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August 30, 2018

被爆73年・「原爆と人間展」(荒川区・町屋文化センター)を観る。

2018年8月・8月は重たい。
8月=「8月は平和を誓う月」=笑点・林家三平さん(拍手)!
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(案内ビラ)より。
★被爆73年・【原爆と人間展】★
―原爆・核兵器の被害者を再びつくらないために
―被爆の実相を伝えともに考えよう
時:8月1日(水)から7日(火)まで・午前10時~午後6時
所:町屋文化センター(2階ふれあい広場)
「人間を返せ」(DVD30分)
(10フィート運動で集めた貴重な広島・長崎の記録映像を編集。被爆の実相を訴える。)
などの「DVD」上映会を随時行います)
・主催:原水爆禁止荒川協議会
・後援:荒川区・荒川区教育委員会
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+今年も、行った。 今年は、複数回行って 見た。
DVD「つるにのって」を見る。
これははじめてだ。
佐々木貞子さんのお話し。
折り鶴の像から降り立った貞子さんの元気な姿があった。
友達と力いっぱい走り、話、笑う。
生きている。生きる。生きたかった。
どれだけの人が、少年、少女がおなじであったか。
やはり、また、像にもどる。 彼女は語り続けている。
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◎安らかにねむってください。誤りはくりかえしません。
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●被爆73年
《原水禁大会 2018年 世界大会 in 広島》
荒川代表団 報告集会◎ を聞く。
・8月30日 午後6時30分
・東京土建荒川支部 3階
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*司会: 小林行男 事務局長

(発言)・(感想文)より。
☆永田常彦さん
・今回初めて参加させていただきました。
世界大会で広島、長崎の原爆に対する関心がこれほど注目されていることを知り大変驚きました。
広島まできて、被爆者のお話しを聞き、資料館の写真や展示物を目のあたりにして本当にすさまじかったんだなと、痛感しました。
ノーモアヒロシマ、ノーモアナガサキ、ノーモアウォー。
世界平和というものを願います。

☆吉村 ふさ子さん
・初めて広島の大会に参加して、多くの学びと、感動を得ることができました。
各国の政府代表のあいさつからは、
「核で安全は保障されない」「核開発は世界のリスク」と核兵器のない世界の実現を志す熱い決意に触れ、感動しました。
分科会での、核兵器禁止条約に関するミニ講義はとてもわかりやすく、核抑止力で平和が保たれるという考えは極めて不安定で危険極まりないものだと確信しました。
大国が力で世界を支配する時代は終わった。
この条約は平和を先取りする条約である。
この条約は核兵器に「悪の烙印」を押した。
核保有国は、ならず者国家のレッテルを貼られていることになる。
日本はアメリカの核の傘の依存から離脱しない限りこの条約には入れない。
などなどの話は興味深く、目からうろこで理解できました。
広島市主催の平和式典には、平和公園の森の中でモニターを見ながらの参加でしたが、広島市長の平和宣言、子ども代表の平和の誓いはとても力強く、感銘を受けました。
それに比べて安倍首相のあいさつは、核兵器禁止条約にも触れず、形式的なもので、怒りさえ感じました。
原爆が投下されてから73年、年々被爆者の数が減少する中で、核兵器の恐ろしさを証言することが難しくなってきました。
そんな中で、高校生が被爆者の話を聞き、原爆の絵を描く活動をしていることを知り未来への希望を感じました。
核兵器のない世界を実現するためには核抑止力にしがみつく安倍政権を追いつめ、世論と市民の草の根の運動が大切だと確信しました。
私自身、微力ではありますが、新日本婦人の会の仲間と立ち上がり大きく声をあげ、ヒバクシャ国際署名と憲法を守る運動を発展させるよう努力していきたいと思います。

◎小林 行男 区議
・史上初めて核兵器禁止条約が採択されてⅠ年。
条約の採択に大きな役割を果たしたオーストリアとアイルランドの2人の政府代表が参加して、「この一年間で60ヵ国が署名し、14か国が批准したのは、核軍縮の条約としてはハイペースだと強調。
発効には50か国の批准が必要だが、時間の問題だ」との認識を示しました。
会場全体が核保有国と核の傘依存国がいかに抵抗しようが、禁止条約の発効をとめることはできないとの確信と決意が満ち溢れる大会になりました。
それにしても唯一の戦争被爆国でありながら、禁止条約に背を向け続ける安倍政権の異常が姿が昨年以上に際立っています。
米国の「核の傘」依存をやめ、禁止条約を促進する政府への転換がどうしても必要です。
また、市民と野党との共闘に参加する自由党や沖縄の風、無所属議員からもメッセージがよせられました。
ヒバクシャ署名は870万人に達しています。
さらに大きく飛躍させて安倍政権には早期に退陣してもらいたい気持ちでいっぱいになりました。
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《配られた資料より》
🌸平和への誓いー平和記念式典でこども代表🌸

