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September 2017

September 26, 2017

講演・「野党共闘ー2017 都議選の実相」(曽根肇日本共産党都議・北区選出)=主催:法政大学Ⅱ部9条の会・を聴く。

2017年8月28日(月)
(案内)より
★法政大学Ⅱ部9条の会・学習会の案内★
「野党共闘ー2017 都議選の実相」
講師: 曽根 肇 都議会議員 北区選出
日時:2017年8月28日(月)午後6時開会~
会場:ニューセントラルホテル 2F 会議室
・神田駅北口徒歩5分

「都議選での野党共闘の実相を知りたい」「各地の市民連合の教訓を聞きたい」という声に応えて、都議選で自民党幹事長(落選)を破り当選した そねはじめ さんをお招きして自由党や新社会党そして無党派との共闘に至った経過や選挙時のリアルなお話を語っていただきます。

【申し込み先】=木村司法書士事務所
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・さっそく 行って みよう!
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*満席 
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●木村誠さんの開会挨拶
(メモ)
会の山口さんから曽根さん(都議)へ、講演をおねがいしました。
お受けいただきありがとうございます。
戦争法、共謀罪、政治は憲法改悪、戦争への道を歩んでいるように思えます。
止める力はどこにあるか。
市民の運動、野党の共闘です。
2年前から共闘ははじまった。
参議院選挙では、11の県で共闘の候補が勝った。
新潟県知事選挙、仙台市長選挙で続いた。
共産党は都議選挙で勝ったが、野党の共闘で当選した区もあります。
今日は、そこを学びたい。
曽根さんは、1952年生まれ、北海道大学を卒業されたあと、北区の会社へ就職、4年間働いた後、共産党の専従になり、さらに都議会議員として活動してこられました。
今度のの都議選では、自民党幹事長に競り勝ちました。
(拍手)
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●曽根 肇 都議会議員の講演
(メモ)ー 一部
・野党共闘は何故進んだか。
30年間の議員生活を通して感じていることと話してみたい。
共闘はなかなかすすまなかった。それが行われた。
これからどうなるか、心配もしている。
しかし、共闘が進まなければ日本の未来はない。
ーーーー
《曽根肇都議のレジュメ》・2017・8・28
【都議選・野党共闘の実相】

■はじめに
・共闘への姿勢の発展・・自己紹介をかねて
・「70年代の遅くない時期に民主連合政府を」の提起を受けて
・市民との共闘の経験は、2011・3・11 からはじまった

■19期までの共産党都議団と各派の共闘について
・猪瀬・舛添知事の不祥事の追及
・築地市場豊洲移転を巡る特別委員会・百条委員会

■都議選での野党共闘と市民との連携ー〈主に北区の経験から〉
・新社会党・自由党との協力・共同
・さまざまな区民運動が、勝手連やサポーターズ、ファンクラブを結成
・街頭演説・宣伝カー・選挙はがきやビラ・メガホン・棄権防止活動まで

■総選挙へむけての共闘への動き 〈主に東京12区の経験から〉
・前回(2014年)の「さおり押し隊」の経験
・次回選挙こそ最大のチャンス

■民進党との共闘について
・党首や現職議員だけをみると・・・・
・市民との連携がカギをにぎる
(レジュメ終わり)
ーーーーーー
(質疑応答)
★男性(60歳代)ー練馬区
・私は65歳、会社を定年になり、現在、地域で活動している。
都議選では、共産党。ビラは一人で1600枚配った。
いっしょにやっている人も高齢化している。
野党共闘を進めるにも、共産党を大きくしなければならないと思っている。
赤旗を読んでほしい。
入党してもらいたい。
昔、一緒に活動していた人、途中、止めた人、是非、また、戻ってもらいたい。
(今日の参加者の中にも、元、、の人がいる)

★男性
・Y市から来ました。
都議選挙では町田市で宣伝の応援をして、市民グループ、共闘、気持ちの良いものがありました。
地元・Y市長選挙でも、共闘の候補ということで、その候補者(民進党)の応援をしたが、すっきりしなかった。
共産党の幹部と宣伝カーに乗っても、その人は、一緒に手をあげない。
・・・・・・・
結果は惨敗だ。
本当に野党共闘ができるのか心配だ。

◎曽根都議の応え
(メモ)
・赤旗や入党のこと、私が言いたいことを代弁していただきました。
・野党共闘の中でのこと、そういう話はよく聞きました。
昨年の都知事選挙とか、参議院選挙・11勝ったが負けたところが多い。
予定していた選挙カーと候補者が来なかったとか。
共産党はかなり妥協しています。
心を動かすのはたやすくない。
時間がかかるが、粘り強くやるしかないですね。
・活動家が高齢化していますが、一方、今度の都議選で、私の訴えを真面目に聞いてくれた若い方々がいます。
二人が「18歳になったら共産党に入ります」と言ってくれました。
現在の情勢、日本の、、、。
若い方々が、10代の、育っていくのではないかと思います。

★男性ー渋谷区
3点お聞きしたい。
①渋谷は2人区で、都ファと自民が当選した。
共産と民主合わせれば、1議席取れていた。
多摩でも同じようなところがあって勝っている。
共闘のことなど分かれば教えてもらいたい。
②小沢一郎さんは「オリーブの木」構想を言っているが、これについて、どのような見解ですか。
③青年の要求についてですが、青年の貧困が進んでいると思います。
時給1000円ではなくて1500円の要求を掲げるべきです。

