« December 2016 | Main | February 2017 »

January 2017

January 28, 2017

年末→年始(2016→2017)。新聞と本。

2017年1月X日
(新聞を読む)=書き写す。

★朝日新聞・2016年12月31日・土★
(11面)=社説・Editorials
(見出し)
《ニッポン2016年 このまま流されますか》
2016年が終わる。
世界中で「分断」「亀裂」があらわになった。
ニッポンは、どうか。
「言葉」で振り返る。
政治では、悲しいかな、ことしもカネの問題があった。

「私の政治家としての美学、生き様に反する」
業者から現金をもらった甘利明経済再生相、、、、、。
・・・・・・
・・・・・・
「公用車は『動く知事室』」
東京都の舛添要一知事、、、。
・・・・・・・
・・・・・・・
「飲むのが好きなので、誘われれば嫌とは言えない性分」
700万円近い政務活動費を飲食やゴルフなどに使った富山市議が8月に辞職した。
・・・・・・
――――――――
・・・・・
安倍晋三首相は、、、、、
「結党以来、強行採決をしようと考えたことはない」
「こんな議論を何時間やってもおなじですよ」
・・・・・
国連平和維持活動(PKO)に派遣する自衛隊に「駆けつけ警護」の新任務を与えた。
強引に憲法解釈を変えた安全保障関連法の始めたの具体化だが、首相の言葉は軽かった。
「もちろん南スーダンは、例えば我々が今いるこの永田町と比べればはるかに危険な場所」

南スーダンでは武器で人が殺されている。
それを稲田明美防衛相はこう説明した。
「それは法的な意味における戦闘行為ではなく衝突である」
この種の「言い換え」が増えた。
沖縄県でのオスプレイ大破は「不時着」だった。
(!墜落!ですよね。)
安倍政権は「積極的平和主義」で「武器輸出三原則」を葬り、「防衛装備移転三原則」と称している。
―――――――――
・・・・・・・
首相の6月の消費税増税先送り会見、、、、。
「再延期するとの判断は、これまでの約束とは異なる新しい判断だ」

「新しい判断」は公約違反の逃げ口上lだ。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
この夏、101歳で逝ったジャーナリスト、むのたけじさんの著作に次の一節がある。
「(日本人が)ずるずるべったり潮流に押し流されていくのがたまらなかった」
敗戦直後の世の中への感想だが、どこか現在に通じないか。
――――――――
9月、安倍首相は所信表明演説で言い切った。
「非正規(ろうどう)という言葉を、みなさん、この国から一掃しようではありませんか」
だが、働き方の問題は深刻かつ多岐にわたる。
「保育園落ちた日本死ね!!!」
この匿名のブログへの反響の大きさが、待機児童問題の窮状を物語っている。
(そう!そう!)

過労自殺した電通の女性社員(24)の言葉も切ない。
「大好きで大切なお母さん。
さよなら。
ありがとう。
人生も仕事もすべてつらいです」
(怒!合掌)
・・・・・・
相模原市の障害者施設で19人を殺害した男は言った。
「障害者は生きていても無駄だ」
この異常な偏見に対する確固たる反論を、だれもが心に堅持し続けなければならない。
・・・・・・・
原発事故の自主避難先で、いじめられた少年の手記、、、、。
「いままでなんかいも死のうとおもった。
でも、しんさいでいっぱい死んだからつらいけどぼくはいきるときめた」

それぞれの「言葉」が、ニッポンのありのままの姿を映している。
だから聞き流すまい。
立ち止まってうけとめよう。
このまま来年も流されてしまわぬように。
(終)
――――――――――――
●東京新聞・2016年12月31日・土●
(24・25面)=墓碑銘 2016
*10月*
・三笠宮崇仁(100歳)
昭和天皇の末弟。
陸軍参謀として南京に派遣された経験から戦争批判。
(27日)
(写真説明)=10月27日逝去。展覧会をご覧になる三笠宮崇仁さま=2011年10月、皇居、三の丸尚蔵館で

ー書籍ー
◆三笠宮崇仁 著
 「古代オリエントと私」
 (学生社) 昭和59年=1984年

(216p~223p)
「こっとう」の書
―戦争の放棄について―
(昭和24年=1949年) を読む。写す。

はしがき

「改造」から、ぜひなにかかいてくれといわれたが、終戦以来あまりにいろいろな雑誌や新聞から皮をむかれたため、さすがの筍(たけのこ)も薄皮までなくなって「しん」がでかけてきた。
それでなんとか新しい皮をつけようと今せっかく勉強中であるが、あと6~7年かかりそうである。
そこで「こっとう」品でもよければといったら、「よろしい」という返事なので、3年のあいだ土蔵におしこめられて日の目をみなかったこの古文書を引っ張り出してきたわけだ。
これは昭和21年6月8日の枢密院本会議で憲法草案の審議があったとき、枢密院議員として私が発言した原稿である。

当時、会議での発言は議長の許可なく公表できないことになっていたが、もう今では歴史的文書として「こっとう」屋の店先に並べてもよいだろうと思う。
枢密院という名さえもう小学生は知るまい。
当時の議長鈴木貫太郎もその次の清水澄議長も今や幽明鏡をことにしている。
わたしはこれを読み直して、その後の3年間のいろんなことを回想し、ただただ感慨無量というほかはない。
しかもその会議のときの首相として私の質問に答えた吉田茂氏が、今日また日本の首相であるのもまったくふしぎである。
読者は「こっとう」やの店をひやかすつもりで、昼寝のあとでも、ねころんでよんでください。
そしてこんな古くさいものは使いみちがないと思ったら、隣のお店でニュー・ルックをお求めください。
私自身もそのほうがよほどましだと思っていますから、、、。

◎戦争の放棄について (憲法第2章)

