2011・
第11回世界武術選手権大会(トルコ・アンカラ市)・日本代表選手選考会」
(東京体育館・7月8・9・10日)

主催: (社)日本武術太極拳連盟
主管: NPO法人東京都武術太極拳連盟
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
*昨年に続いての参加(見学)・道場の先生、先輩方と一緒*

{”28th All Japan Wusyu Taijiquan Championships”
 加油!! 東北!
 太極拳の仲間を支えよう!}

・スローガンの入った団扇を貰う。

・3日間で120数組が競った。
1組、6~11人だから、かなりの参加者だ。
・2階の観客席は、6割の入り。応援団が中心だ。

・ジャージュ―!とか ダ―ユー!とかの中国語の激しい声援が飛ぶ。
ーーーーーーーーーーーーー
*競技の種類・(男女それぞれにある)*
多いこと、多いこと。

・長拳 ・剣術 ・刀術 ・南棍 ・棍術
・槍術 ・32式剣 ・42式剣 ・呉式剣
・陳式剣 ・楊式刀 ・南刀 ・南拳
・24式太極拳
・48式・88式太極拳 
・伝統拳術(四路査拳・査拳・鷹爪拳・虎拳・南拳・翻子拳・通背拳・・)
・孫式太極拳
・楊式対極拳
・陳式太極拳
・呉式太極拳
ーーーーーーーーーーーーー
*大刀、槍、棍棒 を振るっての競技は、気合いと大音声が入る。
関羽、超飛、三国志の世界だ。


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August 06, 2011

「君が代」の強制に反対する。

2011年8月x日・新聞を読む。

【東京新聞】
*2011年6月4日(土)・1面
(見出し)
『大阪府議会 君が代起立条例成立』
・浮上1か月 維新の会が押し切る・
・・・・・・・
橋本知事は、起立を求める職務命令を拒み続けた教職員を懲戒免職処分とする方向で検討する意向を表明。
処分基準を定める別の条例制定を9月議会で目指しており、教職員に対する一層の管理強化を図る方針だ。
・・・・・・・
{*文化放送で、あるコメンテーターが、「(橋本知事のやり方は)まるで北朝鮮ですね。北朝鮮と同じですね」と言っていた。
右派の評論家、スズキクニオさんもかなり強い口調で、大阪のやり方を批判しておられた。
維新の会とか。何かを想起させる。皇道派とか。
あの、記者会見なども、なにか胡散臭いものがある。}
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【全国商工新聞】
*2011年6月20(月)・7面・視点
(見出し)
『大阪府の「日の丸・君が代」条例・
教育へのあからさまな権力介入』

自由法曹団大阪支部長・弁護士 伊賀 興一・ を読む。
・・・・・・・・・
・橋本知事は、、、、「国旗、国歌を尊重しない公務員はやめろ」と豪語しているという。
まさに「殿様気取り」である。
・・・・・・・・・
・マスコミ受けを利用した一発発言などから、橋本知事には政治哲学がない、との批判が強い。
しかし、ここで今一度見ておかねばならないのは、関西財界がかねてから提唱していた道州制導入などをおうむ返しのように言っているだけという点であろう。
確かに、橋本知事の言動からは政治哲学が全くみられない。
関西財界の提唱する政策をうのみにしているだけだからだ。