人間は、美しいものをつくることができます。
人々を助け、笑顔にすることができます。
しかし、恐ろしいものをつくってしまうのも人間です。

昭和20年(1945年)8月6日 午前8時15分。
原子爆弾の投下によって、街は焼け、たくさんの命が奪われました。
「助けて。」と、泣き叫びながら倒れている子ども。
「うちの息子はどこ。」と、探し続けるお父さんやお母さん。
「骨をもいでください。」と頼む人は、皮膚が垂れ下がり、腕の肉が無い姿でした。
広島は、赤と黒だけの世界になったのです。

73年が経ち、私たちに残されたのは、
血がべっとりついた少女のワンピース、焼けた壁に配された伝言。
そして今もなお、遺骨のないお墓の前で静かに手を合わせる人。
広島に残る遺品に思いを寄せ、今でも苦しみ続ける人々の話に耳を傾け、
今、私たちは、強く平和を願います。

平和とは、自然に笑顔になれること。
平和とは、人も自分も幸せであること。
平和とは、夢や希望をもてる未来があること。

苦しみや憎しみを乗り越え、平和な未来をつくろうと懸命に生きてきた広島の人々。
その平和への思いをつないでいく私たち。
平和をつくることは、難しいことではありません。
私たちは無力ではないのです。
平和への思いを折り鶴に込めて、世界の人々へ届けます。
73年前の事実を、被爆者の思いを、
私たちが学んで心に感じたことを、伝える伝承者になります。

平成30年(2018年)8月6日
こども代表
広島市立牛田小学校6年    新開 美織
広島市立五日市東小学校6年 米廣 優陽

(👏 礼!)
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■野口 淳 さん
・昨年(2017年)7月7日、国連が「核兵器禁止に関する条約」を採択しました。
全世界の人々が待ち望んでいたもので、歴史に残る画期的な出来事でした。
こおのことが影響してか、前向きな、明るい発言が多かったように感じられました。
核兵器は人類(人間)とは絶対に共存できません。
なぜ世界で唯一の被爆国である日本がこの条約に参加できないのか?
それは、この条約に参加する国々には核兵器の破棄、放棄、核武装掩護の否定、核抑止力(核の傘)からの脱却を表明し明記することを義務付けられているからです。
日本国は、被爆当時国であり、憲法9条(戦争の放棄)、非核3原則をもつ国です。
今こそアメリカ依存の安保条約、アメリカの核の傘からの脱却が必要なのです。
条約は近い将来、全世界の核兵器の廃絶を訴えています。
歴史的な転換点が近づく中でいろいろと学ぶことが多い大会でした。

■加藤 正雄 さん
・若い人の参加をとおもいましたが、核兵器を撲滅させるには、広島、長崎の原爆のことを風化させないこと、
もっともっと若い人たちの大きく、長い力が必要だと思います。
若い人たちがもっと増えたらいいと思います。
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(配られた資料ーしんぶん赤旗)より。
【被爆の実相学びあう】
=世界大会分科会・青年の広場=

原水爆禁止2018年世界大会の分科会「青年のひろば」には約450人の青年が参加しました。
①被爆者訪問企画
②聞き取り企画
③追体験企画
の三つに分かれ、被爆の実相と核兵器廃絶の意味を学びました。
聞き取り企画では冒頭、被爆者医療に長年携わっている斎藤紀(おさむ)医師が講演しました。
宮城県原爆被害者の会(はぎの会)の木村緋紗子事務局長(81)が広島の爆心地から1・6キロの地点の祖父の家で被爆した体験を語りました。
盆栽の手入れをしていた祖父は熱線で体が焼けただれ、「祖父の体は『赤鬼』みたいに膨れ上がり、うじがわきました。
8歳だった私はうじをピンセットでとるのが仕事でした。
それが嫌でしたが、今は後悔しています。
今後このようなことをみなさんにさせたくない」と語りました。
青年たちは木村さんの話に食い入るように聞き入りました。
その後グループに分かれ交流しました。
千葉県や栃木県などの参加者のグループは、愛知県原水爆被災者の会(愛友会)の事務局長で、5歳の時、広島の爆心地から1・2キロの地点で被爆した水野秋恵(ときえ)さんを囲んで体験を聞きました。
午後もグループトークが続き、感想や意見を出し合いました。
「水野さんの話は頭のなかで映像化されるくらい、どれだけ悲惨だったか想像できた」(男子学生)
「被爆者の『同じ思いをさせたくない』という思いを実現するためには核兵器を廃絶するしかない」(中学生の男子生徒)
などの声がありました。
「日本は被爆国として真っ先に核兵器禁止条約に署名・批准すべきだった」という女性(22)は
「安倍首相は条約を批准しないと明言している中での式典への出席ですが、どういう空気になるのかなと思います」と話していました。
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▲渡辺 一幸 さん
・今回世界大会に参加して、各国の人たちや色々な団体が参加しているのを見ていかに大事な大会なのかと感じました。
今アメリカや北朝鮮、イランなど世界では色々な動きがあるなかでやはり日本が被爆国として平和を訴えていかなければなりません。
アメリカよりではなく、どこの国へもはっきり物が言える国になってほしいです。
初めてみた原爆ドーム、、同じホテルに小池晃書記局長がチェックインしていたことなど、いろいろな雰囲気を感じることもできました。