第2章の戦争放棄については相当心配されている向きもあるが、然し私は次の諸点で本原案を支持するものである。
先ず対外問題として
第一は満州事変以来日本の表裏言行不一致の侵略的行動については全世界の人心を極度に不安ならしめ、且全世界の信頼を失っていることは太平洋戦争で日本が全く孤立したことで明瞭である。
従って将来国際関係の仲間入りをする為には日本は真に平和を愛し絶対に信頼を行わないと言う表裏一致した誠心こもった言動をして以って世界の信頼を恢復せねばならない。
勿論之には単に憲法の条文だけでは不十分であり、国民の一人一人が徹底した平和主義者にならねばならぬが、とにかく之を憲法に明記することは確かにその第一歩であるということが出来る。

第二には第一次大戦後警察だけになった独逸が、ヒットラーによって、いつの間にかあれだけの大軍備を作り上げて侵略戦争を始めたことは、今尚世界の人々の脳裏に生々しく刻み込まれているのであって、正規軍隊は勿論警察と雖も外国人には相当強く神経にひびくであることを我々として十分認識する必要があると思う。

第三には戦争形態の大変化である。
世界のどこからでも原子爆弾を持った飛行機が無着陸で任意の目的地に攻撃を加える時代になった。
故に海岸に要塞があれば安心とか満州や南洋を占領していれば本土は安全とかいう時代ではない。
従って新憲法前文にある如く「我らの安全と生存をあげて平和を愛する世界の諸国民の公正と審議に委ね」ねばならないのである。
正義の強みは誰にも分かるが「無」の強みということは必ずしも忘れられない。
たとえて言えば、深山に衣一枚で座禅をしている坊さんと、町の大通りを剣術もろくに出来ないくせに大刀をぶち込んで大言壮語しながら歩いている浪人とどちらに切りつけやすいかという問題になる。
又一身を挙げて世界の信頼に託することになれば、武力があれば出来る横紙破りも出来なくなり、日本国民の正義に対する敏感性は却って強くなるかも知れぬ。

第四の点は国内的のことであるが、進駐軍撤退後の国内治安維持の問題である。
この問題になるとすぐ先日のデモのことが例に上げられるが、私は先日の「デモ」も共産党は単なる団扇(うちわ)で、火を煽った事は確実だが火をつけたのではないと思う。
火は今までの軍閥なり政治家がつけたのである。
(注:軍閥=軍隊の上層部を中心とする特権的な政治勢力。薩摩・長州両藩閥を中核として形成され、明治憲法下、内閣・議会から独立して強大な地位を保持、日本帝国主義の侵略政策を推進、国政を左右した後、第二次世界大戦敗戦により崩壊。=広辞苑)

政治家が真に国民の為の善政を行ったなら共産党でも何でも乗ずる隙はない。
此の一例として私が自ら深刻に体験したことをご参考に申し上げたいと思う。
私が中国に勤務していた時、北京の西北方の清河鎮と言う所に満蒙毛織会社の経営していた製絨所があった。
この会社は満州で得た体験を活用して周囲の村落民の生活と会社の経営とを有機的に結び付けた。
会社は村落民の労働力を利用すると共に、村落の各家庭に女、子供でも出来る簡単な手工業、家畜の飼養等を副業として指導し、終には水田の作り方迄教え、村落民の子弟は会社の学校へ、病人は会社の病院へ入れる等親身になって恩恵を施した為村落民は会社の為警戒部隊の役をつとめるようになり、この36ヶ町村という広大な地帯の中に一人でも敵側の者が入っていくると、村落民は直ちに会社へ報告するという状態で、華北の共産軍地区の真ん中の広い地帯は、日本兵一人も居らずに完全に治安は維持されたのである。
 
之に反しその他の中国占領地の殆ど全部の会社とか鉱山とかはその周囲に鉄条網を厳重にはり廻らし、トーチカを作り、中には武装した日本兵が夜も寝ないで警戒し付近の村落は此の武装日本兵が巡察して村落民を威圧し情報の入手に務めるのであるが、却って敵情は分からず、会社が直接襲撃を受けて初めて分かったということが多く、会社は孤立し、戦々恐々として営業しているという先の例とはまったく反対の場面であった。

而も特に我々の注目すべきことは今述べた二種類のどちらが 日本軍に 好かれたか というと実に後者であった。
何となれば前者の方では日本軍は全く必要なく相手にされないのに反し、後者の方は兵隊様様で非常に大事がられるからである。
医者と兵隊は用のない程理想的状態であるに拘わらず、やはり人情の弱点として用のある方を好み、医者の方は別としても 兵隊の方には 進んで用を作った者さえあった。
・・・・・・・

・・・・・・・
中国に於いて共産党の勢力を拡大させた者は実に日本軍であったことをこの際改めて皆様の胸にはっきり止めて頂きたい。
そうして将来 日本内地に於いても宗教的と迄言い得る情熱と卓越した政治力を有する共産党の勢力拡大を軍隊なり警察の力で阻止しようと若し考えられる人があったら 思わざるも甚だしいと私は考える。
重ねて申せば軍隊及び警察力の完備は一面治安を維持し、政治を容易にすることは確かであるが、反面政治家の油断怠慢等を招来して真に民の心を心とする善政でなくなる處なしとしない。
最近の軍閥時代の憲兵政治はまさにこの一例であった。
(注:枢密院=明治憲法下で国務並びに皇室の大事に関し、天皇の諮詢(しじゅん)に応えることを任務とした合議機関。議長・副議長・顧問官で組織し、国務大臣および成年以上の親王も列し得た。1888年・明治21年、設置。=広辞苑)

最後に日本軍隊は既に解体復員したと雖も中には相当注意すべき人の居ることを敢えて私は本席上で申し上げたい。
私は二か月位前ある予備の将官から「将来米ソ戦争が起こったら日本は之により再び満州に手を広げることが出来よう」という話を聞き全く驚愕したのである。
・・・・・・・・・