◎曽根都議の応え
(メモ)
・3人区は7つあります。
自民は6つ負けました。
共産党は、5つ競り勝ちました。
2人区では、多摩4区、ここで勝ちました。
共産党・原さんは、市議会副議長でした。
議長だった人は民進党ですが、都民ファーストから出て当選した。
原さんは、市民との共闘がひろがりました。
・小沢さんの「オリーブの木」構想は、良くわかりません。
ただ、イタリアの「オリーブの木」の経験は失敗でした。
共産党の云う「国民連合政府」とは微妙に違う。
憲法を守るという点です。
小澤さんは(安倍政治に)危機感を持っている。
・最低賃金は、1000円を超えて1500円にするべきだと主張しています。
問題は、中小企業対策です。
1500円にしたらやっていけないという会社もある。
減税や社会保険料の減免と合わせてやっていく。
青年の問題。賃金をあげることと、自立できるようにする。
人生の壁を超えること。
8割の青年が実家を出られない、という報告もある。
家賃補助、都営住宅建設、併せて考えていきたい。

★男性ー荒川区
・荒川(2人区)では、共産党・相馬けんいち候補は、前回より大きく票を伸ばしましたが、当選できませんでした。
(得票・17394=前回比 7595増 得票率・20,19%=同 6,76%増)
(参考=曽根肇さん・30247票・19,20%=前回比4747増・当選)
当選は、公明と(無所属・元民進)都民ファーストでした。
3840票足りなかった。
北区にあって、荒川区になかったもの、野党共闘です。
自由党、新社会党にお願いに行ったそうですが、どのような経過だったのですか。
詳しく、、。

◎曽根都議の応え
(メモ)
・自由党・参院議員青木愛さんの事務所が北区にあります。
ーーー
(講演と重なる)
2014年12月の総選挙で、東京12区では、公明・大田昭宏が当選しました。
自民党は候補を立てませんでした。
池内さおり候補(共産)が次点(比例3位復活当選)、生活の党・青木愛候補が3位で二人合わせれば大田候補に迫れる得票でした。
・・・・
小沢一郎氏は、志位委員長に「自由党は池内を応援する」と話しており、都議選は、その前哨戦でした。
私自身が青木さんの事務所に出向き応援を頼みに行きました。
・・・・・
自由党の支持者から「小沢にたのまれたから」と支持がありました。
自由党・山本太郎議員はJR十条駅前に来て応援してくれました。
彼は曽根のビラをよく読み、「曽根がなにをやったか」を語ってくれました。
特養ホームは月14万円ですが、北区だけは月10万円以下で生活保護の方も入れるようになりました。
4人部屋でトイレと洗面は共用ですが個室になっており、病院の差額ベッド代のようなものをとらない方式です。
(共産党区議、こういうこと言ってくれなかったですよー笑)
さらに、山本議員は「十条の駅前や、商店街をぶった切る政治に反対する曽根に一票を」と訴えてくれました。
(拍手)

北区には新社会党の区議さんがいます。
(元ボクサーです)
彼はすごくまじめで週2回街頭宣伝をしています。
労働組合や市民団体が支援していますが、一人会派のため区議会で「いじめられている」状態です。
前回は民進党を支援していました。
今回は、「曽根さんを応援する」とほぼ選挙期間中毎日政党カーに乗ってくれました。
たくさん、票を読んでくれました。
投票日当日、、、、危険防止活動までしてくれました。
私自身も道路問題の活動家などに棄権防止活動をお願いしました。
お寿司屋の主人が寿司を握りながら電話してくれるなど感動する話もあり、逆転で勝利することができました。
(拍手)
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ーーーーーーーー
【曽根肇都議の講演 抄】
(メモと山口さんのまとめ文章より)
*私は、1972年、北海道大学3年生の時、入党しました。
(党歴45年になります)
理学部出身です。
北区にある化学染料工場の研究室に就職しました。
4年間働いて辞め、25歳で民青の専従になりましたが、この時の経験は貴重でした。
築地市場の豊洲移転問題。
豊洲、これはおかしいと思った。
水が溜まっている。
9月、ようやく、水汲みが容認された。
調べたら、有機汚染されている。
ペーハー10~11、強いアルカリ性だ。
漂白剤の原液のようなものが、地下水になって何万トンも埋まっている。
その上に建物を立て、魚をもってくる、とんでもない、非常識なことです。

*今日から臨時都議会がはじまりました。
(会期 8・28~10・5)
豊洲関係予算の撤回を要求していきます。
私は代表質問をしますので、見ていただけたらと思います。
そこで築地の皆さんの想いを代弁したい。
築地のみなさんは、これまで、自民党のお世話になってつながりが深い方々です。
ところが自民党議員が今年3月、築地にネズミやカラスが多くて、不衛生だと、写真をパネルにして掲げさせ、「豊洲へ移転」と言ったことから、築地の怒りを買った。
女将さんたちも「これまでいくら支援してきたと思っているのか」と、怒っています。
豊洲移転は、必ず暗礁に乗り上げます。
また、都知事選挙になるかもしれません。
矛盾はさらにでてくる。

*今年廃刊となった『都政研究』に12年前のことですが、「わが青春の軌跡」という一文を寄稿しました。
自分史の一端ですがコピーをお持ちしましたので後でお読みください。
・・・・・・
私は、学生時代三島由紀夫に傾倒していました。
現状の打開策は、イデオロギーだけではない、私達日本人のあり方が問われています。
根深い政治不信がはれるようにしたい。
ーーーー
ーーーー
『都政研究』=コピー
○わが青春の軌跡○ 172
 曽根はじめ
・・・・
☆力試しのつもりで始めた人形劇にハマる
・・・・
・・・・
☆自決の日まで三島由紀夫に傾倒
家庭の庇護の下にぬくぬく育ち、
(注:曽根さんの父親は旧国鉄北海道総局の幹部職員)
日本の社会は大人たちの力でうまく回っていて、自分や家族の未来も予定調和の中にあると信じて疑わなかった私にとって、学生サークルでの活動はかなりのカルチャーショックだった。
入学がちょうど日米安保自動延長の年で、サークルとして安保条約廃棄、沖縄協定反対の決議をあげたり、ベトナム反戦のデモ行進にとにかく参加しろ、さもなくば現状肯定派かと詰問される。
天の邪鬼な私は、必死でディベートしながら安保肯定派の本を探しまわったが、当時は図書館も書店も安保批判の本ばかりで溢れ、数少ない安保肯定の文献は、私の目にも底の浅いものばかりでした。

