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August 05, 2018

観る。

2018年8月x日
★見た。
①5月15日(火)
【特別展・神秘への挑戦・人体】
=汝、自身を知る。それは、人類が挑み続ける永遠の謎=
(国立科学博物館) を観る。
*五体=身体を構成する五つの部分、すなわち筋・脈・肉・骨・毛皮、または頭・両手・両足、あるいは頭・頸・胸・手・足の称。転じて全身。=広辞苑
・人間は、これを、徹底的に研究している。
研究し続けている。う~む。
病気やケガとの闘いでもあるが、それだけではない。
生命、、だよ。命、いのち、イノチ。
う~む。
➡5月22日、地元のK病院で、ぼくは「人体」の一つ「鼠径ヘルニア」(左)の手術を受けた。
F医師、日大医学部出。ベテラン。
さっそく、アメフト部の話をする。
彼、謝る。「はずかしい」。
理事長が謝れ。
やめろ。
麻酔をかけて、ズバットやった。
ーーーーーー
ーーーーーー
②7月7日(土)
★岩尾恵津子展★(a piece of space APS)=
中央区銀座1-9-8奥野ビル
を観る。

*ボクの姪さんより、案内をもらう。
「お変わりないですか?
義姉の展覧会がありますので、よろしかったら足を運んでください。
暑さにお気をつけてください。」
謝謝!
姪=夫の転勤で静岡在住。子供一人。

*明治大学での講演会に参加して、その後、個展へ。

*「奥野ビル」=なんと古典的か。
エレベーターの開閉が手動なのだ。
手で開けて、手で閉める。
知らない人は故障していると思うに違いない。
ゆったりと5階へ。
二部屋に分かれて、展示されている。

◎抽象画だ。
木だ。花と。

「ギボウシの花」
「夜の子」
「夜の子(2)」
「夜の子(3)」
「冠すみれの葉」
「どこかの山」
「夜更かし」
等、等、。
*目、眼だ。光だ。
ーーーーー
□岩尾恵津子(いわお・えつこ)
・1968年 東京都に生まれる
多摩美術大学大学院美術研究家終了

・2000年 VOCA賞受賞
・2004年 「KIAF日本現代美術特別展」(COEX/ソウル)に参加
等、等
ーーーーーー
◎高階秀爾 著
  「ニッポン現代アート」
  (講談社)  2013年

(104ページ)
【朝顔】岩尾恵津子
濃い鮮やかな赤から白い輝きに洗われた淡紅色まで、深く沈んだ濃密な青から軽やかな薄青まで、それにわずかに黄色みを帯びた穏やかなオレンジと明るい緑も加わって、天空の多彩な虹の光に彩られた巨大な朝顔の花が一輪、通常とは逆のうつ伏せの姿で両面中央に描かれる。
大きく拡げた花弁の上に屹立するその姿は、豊かな衣装の裾をひるがえす貴婦人のような堂々とした存在感を示す。
周囲には 何もない。
遠く地平の彼方まで広がる大地も、地平線の上の明るい空も、澄み切った朝の光に染め上げられて、見る者を晴朗な爽快感で包み込む。
縦80センチ、横1メートルという決して巨大とは言えない画面に、これだけ広大な空間を実現して見せたのは、大きな手柄と言ってよいだろう。
もともと岩尾恵津子は、精妙な色面構成によってどこか現実を超越した深遠な世界をのびやかに描き出す卓越した資質の持ち主である。
そこから生まれてくるのは、いわば異次元の風景、古人が語った「無何有郷」(むかゆうきょう)、あるいはボードレールが歌い上げた「この世ならぬどこかの異郷」の世界がある。
(注:無何有郷=むかうのさと:自然のままで、何らの人為もない楽土。荘子の唱えた理想郷。ユートピア。=広辞苑)
本作品でも、豊かな色彩感覚に恵まれた岩尾のその特異な資質は、存分に発揮されている。

だがそれだけではない。
大きく拡がる花弁を華麗な裾模様として画面中央に聳え立つ花の頂上に、あたかもその花の上に君臨するかのように小さな人の姿が描かれているからである。
それは、花の大きさに比べればいかにも小さく、頼りなげだが、澄み切った空を背景に両腕を大きく拡げた堂々たる姿は、存在の喜びを高らかに歌い上げているように見える。
開いた両脚が花の根元を包む萼(がく)と一体になっているところを見れば、それは花の精なのかもしれない。
あるいは、花が植物の生命力のシンボルであるとするなら、人間もまた大いなる自然の生命につながるものであることを示しているともいえよう。