・・・・・・・・・
以上五つの理由から新憲法第二章は心配すれば際限ないのであるが、是非必要なら将来改正の機会もあろうし 現状に於いては適切なるものとして私は賛成する次第である。

尚之に関連し、将来此の第二章を現実に履行するために私は政府の方々に復員軍人及び軍人達家族の十分なる救護をお願いする。
軍人と雖も個人としては大体立派な人格者であり、唯それが団体行動となった時に軍閥として軌道から脱線したのであって、既に個人即ち善良なる一日本国民に戻った将来、若し生活の不遇に遭って政府なり他の国民を怨むようになると先ほど第五章で申した如く、再び昔を思い出して不穏なる行動に出る處決して少なしとしなので、結果は連合国の意図とも全く正反対のことになるのであるから、この点特に政府にお願いして 以て名誉ある本憲法の第二章が確実に履行されるように切望する。
(『改造』8月号) 礼!
ーーーーーーー
★朝日新聞・2017年1月1日・日・元日★
《折々の言葉》 鷲田 清一 ・624
*Happy New Ears*
    英語の語呂あわせ

今年こそ耳の人になろう。
長く圧(お)し殺されてきた声、出かけては呑み込まれた声、ぼそっと漏らされた短すぎる声、恐る恐る絞り出されたくいぐもった声、今にも途切れそうな声。
それらにじっと耳を傾けられる人に。
「聡明(そうめい)」には耳がある。
「省庁(聴・ちょう)」にも。
そこは天の声、民の声を聞く場所だった。
その声を最もよく聞く人が「聖」。
天声人語(vou populi vou dei)は「民の聲(こえ)は神の聲」という意味。
2017・1・1
(その通りですね、という気持ちと、
!えー!そうだったんですか!
いちおう、まいにち、どっちも読んではいますがね。
文字どおり、「・・・またまた ひとつ おりこうに なったもんねー」(文化放送)、の気持ちです。
ーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー
★東京新聞・2017年1月1日・日・元日★ 
(1面)=平和の俳句
寝た気する 起きた気のする 平和かな
 作本 博子(83) 金沢市
〈金子兜太〉「気のする」の繰り返しがうまい。
悠々としていて、とぼけていて。
〈いとうせいこう〉しっかり寝た。しっかり起きた。
そのシンプルな平和こそ人の望み。
(拍手)

(5面)=社説
《日本の平和主義》
◎不戦を誇る国であれ=年のはじめに考える◎を読む。
・ただの戦争嫌いではなく
・武力によらない平和を
(同感!→理想を高く掲げずして人類の前進はありえないのです。)
ーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー
●しんぶん赤旗・日曜版・2017年1月1日・1月8日・新年合併号●
◎新時代開く 共闘の年に◎
昨年の参院選では、32の1人区ですべてで野党統一候補が実現し、11選挙区で勝利しました。
安倍自公政権とその補完勢力に、野党と市民の共闘が対決する、日本の政治の新しい時代の始まりです。
新しい年にあたり各界の方々に、野党と市民の共闘で政治を変える思いを語っていただきました。
(記事6,7面)=名前だけうつします。記事ーコメントは略
☆森 ゆうこ さん(参議院議員=希望の会:自由・社民)
○杉尾秀哉 さん(参議院議員=民進・長野選挙区)
○伊波洋一 さん(参議院議員=沖縄の風・沖縄選挙区)
○藤井裕久 さん(元財務大臣=元民主党最高顧問)
○二見伸明 さん(元公明党副委員長)
○金子兜太 さん(俳人)
☆香山リカ  さん(精神科医、立教大学教授)
☆浜 矩子  さん(同志社大学教授)
○益川敏英 さん(ノーベル物理学賞)
☆池田香代子さん(翻訳家)
○広渡清吾 さん(安保関連法に反対する学者の会)
☆西郷南海子さん(安保関連法に反対するママの会)
○諏訪原健 さん(市民連合呼びかけ人)
○福山真劫 さん(総がかり行動実行委員会)

・コメントは略にしたけで、読むべし!
14人→いいねー。
ーーーーーーー
(2面)
■新春のごあいさつ■
◎日本共産党委員長  志位和夫

👀野党と市民の共闘の力👀
2017年明けましておめでとうございます。
昨年は、野党と市民の共闘が本格的に始まった年になりました。
7月の参院選では、32の1人区すべてで野党統一候補が実現し、11選挙区で勝利しました。
10月の新潟県知事選では野党と市民の統一候補の米山隆一さんが圧勝しました。
野党共闘を推進してきた日本共産党は参院選で3議席から6議席へ倍増しました。
お寄せいただいたご支持とご支援に感謝を申し上げます。
国民の願いにこたえる「大義の旗」をかかげ、野党と市民が「本気の共闘」に取り組むなら、政府・与党の激しい攻撃をはねかえして勝利できることが事実で示されました。
安倍自公政権とその補完勢力に、市民と野党の共闘が対決する、日本の政治の新しい時代のはじまりです。
昨年暮れの臨時国会での安倍政権のふるまいをみると、強権政治、暴走政治が極まったとの感があります。
三つの大悪法―環太平洋連携協定(TPP)承認・関連法案、年金カット法案、カジノ解禁推進法案の全部について強行採決を繰り返しました。
多数の国民の反対の声に一切耳を貸そうとせず、まともに説明しようともしない。
暴走政治を推進してきた自民党、公明党、維新の会に、次の総選挙で厳しい退場の審判をくだしましょう。
(拍手)