その中で、際立って先鋭的で行動的だったのが三島由紀夫で、天皇を日本の中心にすえなおし、敗戦で失われた日本人の伝統と美徳をとりもどすという「文化防衛論」に、一時かなり傾倒していた。
とにかく、極左でも誰でも論争しては心情的に巻き込んでいく姿に、彼なら戦後の日本が失いつつある日本人の誇りのようなものを、納得する姿で復活させてくれるのではないかとさえ思っていた。
その後、三島氏が市ヶ谷の自衛隊駐屯地に突入して自決したおかげで、私は憑き物が落ちたようになり、急速に革新の側に接近し、自宅で赤旗新聞をとりだした。
・・・・略・・・・
ーーーーー
ーーーーー
(曽根さん 抄 続き)
*池内さおりさんは、愛媛出身で、小林多喜二を三浦綾子が描いた小説『母』を読んで、共産党に飛び込んできた方です。
彼女は演説で必ず多喜二の話をします。
LGBT(性的少数者)を国会で取り上げた功労者です。
彼女を応援する「さおり押し隊」が頑張っています。
昨日は東京12区と13区の勝手連が集まり、今日、宣伝行動をしています。

*共闘への変化は2011年3・11から始まったのではないでしょうか。
私自身は2009年の民主党ブームで浪人(落選)中でしたので、石巻のボランティア責任者となり、北区内でカンパを集め、ボランティアを組織して現地に送る活動をしていました。
2012年3が宇12日、日曜日に北区で反原発集会が開かれました。
民主党、社民党、新社会党そして共産党の議員が個別に集まり、市民団体や福島被災者と一緒に飛鳥山公園をいっぱいにしました。
その時「共闘ってすごいな」と実感しました。
原発反対運動は今も継続されています。
3・11前後に毎年集会とデモが開催され200人から300人が集まります。
そして、金曜日の官邸前行動は戦争法反対運動と重なり、一緒になり、実態として共闘の輪が広がっていったのです。
学生時代に、ディミトロフの統一戦線論を勉強しましたが、当時はよく分かりませんでした。
しかし、地域のことでは、その時々の課題で共闘が行われます。
北区では、東北・上越新幹線の高架通過もんだいなどです。
・・・・
(終)--長い拍手ーー
ーーーーーーー
ーーーーーーー
(感想文)
▼都議選の話を詳しく聞くことが出来て良かった。
都民ファーストに走った候補が当選したが、次回も当選するとは限らない。
ブームはブームで終わる。
10代の中で政治危機に鋭く反応している人がいることに将来への展望が見える。
貧しさへの怒りが弱い人々に向かっている。
この原理をいかに理解してもらうか、発信力を高めて共感・感動させて行動を変えていこう。

▼『赤旗』にもない新鮮な話が聞けて良かった。
方程式のない共闘、市民の動きが大切だと学べました。

▼中野(3人区)では落選した。
原因は何だったのか。
曽根さんのお話しを聞き、改めて共闘を考えてみたい。

▼生々しい話が聞けて興味深かった。
野党共闘は政党間だけの問題ではなく、市民と一体で初めて成立すると思う。
市民共闘・市民連合を強化することが大事だ。
共産党は市民の中に根を張って活動することが今までになく必要と思う。

▼大企業の400兆円の内部留保をいかに活用するか。
共産党には活用法案を提出してほしい。
(国税OB)

▼とてもわかりやすく、次回の選挙のためになりました。

▼共闘が民進、共産だけでなく、自由党や新社会党なども強力な役割を発揮していることがよくわかった。
野党共闘に逆流が強まっている。
選挙区ごとの部分共闘になりそうな気がする。
共産党の地区委員会レベルでも、今回のような学習会はなかなか開けないと思う。
法政9条の会の活動水準の高さに感心します。

▼法政OBの原のり子さんの話も聞きたかった。
無党派層の投票行動の話が興味深かった。
都民ファースト29%、共産+民進でほぼ同じです。

▼内幕も聞けて良かった。
共闘を続ける難しさも知った。
選挙共闘によって、自分の投票したくない候補への投票を求められたら、どんな行動をするか、全く想像がつかない。

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September 22, 2017

上野・うえの へ。

2017年9月X日
*上野へ行った。何回か。まとめ。記録。
①8月16日(水)
【65周年記念 平和美術展】(東京都美術館) を観る。
*すべてのいのちを大切に 平和の壁に花一輪を 日本を戦争する国にさせない*
特別企画展示 「子どもたちへのメッセージ」
⁂主催:美術家平和会議
⁂後援:原水協・新日本婦人の会・全教・東京都教職委員会・日本平和委員会・文化団体連絡会議・日本原水爆被害者団体協議会
ーーーーーー
(絵画)
・米村直三 「街角のオペラ歌手」
=路上で歌う。エディット・ピアフもそうだった。
一転
・米村直三 「美しき日本・高江」
=沖縄・座り込む人たちへ襲いかかる国家権力。怒!

