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September 09, 2018

悼・翁長雄志沖縄県知事死去 : 祈・玉城デニー候補(オール沖縄)勝利!

2018年X月X日
(新聞を読む)
★しんぶん赤旗・2018年8月9日・木★
(1面)
=【翁長県知事が死去ー沖縄「新基地つくらせぬ」貫く】=
沖縄県の翁長雄志知事が8日の午後7時までに、がんのため入院中だった浦添総合病院で死去しました。
(合掌)
67歳でした。
日米両政府が推進し、工事を強行する同県名護市辺野古新基地建設への反対を最後まで貫きました。
翁長知事は1950年生まれ、那覇市出身。
那覇市議、県議、那覇市長を歴任し、かつて自民党県連幹事長を務めた保守政治家ですが、2014年に日本共産党を含む当時の県政野党、経済界有志、保守勢力から、立場の違いを超えて新基地建設に反対する「オール沖縄」の候補としての知事選出馬を受け、那覇市長の職を辞して、新基地建設容認の当時の現職を打ち破り、知事に初当選しました。
「辺野古に新基地を造らせないという私の決意は県民とともにあり、これからもみじんもゆらぐことはない」
「米軍基地は沖縄県経済発展の最大の阻害要因」
「平和で誇りある豊かな沖縄を築くため、全力で取り組んでいく」
などと繰り返し訴えていました。
7月27日には、新基地建設の工事を止めるための、前知事の埋め立て承認を撤回する手続きを開始すると表明していました。
8日の午後5時から謝花喜一郎副知事が県庁で記者会見し、翁長知事の意識が混濁しているとの状況のため、両副知事が知事の職務代理することを発表したばかりでした。
(礼)

【深い敬意と感謝をささげる―志位委員長がコメント】
・翁長沖縄県知事の突然の訃報に接し、強い悲しみにうたれています。
心からのお悔やみを申し上げます。
不屈の信念と、烈々たる気概で、辺野古新基地反対を貫いた4年間のたたかいに、深い敬意と感謝をささげます。
保守・革新の垣根を超えた共闘にこそ沖縄の未来がある。
ご意志をつぎたたかう決意です。
(合掌・礼!)
ーーーーーー
🌸‟不屈の精神” ‟烈々たる気概” ‟辺野古新基地反対を貫いた”‟意志をつぎたたかう決意”➡まさに、その通り。
ーーーーーー
・(コメントから)
ふと、本で読んだ、あの方の‟告別の辞”を、、思う。
今から(2018-1929=)89年前、
労農党代議士・山本宣治は、右翼・白色テロルで刺殺された。
(昭和4年3月5日・山本宣治、享年39歳)
その時の、
●河上 肇
同志山本宣治のなきがらの前に立って私は謹んで告別の辞を述べる。
君の流された貴き血潮は全国の同志に向かって更に深刻なる決意を促し、断固たる闘争の決意を100倍にし、1000倍にした。
吾々は君と別れることを深く惜しむが、しかし、君の死は決して無意味ではなくまた君に続く無数の同志が決して無益にしないはずだ。
私は同志の一人として君が全運動のために献げられた貴き犠牲に対し、満腔の敬意と限りなき感謝の意を表せんとするものである。
ーーーーーーーーー
【しんぶん赤旗・2018年8月10日・金】
(2面)
■翁長知事語録■
=あの美しい大浦湾に 新基地を造らせない=

◎「あの美しい大浦湾を埋め立てる新辺野古基地は造らせない」
「(新基地反対の)民意をしっかりと日本政府に伝えたい」
(2014年12月10日、初登庁のあいさつで)

◎「政治に保革を乗り越える包容力があるかどうかです。
その包容力がなければ沖縄の政治も日本の政治もかわりません。
こうした言葉を大切にしながら一生懸命頑張りたい」
(2014年12月25日、日本共産党本部訪問時のあいさつで)

◎「辺野古の新基地は絶対に建設できない」
「上から目線で『粛々』という言葉を使えば使うほど、県民の心が離れて怒りは増幅していく」
(2015年4月5日、菅義偉官房長官との初会談で)

◎「私は魂の飢餓感といっているが、心に空白ができている沖縄と、日本の安全保障を『合理的・理性的』に話すのは難しい」
(2015年8月18日、政府との集中協議で)

◎「日本には、本当に地方自治や民主主義は存在するのでしょうか。
沖縄県にのみ負担を強いる今の日米安保体制は正常といえるのでしょうか」
(2015年12月2日、辺野古代執行訴訟の第1回口頭弁論の意見陳述で)

◎「政府は県民の怒りが限界に達しつつあること、これ以上の基地負担に県民の犠牲は許されないことを理解するべきです」
「知事として県民の先頭に立って、海兵隊の撤退・削減を含む基地の整理・縮小に取り組んでいく」
(2016年6月19日、元米兵の女性暴行事件に抗議する県民大会で)