▲椿 甚一 さん
・8時15分、東京駅を出発、広島に12時30分につき、ホテルに荷物を置いて、すぐに原水禁世界大会広島に出席。
日本全国の代表団、世界各国の代表団が集まり、平和を平和をと各代表団が訴えました。
唯一我が国が被爆国でありながら核兵器禁止条約に調印しない。
いくらアメリカの核の傘の下にいても政府は考えてほしいものです。
帰りは原爆ドーム、平和の石塚、原爆の子の像を見学、広島原爆死没者慰霊碑をお参り、広島平和祈念資料館を見てホテルに帰りました。
夜の懇親会に荒川代表団8人で参加しました。
やっぱり平和が一番だと思いました。

私は第9分科会に出席しました。
第9分科会は映像の広島で、
(これまでの)原水爆禁止運動や核兵器の非人道性を伝える映像作品を鑑賞し、運動の中でどう活用するかと話し合いました。
出席した高校生、大学生、若い人からの平和が第一という話でまとまりました。
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《配られた資料》より。
★原水爆禁止世界大会・ヒロシマデー集会★
【海外政府代表あいさつ】
◎トーマス・ハイノッチさん
=オーストリア欧州統合外務省軍縮軍備管理不拡散局長=
《核で安全は保障できぬ》
・核兵器の犠牲者の100%近くは民間人で、死傷者数は数十万人、数百万人となります。
破滅的な人道的結末は明らかです。
それでも核軍拡競争は続き、新型核兵器が開発されています。
政治家の一部は、自分たちが核兵器を保有することで安全が保障されると考えています。
これほど危険な戦略はありません。
核兵器を使用すれば、相手も核で応酬することはわかりきったことです。
自国の市民に多数の死者を出すリスクを冒して、どうして自国をより安全にできるでしょうか。
(同感!)
核の脅威に依存する安全保障は、全面的な核の応酬を引き起こし、最終的に人類を滅亡させます。
圧倒的多数の国々は、自国の安全保障を核兵器に頼らないという良心的な決断をしました。
100をはるかに超える国が非核地帯に加わっています。
(👏)
昨年は122ヵ国が核兵器禁止条約を採択しました。
調印し、批准する国の数は増え続け、近い将来に順調に発効する運びとなるでしょう。
自国を守るために核兵器に頼っている国でも、考え方は変わる可能性があります。
禁止条約の目指す核兵器のない世界は、だれにとっても、より安全で安心な世界になるでしょう。
(👏)
ーー
◎カルロス・アルマーダ さん
=メキシコ駐日大使=

《核開発は世界のリスク》
いまだ1万5千発以上の核兵器が存在し、約1800発は高度警戒態勢にあります。
核兵器とその開発は世界の人々に対するリスクであり、開発・環境・地球の健康・食糧安全保障に対するリスクでもあります。
核兵器禁止条約は、圧倒的多数の国々が、核兵器は安全保障を提供せず、人類の生存を脅かすと考えていることを示しています。
禁止条約は他の国際条約とともに、核軍備撤廃を進める努力のカギとなるでしょう。
(👏)
ーーーーーー
■宮内いほ子 さん
・8月4日から6日まで開催された原水爆禁止世界大会に新婦人代表として参加してきました。
昨年7月に核兵器禁止条約が国連で採択され、原水禁大会でその感動を味わいたいと思っていましたが昨年は参加できませんでした。
その後の1年でどう変わったのか、広島でそれを感じたくて行ってきました。
8月6日の広島は雲ひとつない青空で、73年前もこんな朝に飛行機が飛んできてこの地に原爆を落として行ったのかと想像すると歩いていても涙が出そうになりました。
タクシーの運転手さんからも、親が被爆したことや、今の若者に戦争の悲惨さを伝えていかなければ、などの話が出て、8月6日の広島にはやはり特別な空気が流れていました。

そして、大会のあいさつ、大会宣言、分科会でのミニ講義など、核兵器禁止条約が世界の本流になっていること、韓国からのたくさんの参加者で朝鮮半島の情勢も世論の力が情勢を切り開いたと実感され、市民社会が世界を変えていく力を持ったこと、大国がものをいう時代ではなく、小さな国も対等平等の時代になりつつあることが語られ、日本の平和運動も労働運動も分裂のつらい時代を乗り越えてここまできたと格別の感慨がありました。
今回、被爆者が73年間あらゆる場でコツコツと訴え続け、運動が広がりここまできたことを、話を聞き触れることで実感として学んできました。
現実の日本を見ると安倍政権への支持率、アメリカの核の傘への信仰など、なぜ日本人はバカなのかとギリギリしてしまいますが、被爆者の運動に学び被爆者署名や3000万署名、反原発、不再戦日中友好などの運動をコツコツと続けて世論に訴えていくことを再確認しました。
ーーー
(拍手)-報告終わりー


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