本作品以外にも、近年の岩尾作品には、赤い衣装を着た少女や、雲のあいだに横たわる顔など、しばしば人間が登場する。
岩尾本人によれば、それは自分の娘や家族も含めて、さらに広く「人間」の存在を意味するものだという。
そこに作者の生活感情の反映を見て取ることもできるだろうが、むしろその確かな現実感覚を「この世ならぬどこかの異郷」の美しい夢の世界に昇華させたところに、岩尾芸術の本領がある。
それは
色彩の詩による存在への賛歌にほかならないのである。
(終)
ーーーー
*「朝顔」は2009年の作品かな。
写真でしかみていないが、
9年後の今回の作品は、それとは、かなりそ変化している。
なにか、直線とか、暗黒系の色を多用し、それを切り裂くような光線とか。
厳しさ、鋭さがあって、パワーを感じたものだ。
ーーーー
◎梅原 猛 著作集 14
  「おもうままに」  
  (小学館)  2001年

(50 ページ)
【日本画の使命】
先日、京都のさる百貨店においてワシントン条約第8回締約国会議を記念して、京都府主催による「いのち賛歌」と題する展覧会が開催された。
上村松篁氏をはじめ京都在住の画家および一般公募百点の動物および植物を主題とする日本画、そして竹内栖鳳をはじめとする故人の名作も展示され、なかなか見ごたえがあった。
・・・・・・

・・・・・・
私は、今日、日本画が自然を描く方法は三通りあるのではないかと思う。
一つは、従来の日本画の伝統どおり、美しい自然を描くことである。
自然の美はいくら探求しても探求し尽くされるということはない。
自然は永久に画家を魅惑し、たえず新しい芸術を創造させる尽きない魅力を持っているのかもしれない。
しかし、もしも画家が環境破壊を自分の問題としてとらえ、破壊される自然をわが身のごとく考えたならば、画面には従来の日本画が持たなかった深い悲しみがにじみ出るように思う。
美しい自然を描く日本画は自然保護の立場からも意味をもつというものの、こうした意識で描かれた日本画は、従来の日本画とその芸術の内容が少し変わらざるをえないと思われる。
(・なるほど)

一歩進めて、この自然の破壊に憤る日本画があってもよいと私は思う。
今日、日本のいたるところで大規模な自然破壊が見られる。
その自然破壊に、何よりも美しい自然を描くことが使命である日本画家が憤りをもたないとしたらおかしい。
(その通りです)
その自然破壊の様を描くこともまた日本画の使命であるが、破壊された自然は美であるより醜であるとすれば、その醜を描いた日本画をどのように芸術に結晶させるのか。
そのへんがあらためた日本画に問われているように私には思われる。
(👏)
もう一つは、戦後試みられた抽象的日本画の再考である。
部分としての目に見える自然は具象で描かれるが、全体としての目に見えない自然派具象では描かれない。
原始美術がしばしば抽象芸術的であるのは、原始人が自然を全体として把握しようとしているからであろう。
水の流れや空気の流れに原始人は霊の働きを見て、それを渦巻文によって表現しようとしたのであろう。
曼荼羅もそういう全体自然把握として理解されるべきであろう。
今はこのような全体としての自然がどこか歪んできたのである。
その自然の歪みを抽象画によってとらえる。
その道はたいへんむずかしい道であるが、もう一度試みられるべき道であると思う。
(1992・3・13)
ーーー
・(2018-1992=26)
・26年前の梅原先生の提言➡鋭い!
自然の歪みは、原発事故も含めて、さらに、さらに、進んでいる。
ーーー
ーーー
③7月17日(火)
★荒川区美術連盟・第31回荒川支部美術展★
(会場・町屋文化センター)
を見る。
*全部で80数点展示されている。
・熊谷勲 「窓」 「エレジー」=力作だと思う。

そして、
・佐藤かつのり
「甲斐駒ケ岳を望む」
「木立」
「支笏湖と樽前山」
「初冬の三宝寺池」

「サックスの女」
「浴槽に入る裸婦」

➡暗くも明るくもない。
しかし、安心する。
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ーーーー
④7月20日(金) 18:00~16:10
★文の京・区民平和のつどい
映画会・『この世界の片隅に』ー昭和20年、広島・呉。わたしは ここで生きている。★
を観る。
*声の出演: のん ほか
*原作:  こうの史代
*監督・脚本: 片淵須直