◎「怒りを禁じ得ず、強い憤りを感じる。
県民に十分な理解がない形で、安易に米軍側の発表を追認している。
県民不在の中、米軍が発表する形で物事が進められており大変残念だ。
日米地位協定の下では法治国家とはいえない」
(2017年1月5日、MVオスプレイの空中給油訓練再開を受け)

◎「米軍が運用上必要と言えば(日本政府は)すぐに引き下がる。
これでは日本の独立は神話だと言わざるをえない」
(2017年8月12日、県民大会でのあいさつ)

◎「本土の政治家の無理解は背筋が凍るような思いだ」
(「それで何人死んだ」とヤジを飛ばした松本文明前内閣府副大臣にたいして、
2018年1月29日、県庁で記者団に)

◎「(辺野古新基地建設は)沖縄の基地負担軽減に逆行しているばかりでなく、アジアの緊張緩和の流れにも逆行している」
(2018年6月23日、沖縄戦から73年の「慰霊の日」で)

◎「朝鮮半島の非核化と緊張緩和への努力が続けられている。
(日本政府は)平和を求める大きな流れから取り残されているのではないか」
(2018年7月27日、辺野古沖埋め立て承認撤回方針の表明会見で)
=合掌=
ーーーーー
ーーーーー
●朝日新聞・2018年8月10日・金●
(10面)
◇朝日川柳 西木空人 選◇

*命かけ辺野古に心残し逝く
       愛媛県 武井基次

*仁王立ち矢ぶすま覚悟で逝きにけり
       茨城県 清水方子

*無視に無視この八月の八日まで
       東京都 富山茂雄

(礼! 👏)      
ーーーーーー
★社説 Editorials★=朝日・同

【翁長知事死去ー「沖縄とは」問い続けて】

沖縄県知事の翁長雄志氏が亡くなった。
67歳だった。
米軍普天間飛行場を辺野古に移設することへの反対を貫き、海面の埋め立て承認を撤回する手続きを始めた矢先だった。

本土にとって沖縄はいかなる存在なのか。
国の安全保障はどうあるべきか。
日本国憲法が定める地方自治とは何か―。
知事に就任して3年8か月。
重い問いを突きつけ続けた。
その姿勢を象徴するのが「イデオロギーではなくアイデンティティー」という言葉であり、長く続いた保守・革新の対立を乗り越えて作り上げた「オール沖縄」のつながりだった。

自民党の県連幹事長を務めるなど保守政界の本流を歩み、日米安保体制の必要性も認めながら、辺野古問題では一歩も譲ることはなかった。
(!保守本流!-これはもう今の自民党にはないのかもしれない。)
最後となった先月27日の記者会見でも、がんでやせ細った体から声を絞り出し「振興策をもらって基地を預かったらいい、というようなことは、沖縄の政治家として容認できない」と語った。
ーーー
・(割り込み)=2018年9月5日・朝日新聞・25面=
《最後の会見前 翁長氏「体調ぼろぼろ・・・」-がん末期の日々 妻が語る》
・・・・
・・・・
7月27日には会見し、前任の知事による名護市辺野古の埋め立て承認を撤回すると表明した。
その日の朝食時、ふいに樹子さんに言った。
「体調は本当にぼろぼろだし、こんな状況で記者の質問に答えられるだろうか」。
樹子さんは「水を飲むのも苦しい状況だった」と振り返る。
だが、会見では、手ぶりでも交えて発言し続けた。
「傍若無人な工事だ」
「国民がまったく違和感なく『(基地を)沖縄に造るのは当たり前だ』というようなものがあるのではないかと、大変憤りを持っている。
約30分間に及んだ。
帰宅すると、玄関のいすに数分間座り込んだ。
それから立ち上がっては廊下で休み・・・。
15メートルほど先の寝室まで20分ほどかかった。
「集中して頑張ったんだな、もう全精力を傾けて言いたいことを言ったんだな、と感じた。
私としてはつらかったが」。
この会見が、公の場に姿を見せた最後となった。
・・・・・

・・・・・
(割り込み終)
ーーーー
=社説・続き=
「銃剣とブルトーザー」で土地を取り上げられ、当然の権利も自由も奪われた米軍統治下で生まれ、育った。
(・翁長さん。1950年・昭和25年 生まれでしたよね。)
本土復帰した後も基地は存続し、いまも国土面積の0・6%の島に米軍専用施設の70%以上が集中する。