・小堀吉廣 「特攻に散ったプロ野球選手・2」
=石丸進一投手を描く。

・五江渕一則 「田園の赤い屋根の家」
=おおきい画だ!中に吸い込まれそうだ。いや、入りたい。
牛、犬、アヒル、自転車、山、川、畑、田圃、大空、、、。

・佐藤かつのり 「MADONNA 2」「鵜原理想郷」
・浅川光一 「汚染水」「汚染土」「汚染土(フレコンバック)」=福島だ!永遠の記録、、。
・添島幸雄 「地すべりと落橋」(熊本地震)
・美濃部民子 「小さき命の賛歌A」「小さき命の賛歌B」
=抽象画
・根岸君夫 「絵を描く人」
・宮本和郎 「春へ向かう花・彩彩」「春めき立つ庭隅」「”福島”のおんば」=!!!
他他!!!。
(デザイン宣伝美術)
(写真)=力作がずらり。
(書)=うまい。オレは字がだめだ。
(彫塑立体)
(工芸)
(いけ花)
(子どもの幸せ)=30点。18人。いいねー。
(特別展)
ーーーーーーー
・美術家平和会議発行・「65周年記念平和美術展出品目録」
(5ページ)
★被爆者肖像画に寄せてー遺族からー

故 満田誠二 様  -- 安 和子 画
被爆地:広島 当時12歳 2015年10月31日 急性胆嚢炎により死去
(妻 満田恵美子さまー文章略)

故 肥田舜太郎 様 -- 桐生 明夫 画
被爆地:広島 当時27歳 2017年3月20日 肺炎により死去
(埼玉県原爆被害者協議会・田中さまー文章略)

故 硯谷 文昭 様 -- 百瀬 邦孝 画
被爆地:広島 当時14歳 2017年2月27日 誤嚥性肺炎により死去
(次男 硯谷昭広さまー文章略

故 徳本 俊男 様 -- 武田 昭一 画
被爆地:広島 当時20歳 2016年12月3日 心不全により死去
(長男 徳本長史さまー文章略)

=合掌=
ーーー
■大江健三郎:聞き手・構成 尾崎真理子
  「大江健三郎 作家自身を語る」 
  (新潮社) 2007年
(76p~78p) を写す。
《第2章 「奇妙な仕事」初期短編『叫び声』『ヒロシマ・ノート』『個人的な体験』》 
・・・・・
私がこの50年近くを振りかえって、あなたのいわゆる「一貫していた」ということはですね、政治的なというより社会的なといった方がいいでしょうが、そのような自分の関心について、私もそうだった、とおもいますよ。
・・・・・・

・・・・・・
1960年の日米安保改定をめぐる反対運動、それに自分は参加したが、それはどういう意味を持ったものだったか、アメリカが広島と長崎に原爆を落としたこと、いまも日本に米軍の基地があるということ、さらに沖縄に最大の基地があり続けていることで、現実に日本人は社会的な安定感を持ち、経済は発展していく、こういう状況はどういうことなんだろうか。
これらの問題についてずっと勉強をしてきた、ということなんです。
私は本当に一緒にやる人たちから遅れていて、安保の最中にはまだ多くのことが良く分かっていなかった。
それでいてあの時、ほとんど感覚的に自分がこの方向に行こうと決めた運動は正しかったか、それをずっと確かめてきたということなんです。

それに重ねて、’63年に生まれた長男の光が、脳に障害を持っていた。
その若い父親として広島に行く。
そこでじつに人間として立派な方に会うことができた。
重藤文夫さんという原爆病院の院長先生でしたが、その方が寛容に私を受け止めてくださって、どんな質問にも答えてくださるし、多くの被爆者の方に紹介していただいた。
そして私にプラスの側のというか本当に正しい―私は正統的なという言葉を使っていますが―はっきり人間らしい人間がいる、ということを教えた。
そういう人に学びたい、そういう人の側にいたい、という気持ちがあって、『ヒロシマ・ノート』を書いた。
「この人は原爆という大きな試練を経て、ここにいて仕事をしている、その見事さというものを自分は忘れないでいよう」という気持ちが、なによりも根本的なものとして私の胸に刻まれたのです。

これは偶然の出来事ですが、先日、私らのやっている「9条の会」でさいたま市に行って、集会を組織してくださる方たちにお会いした。
その中に、「あ、この人は特別な人だ」と、その方の顔を、態度を観るだけで電流が伝わるように感じる人がいられたのです。
その方に10数年前、一度か二度お会いしている。
しかしその顔かたちは忘れていた。
お互いに年をとっているのでもあります。
それでも分かった。
凄い人だと、すぐわかった。
お話しをして、その人は 肥田舜太郎氏だと、あらためて確認したのですが。
原爆の時に軍医として傷ついた兵士を救うことをされ、それからずっと原爆と医療の接点で努力を続けてこられた方なんです。
その人がそこに立っていられる。
そしてその存在そのものが40年以上前に出会った重藤さんと重なる。
このような人間のタイプがあるんです。
そういう出会いを20代の終わりに経験した。
しかも自分の息子が重い障害を持って生まれてきたという、人生のかつてない大きな困難に出会っているなかで、広島へ行ってそういう人たちに寛大に受け入れられたということがあったのです。
それは自分の人生の、最大の幸運だったと思います。
(礼)
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②2017年7月16日(月・祝)
★「びょうぶとあそぶー高精細複製による新しい日本美術体験」
・主催:東京国立博物館・CANON★
 (東京国立博物館本館・上野公園) を見る。

*「松林図屏風」長谷川等伯筆(複製)
座ってみる。心地よい。
風と波、松林、海辺、、
こぼれまつばをかきあつめ、、
こぼれまつばに火をはなち、、、
海辺の恋、、、、
と、そのとき、かもめか?動いた!飛んできた!
画の中に入った。
いいなー!