大阪府は現在、生活保護世帯が沖縄に次いで人口比が多い地域となっている。
学力テストにおいても、大阪府は下から数えた方が早い位置の成績である。
府民生活の向上は大阪府政にとって急務であるはずだ。
大阪府下の児童・生徒たちの学力向上は生活向上なしに図れるものでないことは常識である。
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
今回の条例制定によって、教職員を「懲戒処分」で脅かして「日の丸・君が代」を学校において強要することで、児童・生徒の「愛国心」の高揚をもたらし得るし、それが学力向上につながるという思想を(橋本知事は)持っていることだろう。
はたして、教職員が懲戒免職で脅かされる教育現場で、児童・生徒が持つ学習権を十分保障する教育成果が期待できるだろうか。
断じて、否、である。
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
橋下知事の人気はある意味で大阪府下においては圧倒的とも言われているが、橋下知事就任後今日まで、府民生活に関して「よくなった」と感じている府民は、なんと「ゼロ」という新聞社のアンケート結果も公表されている。
橋下知事の人気は実体を伴っていないのである。
今回の暴挙は、橋下「殿様気取り」の終焉の始まりとみるべきだろう。
(拍手)
ーーーーーーーーーーーーー
【東京新聞】
*2011年6月26日(日)・7面・特集
(見出し)
「君が代起立斉唱命令 最高裁判決検証・
『合憲』でも意見多様」
 
・「卒業式では起立して君が代を斉唱するように」との教員への職務命令が、思想・良心の自由を保障した憲法19条に反するかどうかが争われた一連の裁判で、最高裁は5月末以降、相次いで合憲判決を出した。
15人の全裁判官のうち長官を除く14人が判断を示し、個々の裁判官の考えの多様さが目立った。
司法の頂点にいながら、顔がなかなか見えない裁判官たちがどうかんがえたのか。
判断を検証した。
(小島麻友美・飯田孝幸)

*「処分に慎重対応要求」

・裁判を起こした元都立高校教諭らが、君が代の起立斉唱の職務命令を拒んだのは、
「戦争中の軍国主義、侵略戦争のシンボルだった日の丸と君が代には敬意を示せない」との理由からだ。
思想・良心の自由は、信教の自由などとともに精神的な自由に関する憲法の規定の中核とされる。
それだけに裁判では、判断する裁判官自身の内面や価値観も問われた。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
司法行政のトップも務める長官は小法廷の審理に加わらないため、14人の裁判官が関与。
12人が合憲の法廷意見(多数意見)に賛成し、二人が反対した。
結果からみると「12対2」だが、12人のうち7人がさらに個別に説明を加える補足意見を付けた。
・・・・・・・・・

*「教育現場進む”強制”」
・日の丸、君が代は戦後、法的な定めがないまま国旗、国歌として扱われたきた。
学習指導要領は1989年に国旗掲揚、国家斉唱が「望ましい」から「指導する」へと改訂したが、東京都などの教育現場では実施率は低いままだった。
・99年2月、、、、政府は国旗・国歌の法制化に動いた。
野中広務官房長官(当時)は「斉唱する自由もあればしない自由もある。義務付けを行うことは一切考えていない」と国会答弁。
有馬朗人文相(同)も法制化による指導強化は否定した。
しかし、実際には各教委による強制が進み、東京都は2003年、教育長通達で義務化し、翌年度には従わなかった200人近くを処分。
その後も200人余りが処分された。
大阪府では今月3日に起立斉唱を義務付ける条例案が府議会で可決された。
・・・・・・・・・
ーーーーーーーーーーーーー
*早稲田大学大学院(憲法)
 戸波江二(となみ・こうじ)教授

”「違憲ではないが不適切」の声”
ーーーーーーーーーーーーー
*審理に参加せず 竹崎博充長官
*長官除く14判事判決への姿勢*
*法廷(多数)意見 12人
▽補足意見なし
「心の制約に合理性」
古田佑紀氏
横田尤孝(よこたともゆき)氏
桜井龍子氏
白木勇氏

▽補足意見あり
金築誠志氏
「対立の影響防げ」

竹内行夫氏
「国家に敬意常識」

須藤正彦氏
「寛容の精神必要」

千葉勝美氏
「自発的な敬愛に」

那須弘平氏
「式典協力は義務」

岡部喜代子氏
「裁量権の逸脱も」

大谷剛彦氏
「相互理解に期待」

○反対意見2人
宮川光司氏 (第一小法廷)

「教育の信念否定」
・国旗に対する敬礼や国家斉唱は、多くの人にとって自発的な行為であり、式典での起立斉唱は儀式におけるマナーでもある。
しかし、日の丸・君が代を軍国主義などのシンボルとみなし、平和主義や国民主権とは相いれないと考える人も多数存在している。
原告らに起立斉唱は儀式的行為ではなく、自身の歴史観や世界観にとって譲れない一線を越える行為。
原告らの思想・良心の核心を動揺させ、人権の尊重などを強調してきた教育者として、その魂というべき教育上の信念を否定することになると思われる。
憲法は少数者と多数者の思想・良心を等しく尊重しており、思想・良心の核心を強制することは許容していない。

(・なるほど!)