👀新しい政治をつくる年に👀
そのためにも総選挙では、野党と市民の共闘をさらに発展させていきたいと決意しています。
民意にそむく安倍政権の暴走を止めていく、新しい政治をつくる一歩の選挙にしていきたい。
同時に、日本共産党自身の躍進を必ず勝ち取りたいと決意しています。
いま、第27回党大会(1月15日~18日)に向けて、党を強く大きくする仕事にとりくんでいます。
ぜひこれを成功させていきたいです。
大会は95年の党の歴史で初めて、4野党・会派の代表を来賓として招き、あいさつしていただくことになりました。
市民運動の方々も参加されます。
大会自体が、新しい日本の政治の姿を示すものになると思います。
今年も「しんぶん赤旗」日曜版読者のみなさんの温かいご理解、ご支持、ご支援を、心からお願いするものです。
(拍手)
ーーーーーーーー
●しんぶん赤旗・2017年1月1日・日●
(1面、4面、5面、6面)
◎新春対談◎
☆法政大学名誉教授
五十嵐 仁 さん
=”勝利の方程式”が見えてきた

☆日本共産党委員長
志位 和夫 さん
=「大義の旗」で「本気の共闘」を

《野党と市民と”二人三脚》
続く

| | Comments (0) | TrackBack (0)

January 21, 2017

記録映画:「いのちの森 高江」「高江ー森が泣いている」(主催:ZENKO,「沖縄とともに考え歩む会」・島) を観る。

2016年12月23日(金・天皇誕生日)
(案内)
●これが日本の現実!
改憲後の日本の姿、
先取りの無法支配を跳ね返す姿描く!
あなたもこの映画を観て、目撃者に!

■同時上映 
「いのちの森 高江」
「高江ー森が泣いている 2」

*日時: 12月23日(金・休)
(上映時間) 
・14:00~「いのちの森 高江」 (65分)

ー感想・交流などのトークー

・15:30~「高江~森が泣いている 2」(63分)

ー感想・交流などのトークー

⁂終了 17:00

*会場: ムーブ町屋・ハイビジョンルーム
ーーーー
★やんばるの森ー沖縄・高江
・東村のある沖縄本島北部、やんばるの森は、天然記念物のノグチゲラやヤンバルクイナも棲む自然の宝庫。
・その森に米軍の北部訓練場がある。
高江の人口は 140人。
集落を囲むように、6箇所のヘリパッド建設が2007年に始まったが、住民たちは座り込みで抵抗、4箇所はまだ作られていない。
・新たなヘリパッドは、海兵隊の新型輸送機・オスプレイのためのもので、従来のヘリコプターより騒音も墜落の危険も上回る。

★沖縄・翁長知事
「自国政府にここまで虐(しいた)げられる地域が沖縄県以外にあるのか。」
「すべてが国の意向で決められるようになれば 地方自治は死に、日本の未来にぬぐい難い禍根を残す。」
ーーーーー
【お問い合わせ先】=ZENKO(平和と民主主義をめざす全国交流集会)・(島)
ーーーーーーーーー
ーーーーーー
*ムーブ町屋4階、同じ階で、「沖縄物産展」も行っていた。
映画が終わってから、買い物もした。
ーーーーーーー
◎映画「いのちの森 高江」
・監督: 謝名元 慶福
・語り : 佐々木 愛

◎映画「高江ー森が泣いている 2」
・監督: 藤本幸久 影山あさ子
・ナレーション: 影山あさ子
ーーーーーーーー
《高江の森の中で、何が起きているのか》=チラシ
沖縄本島北部、やんばるの森、その森のなか、米軍北部訓練場の内側で、ヘリパット建設が強行されている。
米軍北部訓練場は、日本政府が米軍に提供している施設で、米軍の管理下にあり、許可なく立ちいると刑事特別法(刑訴法)という日本の法律で罰せられることになる。
しかし、ヘリパッド建設に反対する人々は森の中に入り、抵抗を続けている。
大手メディアの記者たちは、今、森の中に入らない。
高江のたたかいをどう伝えるのか、私たちも悩んだ。
しかし、市民の知る権利、表現の自由、報道の自由の方が米軍を守る刑訴法よりも優先すると考え、北部訓練場の内側を描くことにした。

森の中の現場に向かうと、機動隊、防衛局職員、テイケイなど民間警備会社と作業員がいた。
「環境に配慮してモノレールなどで砂利や資材を運ぶ、下草刈と枝払いくらいしかしない」としていた防衛省の説明と異なり、実際には4メートルもの幅で森が切り開かれ、ダンプが通る工事用道路が造られていた。
次々と樹が切り倒されていく。
現場にたたなければ、中で何が行われているのかわからない。
新たに作られるヘリパッドが、米海兵隊の新型輸送機オスプレイを配備するためだということも、政府は隠し続けてきた。
チェンソーの傍らに立ち、作業員を説得し、立ち木にしがみつき、抵抗を続ける県民たち。
やんばるの森には、4000種類を超える野生生物が棲む。
本来、世界自然遺産にすべき場所だが、その中でも、高江周辺の森は、自然度の高い生態系が連続する唯一の場所だ。
脊梁山脈から宇嘉川に沿って、森が海まで続く唯一の場所なのだ。
12月完成を目指し、1000人の機動隊を張りつけ、乱暴な工事を大急ぎですすめる日本政府。
なぜ、なのか。
日本政府は、南西諸島を最前線基地、軍事要塞化しようとしているのだ。
辺野古の新基地建設工事も再開し、奄美、宮古、石垣にミサイル基地の建設を進めようとしている。
高江は終わりではなく、始まりなのだ。
「沖縄を再び戦場にさせない」、
「戦争はいやだ」
ー県民たちの抵抗は今日も続いている。
(終ー礼!)
ーーーーーーーー
(チラシ)=見出しだけ写す。
【オスプレイ、やっぱり 墜落!抗議!
12月22日、基地返還式典!
式典は安倍政権のまやかし!
高江ヘリパッド建設工事の即時中止を!】

◆やっぱり落ちる、オスプレイ!
それでも政府は高江オスプレイパッド建設工事を強行?!