*「群鶴図屏風」尾形光琳筆(複製)
豪華な屏風。黄金の中の鶴。16羽。首が長くて目が鋭い。
が、だれかが、タッチした。
そのとき、鶴が動いた。飛んだ!
ワ―ッ!拍手
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ーーーーーー
・外へ出る。公園で何かのイベント、、。
テントが並んでいる。
ビラをもらう。立ち寄る。
【Grenn Food Festa】
主催:NPO法人ベジライフ協会
後援:外務省 観光庁

・スリランカの店で、ジュースを飲む。
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③7月23日(土)
【上野動物園】へ。
・1歳5か月の幼児二人に、大人が4人。
・パンダを観る。
赤ちゃんは、映像で観る。
・孫は、像と猿に少し興味を示した程度だ。
一番の関心は、自分が歩くことだ。
よちよち歩き。
わき目もふれず、とことことことこ、歩いていく。
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④8月12日(土)
【日タイ修好130周年特別展:タイ~仏の国の輝き~】を観る。
⁂主催:東京国立博物館・タイ王国文化省芸術局・日本経済新聞社・BSジャパン

・仏陀遊行像 (スコータイ時代、14~15世紀)
―男性なのか、、、。女性なのか、、、。
左足を前に、右足が少し後ろ、穏やかな表情で歩いている。
(平和で繁栄していたのだ、、と思う)
ーーー
《黒田清輝 記念館》を観る。

・「湖畔」1871年(=明治31)ー教科書にもでていた。日本女性。
・「祈祷」1889年(=明治22)-フランスの女性。何を祈るのか、、。
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ーーーーーー
⑤9月10日(日)
【再興第102回 院展】=東京都美術館・を観る。
⁂主催:日本美術院・文化庁・東京都・台東区

・下田義寛 「早晨(そうしん)氷結する湖」-富士山だ!
・川瀬麿士 「白 嶺」―富士山だ!
(う~む)
・福井爽人 「春陽」-インドだ。日本と違う春の陽がある、、、。
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《東京芸j術大学大学祭》を観る。
・学内ー喧噪。
・上野公園で、《コモゴモ展・KOMOGOMOTEN》を観る。
=コモゴモ展は東京芸術大学出身の若手作家が主催するアートイヴェントです。
様々なジャンルの作家による作品発表や音楽の演奏会を開催しています。
芸術を身近に感じられるように、「つくり手と来場者がコミュニケーションをとりながら互いに学び合える生涯学習の場」をコンセプトに活動しています。
上野公園には国内をはじめ世界中からたくさんの人が訪れます。
ここでの出会いはまさに一期一会。
コモゴモ展で出会える作品はすべて作家の作品から生まれる一点ものです。=チラシより。

*漆塗りの箸を買う。
男二人が小さい店をだしていた。
漆をやっているひとだ。
岩手・浄法寺の漆が朝日新聞に紹介されていた。
漆塗りではないが、おもしろいのが一つ、両端を細く削り、左右というか、上下と云うか、両方を使える箸。  
買った。”一点もの” ¥800、-

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September 10, 2017

講演・「立憲主義・軍事立憲主義と強権政治の強行」(杉原泰雄一橋大学名誉教授) を聴く。

2017年7月29日(土)
*土曜日→午前10時開場、開会なのだ!
行って みよう。
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★憲法講座―安倍9条改憲を阻止するためにー★
と  き: 2017年7月29日(土)
そころ: アルカディア市ヶ谷 6階 阿蘇

*司会  石山久男 憲法会議代表幹事

◎開会挨拶  川村俊夫 憲法会議代表幹事

●講  演  杉原泰雄 一橋大学名誉教授
        【立憲主義・軍事立憲主義と強権政治の進行】

■国会報告 山下芳生 日本共産党副委員長・参議院議員  
        【安倍9条改憲を許さない、市民と野党の共同からー国会から】


◎主 催: 憲法改悪阻止各界連絡会議(憲法会議)
○協 賛: 神奈川憲法会議・埼玉憲法会議・千葉県憲法会議・東京憲法会議
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・会場ー超満員!
ーーーーーーー
◎川村俊夫さんの開会挨拶
(メモ)
・講座は秋の予定だったが、本日に早めた。
情勢による。
安倍による改憲はこれまでと質が違う。
9条改憲の自民党案は2012年にでている。
9条の1項を残し、2項を削除する。
自衛隊を国防軍として新たに書き込むというものだった。
安倍改憲案は、9条1項、2項とも残し、3項を新たに設けて自衛隊を入れるというものだ。
自衛隊の「合憲化」を図ると言う。
安倍首相は、戦後レジームからの脱却を言うが国民は支持していない。
9条2項を削るとなったら、国民の抵抗は大きい。
それで、9条は変えない、3項を付け加える、ということだ。
付け加えたら、2項は棚上げされる。
憲法でも、法律でも、後から成立した方を優先する、というのが解釈の常識だ。
自衛隊は、現在、海外で武力行使はできない。
南スーダンから撤退した。
アメリカの艦船警護も太平洋だけで、日本海には入らなかった。
9条があるからだ。
3項、の狙いは”加憲”を主張する公明党をとりこみ、併せて護憲派に揺さぶりをかけようとするものだ。
昨年のような(戦争法反対)統一行動、統一戦線を組ませないようにしよう、というものだ。
野党の中で、自衛隊が違憲だというのは共産党だけになっている。
安倍改憲発議を許さない。
安倍を退陣に追い込もう。
今日の先生の話をしっかり身につけ、活動しよう。
(拍手)
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●講演・【立憲主義・軍事立憲主義と強権政治の進行】
 *杉原 泰雄 一橋大学名誉教授
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(プロフィール)
・1930年 静岡県生
・1961年 一橋大学大学院法学研究科博士課程修了
一橋大学法学部教授
現在、一橋大学名誉教授
著書・多数
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(講演のメモ)- 一部
・私は、87歳になります。
第二次世界大戦が終わった時、15歳、旧制中学3年でした。
勤労動員で行っていた工場で8月15日を迎えました。
4年の時、日本国憲法に出会いました。
天皇主権から国民主権に移った。
しかし、先生は学校で国民主権について説明できなかった。
大学の教授が国民主権の説明ができなかった。
戦争中、国民主権の研究はできなかった、議論できなかったのです。
明治憲法に学問の自由はなかった。
国民主権を研究したら治安維持法違反で逮捕された。
基本的人権も意味が違った。
明治憲法の人権は臣民としての人権でした。
自由も臣民としての自由でした。
戦争の放棄についても、社会的政治的意味での放棄とはどういうことか、分からなかった。
(私も分からないまま憲法の研究者になって、現在に至っていますー笑)
中でも、立憲主義への理解―これが一番ダメで、できていない。
それで、現在の事態ができている。
立憲主義とは何か。説明ができない。
憲法の学習は、まず、立憲主義から入らなければならない。
安倍首相は、法の支配と云うことを言いました。
しかし、法の支配と立憲主義は違います。
これの理解ができていない。
立憲主義について詳しく述べているのは日本国憲法なのです。
これ以上のものは無い、と言ってもよい。
憲法前文の第一段落、ここで丹念に説明しています。
しかし、大学の講義では、前文は詳しくはやりません。
司法試験の問題に出ないからです。
弁護士でも立憲主義について知っている人は少ない。
弁護士の大臣で、全く分かっていない人もいる。
最高裁の判事は、15人の内、憲法学者は一人もいない。
憲法学者は最高裁判事になれない。
これがながく続いている。
最高裁判事は、候補者30人の中から15人を選ぶ。
第1回選任のとき、九州大学教授ー憲法学者が一人選ばれたことがある。
これが最後になっている。
立憲主義を知っている人は、多数党にとって、都合が悪い。
政治の力で立憲主義が粗末にされ歪められている。
これを止め、正すの主権者だ。
国民が立憲主義の勉強を始めなければならない。