だが、「なぜ沖縄だけがこれほどの重荷を押し付けられねばならないのか」という翁長氏の叫びに、安倍政権は冷淡だった。
知事就任後、面会の希望を官房長官は4か月にわたって退け、国と地方との争いを処理するために置かれている第三者委員会から、辺野古問題について「真摯な協議を求められても、ついに応じなかった。
(怒!)
ーーーー
ー割り込みー
【しんぶん赤旗・8月10日・2面】
・翁長氏死去に首相が”追悼”
—欺瞞に満ちた言葉に怒りー
→全文読むべし!
ーーーー
翁長氏が「政治の堕落」と評した不誠実な政権と、その政権を容認する本土側の無関心・無責任が、翁長氏の失望を深め、対決姿勢をいよいよ強めていったのは間違いない。
沖縄を愛し、演説でしばしばシマクトゥバ(島言葉)を使った翁長氏だが、その視野はアジア全体に及んでいた。

今年6月の沖縄慰霊の日の平和宣言では、周辺の国々と共存共栄の関係を築いてきた琉球の歴史に触れ、沖縄には「日本とアジアの架け橋としての役割を担うことが期待されています」と述べた。
基地の島ではなく、「平和の緩衝地帯」として沖縄を発展させたい。
そんな思いが伝わってくる内容だった。
死去に伴う知事選は9月に行われる。
その結果がどうあれ、翁長氏が訴えてきたことは、この国に生きる一人ひとりに、重い課題としてのしかかる。
(社説・終)
ーーーーー
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★玉城デニー さん★
「オール沖縄」で新基地ノー!
承認撤回貫く 玉城(たまき)デニー候補 を沖縄県知事に選ぼう!
ーーーー
●東京新聞・2018年9月1日(土)●
(1面・トップ)
【沖縄県が承認撤回―辺野古埋め立て中断】
《知事選控え国と対決》
・写真説明=会見する(右から)謝花(じゃばな)喜一郎副知事、富川盛武の両副知事=31日午後、沖縄県庁で・
(👏)

沖縄県は31日、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の移設先、名護市辺野古沿岸部を埋め立て承認を撤回した。
(賛成 👏)
移設工事は即時中断となり、防衛省沖縄防衛局は効力停止を求め、法的対抗措置を講じる方針。
9月30日投開票の県知事選を前に、移設を巡り県と国が前面対立する事態となった。
=知事選争点 ③遺志継ぐ ㉛面=
 
8月8日に死去した翁長雄志知事が生前に「(辺野古に)新基地は造らせないとの公約実現に向け全力で取り組む」として、撤回の手続きに入る意向を表明。
撤回権限を委任された謝花喜一郎副知事は、県庁で記者会見し「翁長知事の熱い思いを受け止め、法に基づき適正に判断した。
新基地建設に向け全力で対応する」と強調した。
・・・・・

・・・・・
謝花氏は撤回理由として、行政指導を重ねても国が是正せず、工事の違法状態を放置できないことや、移設先の軟弱地盤の発覚、サンゴを含む環境保全措置の不十分さを挙げた。
ーーーーー
(3面)
【知事選争点 新基地際立つ】
《辺野古承認撤回ー玉城氏「強く尊重」》

(31面)
【辺野古 承認撤回】=【沖縄 翁長氏の遺志継ぐ】
・・・・
・・・・
◎【沖縄だけの問題じゃない―首都圏・市民団体ー「移設強行は自治破壊」】
首都圏の市民団体も、沖縄県の「決断」を重く受け止めている。
現地の抗議活動を都内で支える市民団体「辺野古リレー」メンバーの川名真理さん(55)=東京都在住=は「待ちわびていた。
翁長さん自身が撤回してくれれば良かったけど」と急逝した知事を思い、涙ぐんだ。

川名さんは「沖縄だけの問題ではない」と強調する。
「これまで沖縄の民意が繰り返し踏みつぶされてきた。
そんな政治を認めれば、いつか自らに降りかかりかねない。
米国との関係は日本全体の問題なのに、押し付けられている」と嘆く。

市民団体「辺野古土砂搬出反対!首都圏グループ」のメンバーで埼玉県ふじみ野市の毛利孝雄さん(68)も「埋め立てに使う土砂は沖縄だけで調達できず、8割が温帯の本土から亜熱帯の辺野古に運ばれる。
静物多様性の観点から影響は大きく、自然破壊。
撤回は当然だと思う」と歓迎する。
政府は2012年9月に生物多様性国家戦略を閣議決定していることに触れ、
「埋め立ては、生物多様性を維持する国際的な努力を台無しにする。
日本という国全体の損失につながってしまう」と訴える。

市民団体「沖縄の基地を引きとる会・首都圏ネットワーク」共同代表の佐々木史世さん(46)=東京都新宿区=も「埋め立て強行は地方自治の破壊につながりかねない。
自分たちの地域で同じような手法が取られたらどうなのか。
これから集会などを開き、承認撤回という沖縄の「民意」をどう受け止めるかを一緒に考えていきたい」と強調した。
(井上靖史)


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