◆明確に新基地建設反対を打ち出している沖縄!

◆狙いは、戦争できる自衛隊の強化!

◆沖縄との連帯を恐れている安倍政権!
ーーーーーーーーー
*森林を壊して軍事基地をつくる。
野蛮だ。
ブルトーザーとダンプカーと機動隊と。
いやだ!
高江の村で工房を経営している。
親の代から位牌をつくっている。
その方が、ヘリパッド建設に反対している。
この森の蝶々の研究をしている女性が、若い機動隊員に話しかけていた。
それらの言葉を、映像のおかげで僕たちも聞くことができた。
蝶々の研究家は、宮城秋乃さん、という方だ。
ーーーーーーーー
【しんぶん赤旗・2017年1月1日・日】=25面
(見出し)
★200万年の森 基地から守れ
☆やんばる生物多様性の世界
*地球上でも貴重でユニーク
《沖縄環境ネットワーク=花輪伸一さん》
略→全文読むべし。

★新しい生態の知見に期待
*蝶の希少種を研究する
   宮城秋乃さん

「やんばるの森」で希少なチョウ類を研究する宮城秋乃さん(38)。
東村高江と国頭村安波でオスプレイパッド(着陸帯)工事が再開された2011年、準絶滅危惧種リュウキュウウラボンシジミの多産地であることを確認しました。
この年から研究と”森を守れ”の運動を続けてきました。
リュウキュウウラボンシジミは、1対の大きな黒紋が特徴で全翅長(ぜんしちょう)10ミリ前後。
生物多様性に富み、自然度が高いやんばるに生息しています。
特に高江では個体群密度が高く、チョウ類だけでもその後、別の希少種を確認しています。
宮城さんはいいます。
「今後、昆虫の希少種の発見、新しい生態の知見があるかもしれません。
動植物の命を大切にできない国が、人間の命を大切にできるはずがありません」
(大串昌義)

(写真説明)=沖縄県東村のやんばるの森と米軍施設(奥)=撮影・山形将史
(写真説明)=奄美諸島・沖縄諸島固有種で絶滅危惧種のイボイモリ=宮城さん提供
(写真説明)=沖縄県固有で絶滅危惧種、国指定天然記念物のリュウキュウヤマガメ=沖縄県東村高江・宮城さん提供
(写真説明)=特別記念物のノグチゲラ=沖縄県東村高江・宮城さん提供
(写真説明)=準絶滅危惧種のリュウキュウウラボンシジミ=沖縄県東村高江・宮城さん提供
ーーーーーーーーーー
★主催者の女性(町屋在住)のよびかけ。
・・・大衆運動を大きくしましょう。
国会前・官邸前行動・地域の行動に参加しましょう。
・2月以降予想される国会解散・総選挙で安倍与党(安倍・公明・維新)に勝利する。
総がかり行動で確信してあるとおり、統一候補を立てて、勝利しよう。
・安倍政権包囲にむけ、前進する。
多くの人に知らせ、一緒に行動してくれる人をふやそう。
(拍手)
ーーーーーーーーー
(手紙)
◎御礼
平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
辺野古基金への力強いご支援とご協力を賜り心から感謝申し上げ、併せてこのたびはご芳志を賜り心から感謝申し上げます。
ご承知のように、安倍政権は仲井間前知事が県民の7割以上が埋め立てに反対する中、公約を翻し行った公有水面埋め立て承認を盾に民意を無視し、辺野古新基地建設を強行しています。
こうした政府の行為は、沖縄県民の圧倒的な民意を否定し、日本の民主主義と地方自治の根幹を破壊する暴挙と言わざるをえません。
私たちは2013年1月に安倍総理に提出した建白書を総意として「オスプレイの配備撤回、普天間基地の閉鎖・撤去、県内移設断念」の要求と「辺野古への新基地建設」を止めさせ、沖縄の未来を拓くことを目的として「辺野古基金」の設立を行いました。
辺野古基金の趣旨をご理解いただき、今後とも尚一層のご支援をお願い申し上げ、略儀ながら御礼とさせていただきます。
2016年12月

【辺野古基金】=那覇市旭町


 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

January 14, 2017

講演:「平和憲法9条制定の背景と意義、そしていま」(堀尾輝久 東京大学名誉教授) を聞く。

2016年12月7日(水)
(案内)より
★荒川区9条の会 5周年記念の集い Part 2★
《憲法9条 戦争放棄は 押しつけか》
・・幣原喜重郎首相が新憲法に戦争禁止条項を入れるように提案したと述べる、高柳賢三憲法調査会長に充てたマッカーサー書簡。
堀尾東大名誉教授が発見した。・・・
(東京新聞 2016年8月12日)

【記念講演】
◎堀尾輝久 東京大学名誉教授・教育学者
・「平和憲法9条制定の背景と意義、そして今」

日時: 2016年12月7日(水) 18:45
場所: ムーブ町屋 3階ホール

*オープニング: 命の尊さと平和の大切さを訴え続ける
  「合唱団 この灯」

(主催: 荒川区9条の会連絡会)
ーーーーーーーーーーーーーーー
《プロフィール》
◎堀尾 輝久(ほりお・てるひさ)
昨年の安保法制(戦争法)に反対する学者の会の呼びかけ人になり、SEALDs やT-ns SOWL の国会前集会でもスピーチ。
戦後改革、憲法の成立過程にも造詣が深く、今年1月に憲法9条は幣原首相が提案したというマッカーサーの書簡を発見し、「押し付け憲法」論を許さない確かな資料を公表した。
1966年、家永三郎教授が執筆した高校「新日本史」を文部省が不合格にしたのは
憲法違反だと訴訟を起こした教科書裁判では、証人にも立ち、東京地裁での勝利判決を勝ち取る理論的基礎を提供した。
教育学者、東京大学名誉教授
日本教育学会会長を2期務める。
実兄は元NHK相撲のアナウンサー杉山邦博氏。

