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March 26, 2018

日中友好協会荒川支部・2018年・新春のつどい・へ参加した。

2018年2月9日(金)
《新聞を写す》
★朝日新聞・2018年(平成30年)1月31日・夕刊★
(3面)文化・批評
【どこからか言葉が】

谷川俊太郎

もういーかい

雨音で目が覚めた
起きて顔を洗ったら
食卓の上に雪のように白い兎(うさぎ)がいる
ちょっと驚いたがまァいいだろう

古い日記を読み返した
古い日記を読み返したと書いてある
古い日記に出てきたもっと古い日記は
もう無い

雨がやんだ
自然は気まぐれだ
窓からの陽光が眩(まぶ)しい
お日様は気前がいい

時々もういーかいと訊(き)く奴がいる
一応まーだだよと答える
そんな遊び相手も
今にいなくなる

食卓の上にまだ兎がいる
もう顔なじみだ
疑問符にはもう飽き飽きした
感嘆符は呑気すぎる
ーーーーーー
ーーーーーー
【もういーかい】と訊くやつがいる一応【まーだだよ】と答える。
黒澤明だ。
黒澤明最後の作品、「まーだだよ」、1993年だった。
内田百閒を囲む「摩阿陀会」があって、その最後の会で、百閒は、自分の教え子の子供たちに向かって、
「諸君は自分の好きなこと選んで、それを一生懸命やりなさい。それが君たちのベストの道なんだ」と言っていた。
・・・いま、何で思い出すのだろう。

♪♪・・そこにいなばのしろうさぎ・・♪♪映画でも歌っていた。
大国主命の。

古い日記、、、。「自叙伝」。

!は「呑気すぎる」
なにッ!
やるべきことは、やる。
ーーーーー
●朝日新聞・2018年3月27日・夕刊●
(1面)
《改ざん「答弁差し控える」―証人喚問・佐川氏、捜査理由に》
【素粒子】
捜査を受けている身ですので答弁を差し控えさせて―1日で何度きくことになろうか。
佐川氏、核心に触れず。
➡答え、47回!でした。

・あの方、最後に、今日の喚問で「真相が解明されたとは思っていない」と、本人が言っていましたね。
誰かをかばうため本当のことを言わない。
怒りをおぼえるぜ。歪んでいる。
ーーーーーーーー
【素粒子】氏への答え、続き、
➡しんぶん赤旗・55回、でした。
➡東京新聞・55回でした。
●しんぶん赤旗・2018年3月28日・水●
(4面)
《森友学園問題・佐川氏の証人喚問》
★小池晃書記局長による尋問
を読む。
全文読むべし!
ーーーー
まさに、
「森友 真相解明これから」だ。
**首相 しどろもどろ**
=昭恵氏 名誉校長は”モリカケ”=(だけ)
メイヨ職「55件」と言って曖昧にして、罪を薄めようとしたが、失敗しましたね。
ーーーーーーーー
■公文書の改ざん➡公文書というが「大本営発表」と同じになるのではないか。
ーーーーーー
ーーーーーー
《案内》
●日中友好協会荒川支部・新春の集い●
*2018年2月9日(金) 18:30~
*アクト21(男女平等推進センター)地下ホール
*会費:2500円(学生・中国の方 1000円)
(オードブル・飲み物代など)

○チェン・シーさんの歌とお話し
チェンシーさんに日中友好の思いを聞きます

○変面は新しい方の登場です

○ギター演奏で歌おう

○甕だし紹興酒あります

申し込み・といあわせは、
高月昭・安部キヨ子・野口淳・金田泰弘・斎藤正・宮内いほ子
ーーーーーーーー
さっそく 行って みよう!
ーーーーーーーー
超満席

(司会)  宮内いほ子・斎藤正

★支部長挨拶  高月 昭 支部長
(メモ)
・ご参加の皆さんに御礼をもうしあげます。
ご来賓のみなさんに御礼もうしあげます。
中国大使館から、孫さん、喬さん
留学生の方々、物産展経営の皆さん、
アーチスト・チェンシーさん
変面の趙さん、
荒川区から高梨博和教育長、
東京都連合会事務局長の北中一永さん、
ありがとうございます。