私は、以前、社会科教科書の執筆者だったが、文部省からつまらないことで訂正を求められた。
家永三郎さんは、歴史学者だが、同じくで、調査官が何時専門家になったのだ!?と怒った。

30年前、「憲法読本」(岩波書店)を書いた。
立憲主義について述べている。
高校生も選挙権を持つようになった。
最近、高校での参考文献で使われるようになっている。
立憲主義とは、憲法に従って政治を行う、ということだ。
場合によっては、憲法が政治を止めることもある。
政治と社会の根本的あり方を決める国の最高法規として憲法がある。
国家統治権=国家権力だ。
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《先生のレジュメ》
【立憲主義・軍事立憲主義と強権政治の進行】
= 杉原泰雄 一橋大学名誉教授

Ⅰ、近代以降の政治の特色―立憲主義

1、近代の前夜(身分制的封建体制の末期)における正当化論
  権力担当者の「本性」論ー「権力の濫用」も「公理」
 ・モンテスキュー
 ・ルソー
 ・ヴァレル
 ・ジェファーソン

2、近代における2つの立憲主義体制
(1)近代立憲主義型の主権主義(米・仏・A型)
  「下からの近代化」(近代市民革命による近代化)
  ①人民主権、国民主権(People, Nation)
   不可侵の「人権」の保障

  ②授権規範・制限規範としての憲法による政治
  主権者と「人権」のための「権限」による政治

(2)外見的立憲主義型の立憲主義(独・日・B型)
 「上からの近代化」(近代市民革命によらない近代化)

 ①君主主義(君主が国家統治権の権利主体)
  臣民の権利(人権の保障なし)

 ②例外的な禁止規範・制限規範
  主権者(君主)は憲法で禁止されていない事項はすべてできる
  主権者(君主)は憲法で制限されていない方法はすべてできる

3、憲法の基本用語の概念・憲法原理との相対性
 ①臣民の権利(自由)と人間の権利(自由)
 ②明治憲法の天皇と日本国憲法の天皇


Ⅱ、軍事立憲主義
 -その歴史的社会的諸条件の変化に対応する転換ー

1、「軍事立憲主義」のはじまり ― 国内最大の武力の統制の不可欠性

(1)アメリカ・フランスから始まる
(2)外見的立憲主義の国も

2、軍事立憲主義体制の展開

(1)軍事立憲主義の内容の展開
(2)軍と戦争の悪用の拡大

3、現代・現在における軍事立憲主義の転換の動向

(1)戦争の手段性喪失
 ①第2時世界大戦
 ②国連軍縮会議
 ③米ソ冷戦

(2)軍事支出と生活・経済・財政の破綻

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(資料)
『憲法読本』(第4版、2014年) 岩波書店
『試練に立つ日本国憲法』(2016年) 勁草書房
『日本国憲法と共に生きる』(2016年) 勁草書房
『憲法と資本主義』(2008年) 勁草書房
『憲法と資本主義の現在』(2010年) 勁草書房
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(杉原泰雄講演資料)
・【モンテスキュー】は、1748年に『法の精神』を公刊して、以下のような指摘をしていた。
「政治的自由は、権力が濫用されない時にだけ、制限的な国家にある。
権力を担当する者がすべて権力を濫用しがちであるということは、永遠の経験の示すところである。
彼らは限界を見出すところまでいってしまう・・・・・
権力が濫用されないようにするためには、権力が権力を抑制するように事態を定めておかなければならない。
憲法は、何人も法が義務づけていないことをするように強制されず、また法が許容していることをしないよう強制されないように定めることができる。」
(第11編第4章)。
=権力分立と立憲主義の提唱である。

・【ルソー】は、1755年の『人間不平等起源論』では、私有財産制が展開して貧富の差が社会に根をおろすようになると、
富者は「支配することの快楽を知ると間もなく、他の一切の快楽を蔑視した・・・・
隣人を制御し、隷従させることしか考えなかった。
ひとたび人肉の味を知るや他の一切の食料を見捨てて、以後は人間をむさぼり食うことしか望まないあの餓えた狼とちょうど同じように」(第2章) と指摘していた。
そのような事態に対処するために、ルソーは、1762年の『社会契約論』では、「人民の、人民による、人民のための政治」を徹底してもとめる「人民主権」の体制を提示し、以下のような指摘をしていた。
「国家が1万人の市民からなっていると仮定しよう・・・・国家の各構成員は・・・・主権の1万分の1を分有しているのである」(『社会契約論』第3編第1章)と述べ、当時のイギリスの白紙委任的非民主的代表制を以下のように糾弾していた。
「イギリス人は自由だと思っているが、それは大きな間違いである。
彼らが自由なのは、議員を選挙する間だけのことで、議員が選ばれるや否やイギリス人は奴隷となり無に帰してしまう」(『社会契約論』第3篇15章)と述べ、その体制をイギリス人の「無恥」の所産と批判していた。