◎合唱団この灯◎
創立23年、広島原爆の火を灯し続けた山本達雄さんの”灯の心”を受け継ぎながら、これまで一貫して”平和と命の尊厳”をメッセージしてきました。
「東京大空襲」、「3,11の福島原発事故」、「広島」などに思いをつないだ曲を演奏してきました。
平和なそして一人ひとりの命が大切にされる社会が未来へと続くことを願って演奏しています(「合唱団この灯 2016年演奏会・未来のために」から要旨をまとめました)。
ーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーー
【プログラム】
*司会者: 市村由喜子 (荒川英語教育を考える会会長)

*開会あいさつ:  市村由喜子

*オープニング:  合唱団この灯

*主催者あいさつ: 吉田喜一(都立産業技術高専名誉教授)

●講演 「いま憲法について考える」
 堀尾 輝久 (東京大学名誉教授・教育学者)

(講演のメモとレジュメ)
・私は「調子9条の会」「教育9条の会」の会員です。
また、さきほど、合唱がありましたが、私も合唱が大好きです。
日曜日、池袋・芸術劇場で「第9」の合唱に参加しました。
どうか、気楽にお付き合いください。
(拍手)
世界と日本の動向がきがかり、心配です。
何をしたらよいか。
いちぶ、なにをしても手ごたえがない、そういう雰囲気もある。
昨年、戦争法は強行採決された。
それを阻止できなかった。
日常の活動、デモ、集会、取り組んできた。
その上で、今後何をするか、確信を持って行動する。
多くの人に伝える、伝えなければならないものは何か。
理論的な問題です。
・・・・・・
戦争法に反対する集会に、市民、シールズ、多くの方々が参加した。
自分の思いと共通している人も、違う角度の人もいた。
それを繋げる運動だった。
新しい運動をつくりあげてきた。

憲法学者も参加した。
まさかと思うような研究者も。
危機感があった。
研究室から外へ出た。
樋口陽一先生は、「この運動は専門知と市民知の結合である」と述べた。
・・・・・・・・
・・・・・・・・
【堀尾先生のレジュメ】
=いま憲法について考える=

Ⅰ・・・
① 憲法をめぐる状況
安保法制の成立
憲法審査会(第1次安倍内閣、国民投票法に基づいて成立)、の再開

②改憲論の主張
・占領軍の押しつけ ・自主憲法の制定
・自民党の結党ー1955

*日米安保と自衛隊(軍事同盟と再軍備への圧力
・池田・ロバートソン会談 1953 (9条と平和教育が障害)

*近年の国際情勢の緊張ー抑止力の強化
・戦後政治の総決算 (中曽根首相)
・戦後レジームからの脱却 (安倍首相)  

*武器輸出3原則の解除 ・軍学共同へ ・産軍学構成体としての国家・社会

*集団的自衛権と軍事同盟 ・南スーダン派兵 ・9条の枠が邪魔

③護憲派の主張

*戦後改革と憲法体制(8・15革命)の積極的評価
 ・国民主権(←天皇主権) ・人権尊重(←国権尊重) ・平和主義(←軍国主義)

*成立過程への関心ーポツダム宣言受諾ー日本側の主体的努力
 ・人権: 憲法研究会(高野岩三郎、鈴木安蔵、森戸辰男ら)とGHQ民生局GS
 ・平和: 幣原首相とマッカーサー

*世界と日本の平和思想 
 (カント、ユーゴー、ジョレース、デュウイ、中江兆民、田中正造、内村鑑三、岡倉天心、柳宗悦、中山晋平)
 (加害責任と戦争認識)

*戦後70年の評価ー稀有の不戦の歴史
 ・幾度かの会見阻止と国民の平和への希求
 ・国際紛争は抑止力ではなく話し合いと外交努力で
 ・自衛隊は漸次縮小し災害救助隊へー(国際活動を含む)

④改憲を防ぐために

1)戦後改革の意味と意義を深く捉えるー改憲論との対比
・日本現代史のなかで ・世界史の中で、地球時代の視点から

2)繋がる運動につながる ・9条の会ー各地各領域7000 ・世話人会の拡大

3)安保法制違憲訴訟を支え広げる

4)9条を持つ地球憲章を!
ーーー
Ⅱ、憲法成立過程と幣原喜重郎

①成立過程
*1945年8月15日  ポツダム宣言受諾
*1945年10月9日 (4月22日)幣原内閣の成立ー旧体制の除去から民主化へ
 ・内務省の解体 ・憲法改正の検討開始 ・憲法調査会(松本丞治委員長)
 ・民間側の取り組み
 憲法研究会「憲法草案要綱」(12・26)、政党案

*1946年1月1日 (天皇の人間宣言)
 ・ 1月24日 幣原―マッカーサー会談
 ・ 2月 1日 松本案 毎日新聞スクープ
 ・ 2月 3日 マッカーサー3原則提示
 ・ 2月13日 GHQの憲法草案を日本政府に提示
 ・ 3月 6日 政府が「憲法草案要綱」発表
 ・ 4月17日 政府が「憲法改正草案」発表
 ・ 5月16日 第90回帝国議会招集(6・20―10・11)
 ・11月 3日 日本国憲法公布――――1947・5・3・施行

②幣原とマッカーサー
*1月24日の会談
*戦争放棄条項の提起 誰が?
*幣原 戦争委員会での講演(3・27)
*マッカーサー 対日理事会での講演(4・5)
*マッカーサー 米国上院証言 (’51・1・5)
*マッカーサー ロサンゼルス講演(’55・1・26)
*マッカーサー 回顧録(’64)