・田原睦夫氏 (第3小法廷)

「斉唱は内心侵害」
起立斉唱のうち、起立行為は一般的、客観的に式典における慣例上の儀礼的な性質を有し、国家斉唱時に起立を求めることは原告らの歴史観や世界観を直ちに否定しない。
しかし、斉唱は積極的に声を出して歌う行為であり、国家に対して否定的な歴史観などを持つ者にとっては、その歴史観などと真っ向から対立するため、斉唱を職務命令で強制することは内心の核心部分を侵害し得る。
職務命令違反については、違反の内容が座視できないか、校務運営に相当程度の支障を生じさせるようなものでない限り懲戒処分とすることは原則、裁量権の乱用にあたる。
職務命令の対象が、思想・良心の自由にかかわる場合は、なおさらである。

(・裁判官は、暗い人だけではないようだ。)
――――――――――――――――――
●ボクが、僕たちが、初めて「君が代」を聞いたのは何時のことだったろう。
学校で、ではなかった。
小学校の入学が昭和29年4月だが、入学式の日、「君が代」を歌った記憶はない。
当時岩手県に3人いると云われた「日の丸校長」の学校だったが「君が代」は無かった。
小学校にオルガンを弾ける先生がいなかったためかと今思う。
その校長は、(ぼくたちの同じ村、隣の部落出身だった。彼が偉くなれたのは軍隊のおかげと皆が言っていた。暴力校長で有名だった。)
2年になる時、転勤した。
(亡くなって20年は経つのか。)

・部落に電気が通ったのが、同じ昭和29年で、家にラジオが入ったのは、確か32年か33年だ。
ラジオで初めて「君が代」を聞いた。
大相撲でではなかったか。
小学校の3年か4年の頃だ。
それまで聞いたことの無い曲だった。
重たくて暗くて。

歌詞は、何時覚えたのだろう。
小学校の音楽の教科書に「君が代」があったか、どうだったか。
意味は分からなかった。
「君」は「あなた」という意味ですよ、と教えられた事があったように思う。
「天皇」のこととは思わなかった。
何時頃だったか、「君が代」の曲を聞くと小屋を作って皆で遊んでいたが、その時の「秘密結社」の歌だと思っていたこともある。
運動会の時、君が代の曲が流されるようになった。
意味が分からなかった。
運動会の時の音楽は、「若い力=若い力と感激に、もえよ若人胸をはれ・・」、
「聞けやこの歌を、この調べを、我ら若人肩を組み、、、、、」、
あと「空の雲 輝きて 光みつる、このかどで、、、、」。
表彰式の時の音楽だ。
これが主役だった。
君が代は、沈んでいる。
そうだ、病気や怪我で参加できない人のための音楽だ。
その人たちを慰めるための曲だ。
それで「君が代」を流しているのだと、自分で決めて、思っていたものだ。

*中学、高校と歴史を勉強するようになった。
「君が代」「日の丸」についても、少しは分かるようになった。

*東京へ出てきた。
1966年だが、あの頃「君が代」と云えば右翼団体の街宣車の専売特許だった。
物凄い音量で「君が代」lを流して走りまわっていた。
ボクは、最初こういう人たちが「昭和天皇」の側にいて仕えているのだろう、と思ったものだ。