・フランス革命時に、民衆運動の指導者であった【J.-F,ヴァレル】は、以下のように述べていた。
「われわれにとって証明された心理がある。
人間は、本来傲慢に創られており、高位につくと必然的に専制に向かっていくということである。
われわれは、今では、創設される諸機関を抑制拘束することが必要であり、そうしなければ諸機関はすべて圧政的になるということを感得している。
諸機関の間で抑制均衡させようと努めたりしないようにしよう。
人民以外の抑制力はすべて誤りである。」
(「社会状態における人間の権利の厳粛な宣言」)(1793年)。
ここにも、ブルジョワジーの解放に限られない民衆をも含めた「第三身分」総体の解放構想がある。

・アメリカの独立宣言を起草し、のちのアメリカ合衆国の第3代大統領となった【トマス・ジェファーソン】は、1798年に以下のような注目すべき指摘をしていた。
「信頼は、どこでも専制の親である。
自由な政府は、信頼ではなく猜疑にもとづいて建設される。
われわれが権力を託さなければならない人々を制約的な憲法によって拘束するのは、信頼ではなく猜疑に由来する・・・・
権力の問題においては、それゆえ、人に対する信頼に耳を貸さず、憲法の鎖によって非行を行わないように約束することである。」
(「ケンタッキー州州議会決議」1798年)
ーレジュメ 終ー
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(杉原先生の講演)
・近代は身分制度撤廃の時代であります。
資本主義は、個人の自由、平等が無いと成立しません。
フランス革命(1789)、アメリカ独立宣言(1776年)でまずそれが行われた。
自由平等を実行した国は、圧倒的な力を持った。
100年後、19世紀末、それは日本に及んだ。
日本で、1889年、明治憲法が制定された。
憲法を持った国はアジアでは日本が最初です。
日本国民は、これまでの歴史で、明治憲法と現在の日本国憲法、二つの憲法を持っています。
明治憲法は、天皇主権です。
国民の権利は、臣民の権利で、従属的権利で、法律でいくらでも制限できた。
治安維持法は、天皇制の否定は言うだけで死刑とされた。
日本国憲法は、国民主権です。
個人の権利は、法律で制限できません。
ここの区別は重要です。
この区別が分かっていないのが今の自民党政治です。

・資本主義体制は、自由・平等が無いとやっていけません。
この思想は封建体制のもとで起こりました。
権力者が権力を乱用する。
これを抑えなければならない。
乱用を抑制する制度をつくる。
国民の自由・平等を保障する。
それによって社会は発展する。

・モンテスキュー →『法の精神』→権力分立論
・ルソー →『人間不平等起源論』『社会契約論』
・トマス・ジェファーソン →権力を憲法の鎖によって非行を行わないように統制する。
「人民の 人民による 人民のための政治」を実行する。
(詳しいお話しー略)

この思想は、仏・米で始まり、やがて世界化しました。
19世紀末、日本にもおよび、日本も取り入れた。
しかし、仏・米型=A型では なかった。
B型です。(レジュメ)

・米・仏型=A型は、不可侵の人権を保障している。
アメリカでトランプ大統領が出てきましたが、しかし、これを批判する力が国民にある。

・独・日型=B型です。
君主主権です。
天皇が統治権を総攬した。
議会は協賛するものでした。

しかし、日本は、日本国憲法によって、B型からA型へ移行しました。
人民主権、国民主権です。
現憲法には、軍隊を持ってよい、集団的自衛権、個別的自衛権も、どこにも書かれていない。
主権者は、政治の間違いには、異議を言わなければなりません。
憲法第15条1章では、公務員の選定、罷免についての国民固有の権利について述べられている。
さらに、具体的な法律が必要と思います。
以前、奥平・向両先生と私で、本を出しています。

*軍事立憲主義について。
軍事も政治の一部です。
憲法に従って実行されなければなりません。
戦争状態に入ると、平時国内法から戦時国際法が適用される。
日本国憲法には、軍隊を持って良い、戦争をして良い、という規定はない。
国の交戦権は認めていない。
これは、戦争を防ぐためのものです。

戦争をするためには軍事が必要です。
ある国対抗して軍事を拡大する。
金を使う。金を使うことも本来、禁止されている。
1948年、アメリカは、パックス・アメリカーナで、世界を支配していたと言ってもよい。
資本主義国全体の、工業製品・54%を生産していた。
世界・全外貨の53.7%を持っていた。
世界銀行、国連本部、すべてアメリカの持ち物と云ってもよかった。
米ソ冷戦時代に、軍拡競争を行った。
軍事費が急増した。
財政が赤字になった。パックス・アメリカーナは破たんした。
アメリカの国際活動は低下した。
質が落ちた。
軍拡競争は自滅の道だ。
ソ連は典型だ。
戦後、ソ連は、ヒロシマ型原爆の、3000倍の実験を行っている。
1990年、国家が滅んだ。
1991年には、パンが配給になった。

日本は軍拡競争に走ってはならない。
走ったら必ず自滅する。
軍事に金を使わない政治経済体制を作らなければならない。
どんな体制か。
日本国憲法体制だ。
(フランス革命、アメリカ独立宣言、パリコミューン、ルーズベルトとニューディーラ―の思想を受けついでいる)
権力と財政を万人のものとすることだ。