③憲法調査会 (’56 ― ’64) 岸内閣
・会長 高柳賢三 (我妻栄、宮沢俊義ー固辞)
・会の構成、性格: 岸の期待・高柳の思い
・社会党議員・委員10名欠席のまま発足
・憲法制定過程の精査ー内外の関係者からの聞き取り
・1958年 米国訪問、マッカーサーとの文書での質問と回答

「あれ(9条)は幣原首相の先見の明とステイツマンシップと英知の記念塔として朽ちることはないであろう。
It will stannd everlastingly as a monumennt foresight, the statesmanship and the wisdom of Prime Minister Shidehara.」(1958・12・5)

「戦争を禁止する条項を憲法に入れるようにという提案は、幣原首相が行ったのです。
The suggestion to put an article in the Constitution outlawing war was made by Prime Minister Shidehara・・・

私は首相の提案に驚きましたが、首相にわたくしも心から賛成であると言うと、首相は明らかに安堵の表情を示され、私を感動させました。
I was astonished at his proposal but when I assured him of my complete support , his relief was very evident and very moving」(1958・12・15)
 
・高柳賢三『天皇と・憲法9条』 1963の重要性
・憲法調査会と会長・高柳の葛藤ー報告書に先立っての自説の公表
・憲法調査会報告(1964)は両論併記
ーーー
Ⅲ、 幣原喜重郎 (1872-1951)
*その人物、経歴と思想

・大正末・昭和初期 4度の外務大臣(加藤・若槻内閣)
 ー国際協調、軍縮路線、

・対支不干渉
 -(ワシントン 1922、 ジュネーブ 1927、 ロンドン軍縮会議 1930)

・第1次大戦後の平和への潮流
 -国際連盟(1920 原内閣、新渡戸稲造事務次長)
 -戦争を違法とする思想運動(outolawry of war) (J, デューイ)
  パリ不戦条約(ブリアン・ケロッグ協定)
  不戦条約批准の時(1929)の時の外務大臣

・幣原平和外交
 ー満州事変(1931)の時の外相→下野ー血盟団に狙われる

・東久邇終戦処理内閣のあと首相に(10・9―5・22)
 -戦後改革への取り組み、民主化、非軍国主義化、天皇制護持、平和国家、核時代の認識、  
 帝国憲法維持派の中で、天皇の人間宣言と象徴天皇制への道

・幣原口述(1951)と平野三郎文書(憲法調査会資料)
 -幣原説の裏付けとして 幣原の世界認識、哲学の開陳
 -核時代の平和構築の視点からの戦争放棄、軍備撤廃、国連への期待
 「殺されたくなければ 殺さないこと」「戦争は人類の敵

・9条の発案者は幣原、マッカーサーの支持、
 文章化はGHQ・民政局ーー合作
 Statemanship: 高い理想 目指す国づくりの力量
 cf. homme d'Etat そのためには敵をも利用し、味方をも欺く
 (終ー拍手)
ーーーーーーーー
(資料)
【安保法制違憲訴訟の法廷陳述書】
  2016年9月2日  堀尾 輝久

*私が本件の原告になることを決意した理由

1、私の成育史
私は1933年福岡県小倉生まれ。
1937年、4歳のとき日中戦争がはじまり、父は戦場へ。
6歳の時、中国北部で戦病死した。
靖国に祀られ、我が家は「誉の家」となった。
学校では戦争は「東洋平和のため」と教え込まれ、やがて私は当然のように軍国少年になっていた。
敗戦は12歳、小倉中学1年の夏。
終戦の安堵と将来の不安。
教科書の墨塗り体験はそれまでの価値観を自分の身体で否定する、否定される体験であり、翌年配られた「新しい憲法の話」は新鮮な驚きであった。
戦後改革、憲法と教育基本法の下で私の青年期は始まる。
大学では比較的に自由な法学部政治学科に入ったものの、なじめず、さらに人間の問題を深く考えたいと思い、人文科学科の大学院で教育哲学・教育思想を専攻した。

2、研究者として、教師として
戦争と平和の問題は、なぜ自分は軍国少年であったかの問いとして、学部生の時からの関心事であった。
法学部では、丸山眞男ゼミで「日本におけるナショナリズムとファシズム」、尾高朝雄ゼミで「永久平和論」を読み、大学院では現場教師の平和教育実践に触発される。
私の研究も戦後改革への関心から憲法と教育基本法の成立過程を精査して、『教育理念』(東大出版 1976)として上梓。
その後も、新資料に基づき憲法9条の押しつけ論を批判し、その世界史的意味を考察してきた。
(「戦争と教育そして平和へ」『総合人間学会年報』4号2010、「憲法9条と幣原喜重郎」『世界』2016,5月号)

また人格形成を軸とする人間教育にとって、平和は条件であり、目的であると考え、平和主義をきょういく思想の中軸に据え、さらには自分の生き方として捉えるようになってきた。
(『人間形成と教育』岩波書店 1991、『地球時代の教養と学力』かもがわ2005)
東京大学では、教育学、教育思想の講義とともに「平和と教育」ゼミを続け、中央大学では国際教育論を講じ、現在も総合人間学会で「戦争と平和の問題を総合人間学的に考える」研究会を主催している。

この間憲法に対する確信も深まり、憲法9条の精神を守るだけでなく世界に広げることを憲法は求めていると考え、同じ思いの先輩方を引き継いで、国際憲法学会や9条世界会議、パリでの国際平和教育会議にも参加してきた。
今は「9条を持つ地球憲法を!」の国際的な運動をすすめるため、世話人の一人として準備をしている。
私の研究・教育活動の軸には平和への希求と9条の理念があったのだと改めて思う。