日中友好協会荒川支部は、会員、100余人です。
中国旅行、中国映画を観る集い、講演会、の活動を続けてきました。
旅行では、内モンゴル、瀋陽、ハルピンへ行きました。
残留孤児の養父母の皆さんと懇談しました。
山田当治前会長、渡辺先生の尽力ではじめた、中国人の子供さん、小学生への援助、の活動は続けています。
留学生と協力しています。
相当数の中国の方々と交流し友好を発展させていると思います。
友好の上からの障害は、日本政府が中国脅威論を言い続けていることです。
憲法9条を変えて、日本を海外で戦争ができる国にしようとしていることです。
私達は、憲法を守る運動を強めなければなりません。
3000万人署名を進めましょう。
国連で核兵器禁止条約が可決成立しました。
これを日本政府は承認するべきです。
中国は世界経済の牽引国です。
日本の隣の国です。
今年は、日中平和条約締結40周年の年です。
友好を発展させ、深め、共に繁栄する関係へ。
本日がその場への、一つになりますように。
(拍手)
ーーーー
★孫 家 寧 中国大使館教育処 二等書記官の挨拶
(メモ)
尊敬する高月先生、ご参加のみなさん、新年おめでとうございます。
私より、年配の方々が多く、とても緊張しています。
中国大使館を代表してご挨拶いたします。
今年は中国日本平和条約締結40周年の記念すべき年です。
(1972年)、中日国交回復し、平和条約締結まで6年かかりました。
平和条約は、1978年、全人代で批准されました。
日本と中国の戦争を総括し、平和を築く条約として世界に発信しました。
これは、私の親の世代の出来事でした。
日本文化が中国に入ってきました。
私達は、「一休さん」が大好きでした。
NHK連続ドラマ「おしん」を見ました。
映画「君よ憤怒の河を渡れ」は多くの人が見ました。
そういう中、靖国問題がおきました。
歴史認識の問題は、双方が真摯に向き合わなければ、真の友好は発展しません。
日本はその後、中国の高校生1000人を留学生としてむかえました。
中国も日本の青年を迎えました。
問題を直視して解決の方向を見出そうとするものです。
寒い中、散歩します。河津さくらを見ます。
春が近づいています。
中国・日本の関係も同じです。
李克強首相は日本訪問を表明しています。
日本への中国人旅行客は735万人、日本への全旅行客の4分の1です。
民間交流は未来をひらきます。
中国国民は日本に関心をもっています。
厳しい中に、少しづつ春は近づいています。
今年、韓国で冬季オリンピックが開催されます。
2020年は、東京オリンピックです。
2022年は、中国で冬季オリンピックと続きます。
友好と交流は発展します。
私は、中国大使館教育処に勤めています。
荒川区の学校で、中国人小学生に援助を続けておられることに敬意を表し、感謝します。
今後とも、日中友好協会荒川支部が中国・日本の友好へ大きな力を発揮してくださることを期待します。
(拍手)
ーーー
★高梨 博和 荒川区教育委員会教育長の挨拶
=高梨教育長は最後まで(中国語ー日本語)話した=
(メモ)
高月支部長のお話しにもありましたが、中国の小学生が荒川区の学校で大勢学んでいます。
留学生がこれを支援し、子供たちは日本にとけこんでいます。
私自身、学校で中国の子供さんと話すと、みんなニコニコしています。
区が、日中友好の架け橋になることを願っています。
近年、日本・中国の関係は緊張しています。
しかし、政府間がどうであろうと、市民間の交流を重ねていけば、真の友好が生まれると、私は信じ期待してい
ます。
日中友好協会のご発展を祈ります。
(拍手)
ーーー
●北中 一永 日中友好協会東京都連合会事務局長の挨拶
(メモ)
・高梨教育長の中国語は、中国人と同じです。
(拍手)
東京都連合会は、昨年、サンパール荒川で、総会を開きました。
お世話になりました。
北区で開催した、東アジア文化フェスタでは、1400人の会場に3000人が集まりました。
(一部、お帰り頂き、お詫びしている)
内容が良かったですね。
朝鮮中高等学校の生徒さんの歌声に感動しました。
出演者は、思う存分力を発揮していました。
荒川区からも大勢きてくださいました。
そのお礼に、私は、今日、中国の最高のお酒を持って参りました。
周恩来主席と田中首相が乾杯の時飲んだマオタイシュ、それと同じものです。
(笑・拍手)
あとで、みなさん、味わってください。
都蓮は、日中友好のため全力をつくします。
応援してください。
(拍手)
ーー
●乾杯ー野口淳 さん
ーー
●留学生、中国の方々の紹介
⁂中寛信・まち子 ご夫妻