⁂会場: 文京シビックホール 小ホール(定員300人)
(お問い合わせ先: 文京区総務部総務課)
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文京区民ではないが、行ってみよう。
会場、ほぼ満席。
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○イシジマ 総務部長の挨拶を聞く。
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⁂こうの史代「この世界の片隅に」=パンフより
本作は、平成19~21年に「漫画アクション」(双葉社)に連載されたコミックで、戦時下の広島・呉を舞台とし、当時の市井の人々の毎日の懸命な暮らしや家族の有り様が、主人公すずを中心に、丹念に描かれた物語です。
平成28年に劇場アニメ化され、今夏はTBSで連続ドラマ化されるなど人気を博しています。
双葉社より単行本が発売中。
(第13回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞)
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◆主人公のすずさんはのんびりしたところがあって明るい。
懐が深くて粘り強い。
ああいう性格は、テレビやスマホを見て育ったら出てこない。
じじ、ばばの昔話や労働、父母兄弟と濃い関係の中で身についたものだ。
しかし、周りに合わせて自分が無い。
育った所は漁業の家だったね。
すべて個人より家全体の都合が優先する。
でも、不幸より幸せの方が多くあった、そういう家族だった。

絵が上手くて得意だった。
級友の水原君へ絵を描いて手渡す。
あの絵は因幡の白兎だと、僕は思った。
ウサギ🐇が海を泳いでいるのだ。
鮫よりウサギが多かったが。
そういうことがあってもよいと思うね。

桂子さんと言ったかな。
小姑の方。
すずの義姉さん。
「小姑鬼千匹」というけれど、会って最初はその通りだった。
子連れでの出戻りだから桂子さんにも事情があった。
それとして、結婚して、1か月で里帰りをさせられるすずさん。
1か月間は、嫁いだ家のしきたりを覚えて猛烈に働いていた。
天秤をかついでの水汲みとか。

実家に帰ったすずは眠りこける。
眼をさまして起き上がるのは何時になってからだろう。
ボクは、ここのところを見ていて、岩手の昔のこと、読んだ本を思い出していて、広島でも、嫁と云うものはそうだったのだと思った。
大牟羅良「物言わぬ農民」(岩波新書)。
終戦後、1950年前後、著者は岩手県北の農村を古着の行商をして回った。
その時、見聞した内容を記してある。
手元に本が無いから記憶だけで書くが、
ある家での話、嫁に出た姉が盆で里帰りした。
姉は”ただいま”と一言いうと、奥の寝床へ入って行ってそのまま寝てしまった。
昼飯の時もおきない。
晩御飯になってもねたままだった。
ただただ寝ていた。
それを見て、いえの夫は、自分の嫁に、お前も実家に帰ると同じか?
と聞く。
嫁は答えない。
すこし笑って黙りこくった。
(17歳で農家に嫁いだボクの姉も、確かに、お盆など、帰ると布団を敷いて寝ていた。
37歳で事故死したが、元気でいれば、今年、82歳になるはずだったが、、。)

・やがて、すずも元気を取り戻して周作の元へ帰る。
呉の町、山並み、海、空、坂道、とても美しい。
言葉も、広島弁というのだろうか、優しい。
すこしずつ、家と地域にとけこんでいく。

そうだ、あのこと、戦争がなければ、このまま、平凡に、一生を送ったに違いない。
戦後生まれの、私たちが、あれこれ言いながらも、そうであるように。

戦争で次々に失う。
すずは命だけは助かったが。
幼なじみの水原君、
呉空襲。可愛がっていた女の子、すずの味方、姪御さん。
すず自身、自分の右手をなくした。
広島への原爆投下、呉からみた原爆雲はまた違った恐ろしさがあった。
若くて人柄が良くてその美しさをだれもが認めるすずの妹。
臥せっている妹を見舞うすず。
妹さんの腕に斑点、、。原爆症!
廃墟の街をさまようすずに、何人もの人が声をかける。
「アイ子、ここにいたのか」
「A子、ぶじだったのか」
みんな人を探しているのだ。
そういうものだったのだ、
おぼえておこう。
人違いと分かった時の落胆の気持ちは、、、。


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