3、精神的打撃
この間の敬意と現在の状況は私の精神のありようにとって厳しいものがある。
安倍内閣のもとでの教育基本法制定(2006年)は衝撃的であり、教育学研究の根拠を奪われる思いであった。
しかし、憲法がまだいきていると、と思い直してきた。
しかし、安保法体制が進めば、マスコミと教育は国民訓化のための手段となり、社会から、学校から自由の雰囲気が消えていき、再び軍国少年少女が育てられるのではないか。
貧困と格差は経済的徴兵の温床となるのではないか。
そのような事態こそ、人格権としての幸福追求の権利を制約し奪うことになるであろう。

このような憲法が侵される事態は堪えがたい苦痛である。
それは研究者としての苦痛であると共に、平和主義を自分の生き方として選び取ってきた私にとっての人格権の侵害そのものと云うべき苦痛である。
長らく教育研究に身をおき、平和の思想史と平和教育の実践的研究に携わり、前文・9条に誇りをもって生きてきた者として、さらに「9条を持つ地球憲章」を創る仕事に取り組もうとしている者として、この事態は、私の研究根拠を、さらに私の生き方を国家権力によって否定され、奪われる思いである。

これまで教育関連の裁判においては、学者として意見書を書くことは会っても、自ら原告になることはなかった。
しかし、今度ばかりは、自ら原告となる道を選んだ。
それほどの苦痛をうけているということである。
(なるほど)
それは個人としての苦痛にとどまらず、教育研究者として未来世代に責任を負う者としての憤り(公憤)でもある。
戦前戦中そして戦後を生きてきた人間の一人として、未来世代の権利を護る責任をもつ世代の一人として、法の前に立ちたいと思う。
(終)
ーーーーーーーー
ーーーーーーーー
*9条連絡会の訴えとアピール*
《森本孝子=平和憲法を守る荒川の会共同代表》
→【安全保障関連法(戦争法)の廃止、憲法を生かす政治を求めるアピール】

*閉会あいさつ*=森本 新 (書作家)


 


 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

January 11, 2017

2016 ARAKAWAクラシックBOX Ⅲ 「管弦楽をじっくり聞く」・を聞く。見る。

2016年11月29日(火)
*聞いた。見た。
(案内ビラ)
★2016 ARAKAWA クラシック  BOX★
Ⅲ 「管弦楽四重奏をじっくり聞く」
・2016年11月29日(火) 19:00
・日暮里サニーホール コンサートサロン
・全席自由 ¥2000

【企画・ナビゲーター:河野文昭(こうのふみあき)】
京都市立芸術大学卒業。チェロ奏者。
現:東京芸術大学教授。(公財)荒川区芸術文化振興財団理事。

・ヨーロッパで生まれたクラシック音楽。
その中でも、室内楽のコンサートは、もっとも人々の日常に根ざし、
音楽の核心に触れることができるものです。
もっと気楽にクラッシク音楽に親しんでいただくことを目的に、
日暮里サニーホールのコンサートサロンを会場にして行う
年間4回の室内音楽シリーズです。
河野文昭東京芸術大学教授のトークを交えた魅力的な音楽会を
どうぞお楽しみください。

*アーニア四重奏団*
《吉田  篤=よしだ あつし》  Viola
《山崎貴子=やまざきたかこ》 Violin
《松原勝也=まつばらかつや》 Viollin
《窪田 亮 =くぼた りょう》  Violoncello

・2006年秋、東京芸術大学を通して繋がりのあったメンバーにより結成される。
2008年及び2010年、松尾芸術振興財団より音楽助成金を受け、第16回及び第18回マツオコンサートに出演。
また、2006年春、「リソナーレ室内楽セミナー」に参加、「緑の風音楽賞」を受賞。
・・・・
・・・・
「期待の弦楽四重奏団」としてリゾナーレ音楽祭に招聘、また東京芸術大学ハイドンプロジェクト参加。
2015年 「パルトーク弦楽四重奏曲全曲演奏会を、
2016年 「メンデルスゾーン弦楽四重奏曲全曲演奏会」を開催、
積極的な活動を展開している。

【プログラム】

◎J.ハイドン(1732~1809)
弦楽四重奏曲 変ロ長調 Op.76-4 Hob.Ⅲ-78「日の出」(1797)
Ⅰ.アレグロ コン スピーリト
Ⅱ.アダージョ
Ⅲ.メヌエット:アレグロ
Ⅳ.フィナーレ:アレグロ マ ノン トロッポ
(拍手)

・・・休憩(15分)・・・

◎F.メンデルスゾーン・バルトルディ(1809~1847)
弦楽四重奏曲第1番 変ホ長調Op.12(1829)
Ⅰ.アダージョ ノン トロッポーアレグロ ノン タルダンテ
Ⅱ.カンツォネッタ: アレグレット
Ⅲ.アンダンテ エスプレッシーヴォ
Ⅳ.モルト アレグロ エ ヴィヴァ―チェ
(拍手)
ーーーーーーー
*J.ハイドン=オーストリアの人
→河野先生の優雅な、ふかい、おもしろおかしい、しょうかいあり。

*F.メンデルスゾーン=ドイツの人
→同じく。ワーグナーから攻撃をうけた、、、。

*「アーニア四重奏団」=同じく。
ーーーーーーーー
*「管弦楽をじっくり聞く」の「じっくり」「聞く」の「じっくり」、
演奏会の良さが、いまごろ、すこし、わかった、ような気がする。

・家でCDをたまに聞くが、30分も聞いて、だけはいられない。
「じっくり」ということはない。
電話が入る。メールがくる。「お茶飲むの?飲まないの?」と声がかかる。
都電の踏切のカン、カン、カン、、、。

・演奏する方々の、真剣さ、それでいて、なにか、ゆとりがあって、、、。

・リズム、メロデイー、ハーモニー。
心地よい。メロデイー、、、だ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« December 2016 | Main | February 2017 »