1999年だったか、「日の丸」「君が代」が「国旗・国歌」と制定された。
右翼団体は、街宣車で「君が代」を流さなくなった。静かになった。
どういう訳だろう。
代わって、橋本大阪府知事とかイシハラ都知事が強制するようになった。
――――――――――――
●「君が代」の歌詞は、江戸時代の「隆達節(りゅうたつぶし)」の巻頭第一にある。
さかのぼれば古今集には、初句を「我が君は」とした和歌がある。
作曲は1880年(明治13)、宮内省。
93年(明治26)、小学校における祝祭日の儀式用唱歌として公布され、明治憲法下で、天皇の治世を祝う国家と解されて歌われてきた。
(広辞苑)
ついでに、「隆達節」とは、
江戸初期の流行歌。
泉州堺にある日蓮宗顕本寺の僧隆達(1527-1611)が創めた小歌。
1600年(慶長5)頃に流行、近世小唄の源流をなした。(同)
―――――――――――――――
●「君が代」の曲は誰が作曲したのだろう。
どんな音楽教育を受けた人が作曲したのだろう。
明治13年・宮内省作曲と云うが、当時の日本の音楽のレベルは高くなかった。

「われわれ自身の豊かな音楽的伝統の中で育ってきた人はだれでも、当然、日本文化における音楽の地位はどんなものかと思うであろう。
音楽は、日本でも我々の場合とほとんど同じ位置を占めており、そのことはわれわれがすなわち民俗音楽、宮廷音楽、器楽および声楽の舞台音楽などに与えたあらゆる役割に現れている。
しかしながら、日本では、また全極東においても、西洋が過去数世紀間に経験したような急速な発展はなかったのである。
中国人と同じ様に、日本人は、和声と対位法の可能性を探求することはできなかった。
日本人の絵画技術は、ある面で技巧的にも美的にも、われわれのものよりもはるかに優れているが、その音楽は、近代に於いては、われわれのものよりも技術的に遅れている。」
(E・O・ライシャワー/林伸郎訳「ライシャワーの見た日本」(徳間文庫)・1991)
という指摘もある。

・「曲」の面から云っても、明治13年作曲の君が代は、現在の「日本を代表」するものと云えない。
学校現場に持ち込む時は、生徒に最高のものを贈る、という原則をふまえなければならない。
「君が代」は原則からはずれている。

★「君が代」の曲の底流にある物は何だろう。
何処かで聞いたことがある。
ボクは、仏教音楽だと思う。
お葬式のとき聞く、お経だ。
読経、声明、子どもの時聞いた御詠歌だ。
「君が代」の曲の基は、ここら辺にあるように感じる。
明治13年(1880)、宮内省の作曲家は仏教をヒントにして曲を作ったと思う。
専門家には分かると思うのだけれども。

・日本の「演歌」にも根底には仏教音楽があると云う人もいたと思う。

・「読経」も「演歌」も強制してはいけない。
音楽は、レベルが高くて国民の感情と一致すれば自然に受け入れられていく。
強権で持ち込んだ「国歌」は「反国家」ですらある。
(国民感情ー庶民感情が国歌を作るのだ。)
ーーーーーーーーーーー
●(ライシャワーさんの言った、日本の音楽は遅れていた、というのはこういう作曲が外国では行われていたからかもしれない。君が代が作られた、同じ頃。)
・スメナタ (チェコ)
 「我が祖国」 1879 (明治12)年
 (国家)

・ドヴォルザーク (ボヘミア・チェコ)
 「新世界より」 1893 (明治26)年
 (ーアメリカ的交響曲、、、-)

・シベリウス (フィンランド)
 「フィンランディア」 1900 (明治33)年
 (第2国家)