・2016年から、中国の大学で日本語教師をしています。
中国の学校では、366万人が日本語を勉強しています。
一人一人、将来、外交や貿易で活躍したいと思っています。
今日の集いに参加している方々を紹介します。
ご本人からも話していただきます。

(12人の紹介と本人のコメントがあった)
*福建省出身です。
貿易会社を始め、現在、荒川区で物産店を経営しています。

*36年前、日本に来ました。
現在、不動産会社で働いています。

*留学生です。
花火大会へ行って感動しました。
帰る時、会場にゴミ一つ残っていないのに、驚きました。


ーーー
★陳 㬢 (チェン シ)さん=メゾソプラノ歌手
(歌とトークショウ)
(メモ)
・私は故郷(中国雲南省)でコンサートをやりました。
その時、校長先生から、君は歌はまあまだが、話は下手だ。
もっと上手になりなさいと言われました。
(拍手、笑)
来日して20年になります。
その頃、中国からの留学生は少なかった。
中国は貧しかったのです。
何故日本へ来たか。
中国の音楽大学を出て、その関係の仕事をしていました。
しかし、求めているものと現実にギャップがあった。
いろいろ考え悩んでいた。勉強を続けたかった。
桐朋学園大学へ入学しました。
夜、アルバイトをして昼学校へ通う。
アパートの家賃は38000円、4畳半、トイレ共同、風呂はありませんでした。
この生活を6年続けた。
卒業後、ヨーロッパへ行きたかった。
しかし、行けなかった。
孤独でした。
ーーーーーーーー
【割り込み】
・桐朋学園というと、どんな大学なのかな。
オレは、よく知らない。
以前に読んだ本にそれに少し触れたところがあった。
外れるが写してみよう。

◎崔 善愛 (チェ・ソンエ)著
  「父とショパン」 
  (影書房) 2008年 

(25ページ)
Ⅰ、父とわたし
  *父・崔昌華(チェ チャンホア)
  《こどものころ》
・・・・・
・・・・・
高校2年生まで習ったその先生は、毎日コンクールの審査員をされるような方で、プロのピアニストを目指す生徒しか教えていなかった。
「ピアノの練習をするために、毎日の学校の勉強はそこそこにして。
学校でエネルギーを使い果たしちゃだめよ、エネルギーは練習のためにとっておきなさい」と言う音楽至上主義のような先生だった。
まだわたしは中学生になったばかりで音楽を職業にできるなどとは思っていなかった。
もっと学校生活を楽しみたいと思っていたが、その先生のもとに集まる生徒さんたちはピアノ一筋といった優秀な人ばかりで、桐朋学園大学や東京芸術大学を目指していた。

半年に一度、東京から先生の、そのまた先生がレッスンに来た。
何人かの生徒がレッスンを受けるということになった。
その大先生が日本の音楽界を代表する、桐朋の学長でもあった井口元成先生だった。
わたしはたしか、小学校6年生以降、何度かこの巨人のような巨匠の先生のレッスンを受けた。
今まで会ったことも見たこともないような独特の雰囲気の先生だった。
大柄で声も大きく、言葉が荒く杖をついていた。
表現は悪いが、やくざの親分のような凄みがった。
レッスン中もたばこをくわえ、何となくよろよろ(おそらく二日酔い)していた。
わたしは、音楽の世界はこんなに怖い世界なのかとおじけづいた。
ところが大先生はわたしにはとても優しかった。
「この子は、何か持っているものがある、しっかり指導しなさい」とわたしの前で先生に言っていた。
その言葉を聞き、母はわたしを音楽の道に進ませることを決意したのかもしれない。
・・・・・・・・
(終)
ーーーーー
〈チェンさん、続き〉
・そういう中、音楽コンクールがあって、それに出たら、入賞しました。
「椿姫」のプリマドンナ、を歌いました。

日中友好協会と知り合って、自分がやりたいことを、見つめることができるようになりました。
音楽は人々を楽しませます。
力にもなる。
せまい心を広くします。
そして、音楽をやるものには責任がある。
責任感について考えるようになりました。
わたしは、まちがっていても、ごめんなさい、と言えない人間でした。
今は、言葉で表現できるようになりました。

中国と日本。
日本が大好きです。
留学生のみなさんは、何か一つ良いものを持って帰国してください。
私は日本を知ってもらうため努力を続けます。
(拍手)

♪♪「わたしのお父さん♪♪
♪♪「早春賦」♪♪


 

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