日本国憲法は現実的だ。
北朝鮮の核実験、ミサイル問題があるが、決して戦争をやってはならない。
まちがえば、核戦争になる。
民族存亡に関わる状態がおこる。

憲法を具体化する学習活動が行われている。
H市では、弁護士が市民と共に定期的な学習会を行っている。
各地で続けている。
日本国憲法を守り抜く、具体化する、そのために私も全力をあげる。
(長い拍手)
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●山下芳生 日本共産党副委員長・参議院議員の国会報告
  【安倍9条改憲を許さない、市民と野党の共同―国会から】
(メモ)- 一部
・モンテスキュー、ルソーの封建体制批判が、250年前の法が、現在の日本に当てはまる、そう思いました。
安倍首相のやりかた。

都議会議員選挙で日本共産党は、17議席から19議席へ躍進しました。
自民党は、57議席から23議席へ。6割減でした。
共産党が増えて自民党が減った、ダブルで嬉しいという声が寄せられています。
森友、加計学園問題にみられるような、政治の私物化、
共謀罪に見られるような、憲法を壊すやり方への批判、
”こんな人たちに負けるわけにはいかない”といった発言、
安倍首相に対する都民の怒りが選挙で示されました。
仙台市長選挙では、野党共闘の候補者が当選しました。
安倍内閣に対する批判です。
安倍首相は、内閣改造を行って、批判をかわそうとしていますが、私達は、国会解散、総選挙を求めます。
安倍内閣打倒のチャンスです。

5月3日、安倍首相は、改憲を明言しました。
総理大臣が{憲法改正}を言うのは、(歴史上)、初めてのことです。
発言自体が憲法違反です。
読売新聞と日本会議で発言した。
憲法9条を変えると云う。
1項、2項を残して、3項を付け加える。
3項に自衛隊を書き込むというものです。
国会で、共産党の小池晃書記局長がついきゅうしたら、
安倍さんは、「共産党は自衛隊は違憲だと言っている。合憲にするため変える」、そんな趣旨のことを応えた。
共産党を利用するのは止めてもらいたい。
3項に自衛隊を書き込んだら、自衛隊の活動は無制限になる。
海外派兵も無制限になる。
自衛隊は、最小限の実力組織で、海外への派遣は出来ない、というのが歴代内閣の立場だった。
それを、安倍内閣は、解釈を変えた。
集団的自衛権を行使できる、とした。
しかし、それでも、9条は邪魔だというのだ。
安倍・9条改憲案のシナリオは、日本会議の伊藤哲夫氏が書いたものだ。
3項に自衛隊を書き込み、国際法に基づく実力組織・軍隊にするということだ。
1、2項を残しても世界中で活動できるようにする、というものだ。
ある識者は、自衛隊の力を縛っている9条は、日本のために役立っている、と言っているが、その通りだ。

安倍首相は、小池書記局長に対して、
「(共産党)小池さんが総理大臣になったら、自衛隊は違憲で、自衛隊は解散になるのでしょう。」などと発言した。
共産党は、自衛隊については綱領で明記しています。
憲法9条の立場に立ったアジア外交を進め、国民が自衛隊が無くても安心、心配ないという段階になってはじめてつぎにどう前進するか決める。
自衛隊は、長期にわたって存在する。
現在の問題は、自衛隊を海外で武力行使できるようにするか、どうか、その点です。

北朝鮮のミサイル発射問題があります。
国連決議違反です。
どうして止めさせるか。
戦争で放棄させることはできない。
安倍首相は、ああいう国とは対話はできない、といっている。
TV番組でだが、では戦争ができるのか、と聞かれて、それは出来ない、とも応えている。
2004年、アメリカが北朝鮮へのミサイル攻撃を計画した時、一番反対したのは韓国の大統領だった。
解決は対話しかない。
六か国協議による対話が必要だ。

7月7日、国連会議で、核兵器禁止条約が可決されました。
核兵器は違法である、と決めている。
核の傘も禁止です。
素晴らしい内容です。
北朝鮮の核問題解決の力にもなります。
日本政府は、この条約を承認していない。
被爆国の政府です。承認するべきです。
条約を承認する内閣と国会を皆の力で作ろうであはりませんか!

安倍首相の意図ー憲法9条を変えるーを国民全体に知らせ、総選挙で安倍内閣を退陣させようではありませんか!
(拍手)
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【質問への応え】
◎杉原泰雄先生
(メモ)
・私への質問は、天皇機関説についてとか、深い内容のものがありました。
それらに、いま、応えることはできません。
ですから、わたしからの宿題ということで、みなさんに提案したい。
私の本、「憲法読本」(岩波書店)第4版、2014年、を読んでいただきたい。
特に、憲法前文と第10章・最高法規・(基本的人権の本質)です。
「読本」・第1章で書いています。
ここを押さえておくこと。重要な原則論です。
ここを学ばないと技術論に陥ります。
ーーーーーー
◎山下芳生 参議院議員
(メモ)
・私への質問は、野党共闘、についてが一番多かったです。
6月8日、野党4党は次の4点で合意しています。
これを土台に共闘を進めていきたい。
①安保法制の廃止と立憲主義の回復
②「アベノミクス」による国民生活破壊、格差と貧困を是正する
③沖縄やTPPに見られる民意を無視した強権政治を許さない
④安倍政権下での憲法改悪に反対する
次の総選挙で安倍内閣打倒をめざす。
選挙協力で一致したら発表するとしています。
公党間で約束したことです。
それは政党間だけでのことではなく、市民運動、シールズ、「市民連合」の方々とも、一緒に合意してしています。
戦争法に反対する市民運動の中から「野党は共闘!」の声が沸き起こり、政党間の壁をのりこえました。
仙台市長選挙では、野党と市民の共闘で勝利しました。
右派系の作家・K氏は、共産党は、まずいと思ったことは、これを改める力がある、そんな発言をしています。
良く見ていると思います。
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*古典的、悠然とした講演と、
歯切れの良い、パンチの利いた報告であった。
我々に求められるもの。実践だ。

 

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