等、等、、、。
――――――――――
●何時のラジオ放送だったか、土曜日だったか、音楽評論家の方が話していた。
名前は何と言ったか。ゲスト出演の方だったが。
ピアノ演奏を加えながらの軽妙なト-クで結構楽しかった。
作曲家、ショスタコーヴィチ(旧ソ連)について話した。
謎の多い作曲家と云われ、評価も様々だと。
行進曲の多用とか、、、。
最後に、「私はショスタコーヴィッチの曲は、はっきり言って嫌いですねー」と言った。
ボクは、ショスタコーヴィッチの「心さわぐ青春の歌」は今でも歌声喫茶などで歌ったりして、結構好きなのだけれど、音楽評論家の話はとても納得できた。
そして、嫌いな曲は嫌いと云って偉いと思った。
「君が代」も同じだと思う。
「歌詞」については論外だけれど、「曲」も好きになれないと云う人は大勢いる。
そういう人は歌わなくてもよい。
無理な演奏をしてはいけない。聞く方もつらい。
強制してはいけないと思う。
歌や演奏を強制するのは、最高の野蛮だと思う。
ーーーーーーーーーーーーーー
●「大日本帝国憲法(明治憲法)」と現在の「日本国憲法」では、どちらが国民にとって良いかと云うと現在の「日本国憲法」の方が良い。
明治憲法より、日本国憲法の方が発達している。
主権在民の日本国憲法から主権在天皇の明治憲法に戻りたいと云う人は、一部の例外を除いて、日本にはいない。
・絶対的・軍国天皇より現在の「象徴天皇」の方が良い、と云う人が大多数だと思う。

*「君が代」は、明治憲法と皇国史観に照応した「国歌」だ。
「国歌」に決めた事は無い、と云う人もいるけれど。

・次のような指摘もある。
入江曜子著
 「日本が『神の国』だった時代ー国民学校の教科書をよむー」
 (岩波新書) 2001  より

・・・ここで奇妙なのは、たとえば小学校時代の同じ科目のタイトルが「国歌」とされ、文中にも
「どの国にも国歌というものがあって、其の国の大切な儀式などのあるときに、奏楽に合わせて歌います。
「君が代」は、日本の国歌です。
わが国の祝日や其の他のおめでたい日の儀式には、国民は、「君が代」を歌って、天皇陛下の御代万歳をお祝い申し上げます」と国歌であることをはっきり書いているの反して、第5期のこの教材では、タイトルも「君が代」とし、「国歌」という言葉は使われていない点に注目しなければならない。
あるいはこの天皇個人を祝する歌は、一国の国歌という概念を超越するもの、という認識だったのであろうか。
教科書も全学年を通じて「君が代」とだけ記している。
(・第5期の教材というと、昭和16年・国民学校の教材ということですね。
「君が代」は天皇個人を祝する歌で国歌などより偉いのだ、ということですね。)

*あの時代、君が代・皇国史観を国民の中に普及するのに力を尽くしたのは、政府・文部省・マスコミだ。
 
・そして、1945年、君が代・皇国史観は、完全に破綻した。

*日本国憲法が誕生した。
政府・文部省・マスコミは、日本国憲法に相応しい「国歌」を作るように努力するべきだった。
すぐ作れなくても、すくなくても、「君が代=皇国史観」を一掃するため協力しなければならなかった。
ところが、そうはならなかった。
天皇というと誰も沈黙した。保守派が元気になった。
そのうえ、1999年、「君が代」が国歌になったのだ。
おかしな話だ。
「君が代」は、日本国憲法と象徴天皇制を否定し、ある意味馬鹿にしている歌なのだ。
「君が代」を否定して日本国憲法と象徴天皇制ができたのに、それを否定する歌が国歌なのだ。
世の中は、不条理だ。
「国歌」と決めたのだから、有無を言わず従えという考えもあるが、反対意見もあるということを認識するべきだ。
国会で人数が多い方がいつも正しいとは限らない。

・何時の日か、(新しい国歌)を作りたいものだ。

作詞 さすらい 作曲 マスター
1、主権在民と象徴天皇の世は ちよにやちよにさざれ 石の・・・・・
2、恒久平和と象徴天皇の世は ちよにやちよにさざれ 石の・・・・・
2、議会制民主主義と象徴天皇の世は ちよにやちよにさざれ 石の・・・

(ああ、くるしい。)


 

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